第14話

 帰宅し、入浴を終えたアッドゥが夕食の席に着いた。サラとウトゥとともに地母神に祈りを捧げ、食事をはじめる。次々と運ばれる料理は素朴で上質な家庭料理といった趣の物が多い。アッドゥもサラも背筋を伸ばし、上品な振舞いで料理を口に運び、その味を堪能している。


 だがウトゥは昼食の時と同様、味など気にしないと言わんばかりの勢いで、ひたすらガツガツと片っ端から胃袋に料理を納めていく。そのギャップが可笑しいのか、一人の従僕の青年が笑いを堪えている。つられて笑いそうになる若いメイドたち。執事が黙って部下を睨みつけ、非難する。その様子を察してか、アッドゥはウトゥに話しかけた。


「ウトゥは普段、どんなもの食べてるんだ?」


 ウトゥが素直に、一番の御馳走が睡蓮亭の客の食べ残しだというと、従僕の青年は堪えきれずに噴き出した。アッドゥは青年をたしなめるでもなく、ウトゥに言った。


「それなら、冒険者の頃の俺たちより全然まともだな!」


 大声で話し始めるアッドゥ。意外な発言に従僕の青年は驚く。

 明るい声でサラが続ける。


「そうよね。魔物のお肉がおいしいなんて言う人がいるけどどうかしてるわよ。筋張ってて獣臭くて…」


「あれもじっくり煮込んだりして手間をかければ旨いんだけどな。ダンジョンでのメシなんて、魔物がうようよしてる中で調理に時間割いてる余裕なんかないからせいぜい塩振って焼くだけ。さらに持ち込んだパンも果物も食べきって毎食肉だけ!そんなのが何日も続いて、とうとう塩が尽きた時の絶望感ときたら!」


「やめて!思い出させないで!」


 悲鳴をあげ、笑っておどけてみせるサラ。


 従僕の青年は、主人に余計な気遣いをさせた事に気付いて、注意されたわけでもないのに気恥ずかしくなった。同時に、直接注意して恥をかかせることなしに部下を諭す、子爵夫妻の聡明さを改めて思い知らされ改めて尊敬の念を強くした。


 アッドゥは再び、ウトゥに問いかけた。体調や、屋敷の印象、食事の味付け、さまざまな事柄を尋ねた。アッドゥもサラも、瞳を輝かせて問いに答えるウトゥに首ったけだ。元気の良い子がいるだけで、その場の空気は明るくなるものだ。


「今日はあれから、ずっと本を読んでいたの?」


 サラの問いに、ウトゥは何かを思い出して、言った。


「サラさん、お願いがあります。時間があるときに、おれに魔法を教えてくれませんか」


 突然の申し出に、思わずサラはウトゥ付きのメイドに目をやると、メイドは微笑んで小さく首を縦にふった。


「ウトゥ。あなたが魔法に興味を持ってくれて凄く嬉しい。できるだけの事はしてあげるね。何の魔法を覚えたいの?」


 サラの問いかけに、ウトゥは、


「治癒魔法に、浄化魔法に、身体強化や思考加速の付与術に、魔石に魔力を封じる技術に…」


「待て待て待て」


 アッドゥがウトゥの言葉をさえぎって、言った。


「…最後のヤツはちょっと無理だな。底辺の魔導士の職を奪って、恨まれかねん。駄目だ」


 ウトゥは残念に思った。魔石拾いの孤児たちの生活を助けられるかも、という淡い期待はしぼんで消えた。落ち込むウトゥに、アッドゥは、


「お前くらい魔力があれば、教わらなくてもいずれその程度の事はできるようになるだろうよ」


 アッドゥはそう言葉を添えて、ウトゥを励ますことを忘れなかった。

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