第13話

 ウトゥはその後、書庫に籠ってずっと本を読んでいた。サラに教えてもらった魔法の入門書に始まり、歴史書や、メイドお薦めの英雄譚。乾いたスポンジが水を吸い込むように知識が増えるのと同時に、恐ろしい速度でウトゥの読解能力は発達していく。好奇心と知識欲を刺激されて、ページをめくる指が止まらない。


 そんな中、特にウトゥが興味を持ったのは、魔法関連の書物の中で見かけた、「身体強化」と「思考加速」という文言だった。そんな魔法があるのなら、仕事の苦労は半減するだろう。この書庫の本もすぐ読み終えるだろう。半信半疑ながらも、ウトゥの魔法への関心は増した。


 「サラさんに、魔法を教わろう」夢中で本を読み続けるうちに、ウトゥは疲れて眠ってしまっていた。魔法で空を飛んでいる姿を夢に見ながら。


 眠っているウトゥをメイドが起こす。


「そろそろ旦那様がお戻りになられます。お出迎えの準備を」


 もうそんなに時間がたったのか。散らかした本もそのままに、ウトゥは急いで玄関先にむかう。メイドは本を片付けながら、ウトゥがどんな本を読み、何に関心を持っているのか再確認していた。後でアッドゥ夫妻に報告するためだ。


 初対面時、このメイドのウトゥに対する第一印象は最悪だった。体中に皮膚病の跡がある真っ黒に汚れた少年。奥方様が浄化魔法をかけたとはいえ、べたついていた髪の毛は見ているだけで臭ってきそうで不愉快だ。がめつく食事を摂る姿から、陰で使用人たちが少年のことを「ゴブリンもどき」とこっそり呼んでいるのは正直可笑しかった。そんな魔物以下の醜い生き物の担当にされた自分を憐れだとさえ思った。


 だが半日ほどウトゥを観察して、この少年が驚くほど利発で、ひたすらに愚直であることに気付くと、メイドは己の不明を恥じた。


 この少年の現在の暮らし向きを事前に聞かされた時、メイドは思っていた。「私なら泥棒でも何でもやって生活を変えるだろうに、その子は意気地がないのね」と。そんな環境なら、非行に走るのが普通だろう。実際、文句も言わずに汚物を運ぶウトゥをただの白痴だと思っている人間は多い。だが本当のところは、自分の仕事にただただひたむきなだけで、様々な書物を目を輝かせて読みふける好奇心旺盛な、魅力的な少年だった。


 そして、特別な少年だからこそ旦那様も熱心なんだと、改めてそのことに気付いてメイドは子爵夫妻への尊敬の念を禁じえなかった。容姿も身分も分け隔てなく、本質を見抜く目を持ち正当な評価を下す夫妻に対する忠誠心はさらに増した。

 

私にできることはあまりないけど、体を拭かれる際に、頭を洗って差し上げよう。

アッドゥ夫妻への報告事項に記さない思いを、メイドは心に刻んだ。

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