第12話
午後になった。アッドゥは下水道工事の現場で仕事の続きだ。ウトゥとサラが見送る姿にアッドゥは後ろ髪をひかれつつも、馬にまたがり家を出た。ウトゥはなぜ貴族が危険な工事現場で陣頭指揮を取っているのか疑問に思って、サラに尋ねた。
「魔物がいたからね。あの人も私も元冒険者で、仕事の成果を国王陛下に認められて貴族になったんだけど…。家柄のない貴族は都合よく使われるだけなのよ」
「アッドゥさんもサラさんも凄いんだね」
「そうだよ。あのおじさん、昔は強くてかっこよかったんだから」
サラはそう言って笑った。
その後サラはお付きのメイド二人を伴って、ウトゥに屋敷の中を案内した。豪奢な装飾品は少ないが、質が高く、品のよい調度品が丁寧に並べられ、管理されているのがわかる。ウトゥにとっては初めて見るものばかりだった。家宝だというミスリル製のフランベルジュという刀剣に、銀製の渾天儀。小さくアッドゥ子爵家の紋章が刻まれた置時計。楽し気なサラにいろいろと質問しながら、夫婦の人柄を表すような調度品を見学した後、最後にサラはとある部屋にウトゥを連れていった。
「今日から十日間、このお部屋を使ってね」
サラがドアを開けた部屋は、ベッドとテーブルが置かれているだけの、素っ気無い部屋だった。
「ここは私たちの息子が使ってた部屋なの。息子が使ってたものはできるだけ片付けさせたから殺風景になっちゃったけど、許してね」
ウトゥが部屋の中に入ると、さらに奥にドアがあった。
「そのドアの向こうは書庫になってるの。魔法の入門書とかもあるから、興味があったら覗いてみてね。あと、もうひとつ」
サラの後ろに付き従っていた一人の若いメイドがウトゥに向かって頭を下げた。
「この子をあなた専属のメイドとしてしばらくそばに仕えさせます。困ったことがあったら彼女に相談するように」
監視させるつもりかなと、ウトゥはすぐに察した。
「お目付け役でしたら、必要ないと思いますよ。おれがこの家のものを盗んだところでそれを換金する手段を知らないし、盗品が市場に出回ればすぐ足がつく。第一、おれには初めて来たこの貴族地区から抜け出すすべがない、それに…」
「ちょっと待ちなさい!」
ウトゥがさらに畳み掛けようとするのをサラが制して、語りかけた。
「そういう事じゃないの、ウトゥ。あなたを信用できないからじゃない。慣れない暮らしであなたに不便がないように、ただそれだけの事なのよ」
ウトゥはこれまで、初対面の大人には路上の汚物くらいにしか見られてこなかった。何もしてないのに突然殴られたり、泥棒呼ばわりされたこともある。だから、いくらサラが善人でウトゥに好感を寄せてくれていると解っていても、ウトゥはすんなりと受け入れられなかった。
二人が黙り込む中、それまで黙っていたメイドが口を開いた。
「ウトゥさま。失礼ながら申しあげますが、奥様はご自身の信頼できないようなお方を屋敷に住まわせるような、ましてやそんなお方に屋敷の案内役を喜んで買って出るような愚かな方ではありません。また、もしウトゥさまの監視任務でしたら私のようなメイドより適任の従僕も多数控えています。ご一考を」
言われてみればその通りか。ただ納得はしたが信頼はできない。ウトゥはそう思ったが、ここはサラに素直に詫びよう。
「サラさん、ごめんなさい。言い過ぎました」
「いいのよ、ウトゥ。気にしないでね」
サラはメイドに小さく頭をさげて、謝意を示した。そしてウトゥに微笑む。
その笑顔にはっとして、ウトゥは生まれて初めての感情を抱いていた。
お母さんってこんな感じなのかな、と。
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