第10話
アッドゥは、馬の手綱を使用人に渡すと、ウトゥを伴って屋敷に入っていく。
庭の手入れをしていた使用人は、全員主人の姿を見かけると、仕事の手を止め、深々と頭を下げる。そんな中、満面に笑みを浮かべた美しい中年女性が一人、アッドゥとウトゥの元に駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ。旦那様。こちらの子が昨夜お話されていた…」
「そう、ウトゥだ。世話をしてやってくれ、よろしく頼む」
アッドゥはぶっきらぼうに女性に指示すると、ウトゥを見て言った。
「ウトゥ、こいつはサラ。俺のヨメさんだ。どうだ、美人だろう!」
アッドゥは声をあげて笑った。屋敷中に大声が響く。
「はじめまして、ウトゥ。私はサラ。アッドゥの妻です」
挨拶もそこそこに、サラはウトゥに何やら魔法をかけた。ウトゥの体を光が包む。たちまち水浴びした後のようにさっぱりした心持ちになった。両手を見つめ、腕をあげて体臭を嗅いでもいつもの臭いが消えている。ウトゥは目を丸くした。
「浄化の魔法だよ、突然ごめんなさいね」
こんな魔法があるなんて知らなかった。こんなに簡単に臭いが消えるとは思いもよらなかった。ウトゥには衝撃的すぎて言葉も出ない。
「魔法って、すごいんだなぁ」
ウトゥが独り言のようにつぶやくと、サラはいたずらっぽく笑っていった。
「そうだね。魔法って凄いんだよ。それより…、わが家へようこそ!」
サラが玄関の扉を開ける。アッドゥの背中に隠れるようにウトゥは建物の中に足を踏み入れた。
主人と客を出迎える、整列するメイドたち。その光景にウトゥはたじろぐ。
「すぐ昼食にしよう。支度を」
アッドゥが命じるとメイドたちは会釈をして静かに素早くその場を離れた。
体験したことのない、想像もしたことのない圧倒的な威圧感に、ウトゥはくらくらと軽いめまいを感じていた。
客間に通され、椅子に座って待つウトゥ。しばらくすると、アッドゥが包みを抱えて入室してきた。テーブルを挟んでウトゥの前の椅子に腰かける。
「ずいぶん待たせて悪かったな。ほら、昨日の給金だ」
アッドゥは約束の銀貨5枚をウトゥの前に差し出した。
普段なら、一日働きづめで銀貨1枚に届くこともまれなウトゥにとって、夢のような高額の収入だ。
「あと、これは昨日の特別報酬だ。受け取れ」
そういってアッドゥは金貨5枚を机に置いた。金貨1枚は銀貨10枚の価値である。つまり昨日の収入の10日分に相当する金額だ。ウトゥは当然、尋ねた。
「あの、このお金は?」
「これはお前が巨大ネズミを倒した報酬だ。あのネズミの魔石を売れば、それ以上の利益になる。黙って受け取れ。そんなことより…」
アッドゥは身を乗り出してウトゥに顔を近づけ、言った。
「お前、あのネズミ、どうやって倒した?正直に話せ」
ウトゥが不鮮明な記憶をたぐり、ぽつぽつと事の顛末を話すと、アッドゥは呆れたような顔をしつつ、笑った。
「いつも火気厳禁だと、皆に言ってるんだがな。こればっかりは仕方ねぇか」
平民の作業員にとって、魔石を使ったランタンなど高嶺の花だ。だが昨日は、安物の燃える水を使うランタンのおかげで、ウトゥも皆も救われたのだ。
「運が良かったということだ、お前も、俺たちもな。本当に、ごくろうさん」
ウトゥは自分の仕事を労われることに慣れていない。素直に嬉しかった。
「さぁ、昼メシにしよう。大したものは出せないが、食っていくだろ?」
アッドゥは話を切り上げると、笑顔でウトゥを食堂へいざなった。
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