第8話
気が付くと、夕焼けの空の下、ウトゥは現場の入り口に寝かされていた。すぐそばには他のけが人や遺体、そして巨大ネズミの死体が転がっている。
「おう気が付いたか小僧!さっき俺がお前に治癒魔法をかけといたが、まだあっちこっちボロボロだ、無理に動くなよ」
アッドゥがウトゥに声をかける。
「あといろいろ聞かなきゃならんから覚悟しとけ」
厳しい口調で言った後、口元にかすかに微笑みを浮かべるとアッドゥは他のけが人の元に向かって立ち去った。
正直自分がなぜ生き延びて、ここにいるのかわからない。爆発のあと、アンナの笑顔を思い浮かべたのは覚えているが、その先の記憶が一切ない。誰かが何か言っていた気もするがまるで思い出せない。錯綜する思考に耐えられず、ウトゥは再び眠りについた。とにかく、疲れた。
次にウトゥが目を覚ました時は、もうすっかり日は暮れていた。魔石を利用した投光器が辺りを照らす。ぼんやりしているとアッドゥが再び声をかけてくれた。
「大丈夫か?小僧。さっき鑑定させてもらったが黒死病も破傷風もないようだ。ただ俺の治癒魔法じゃすぐ全快ってわけにはいかない。二週間ほど安静にしてほしいが、できそうか?」
二週間も休むのは金銭的に辛いのでは、という事を案じてくれているのか。
確かにお金がないから休めない。しかし、体も当分いうことを聞いてくれそうにない。わずかな蓄えを切り崩せばどうにかなるかな…どうしよう。でも、そこまでおれの事気にかけてくれるとは、やはり優しい人なんだな。ウトゥは嬉しかった。
「まぁ今日は向こうの井戸で体拭いて家に帰れ。今日の給金は明日渡す。睡蓮亭にいれば会えるだろ?昼前に取りに来いよ」
「ありがとう。面倒かけてすみません」
ウトゥが頭を下げると、アッドゥはにっこり笑って、部下らしき男とともに立ち去った。夜風が少しひんやりするが、きっちり体を洗って帰ろう。痛む体を引きずって、ウトゥは井戸の方へ歩いて行った。
井戸のそばでは一番遅くまで働いていた男達が、体を拭きながら談笑していた。
ウトゥが近づくと、声をかけてきた。
「おっ小僧、お前があのクソネズミ倒したんだってな、ありがとうな」
何を言っていいかわからず、ウトゥが笑って頭を下げると、男は続けていった。
「あのネズミにやられたヤツは多いんだよ、俺もそのくちだがな。だからヤツの死体が転がってるのを見たら胸のつかえが下りてスッとしたよ」
「魔物はあれ一匹だけなんですか?」
体を拭きながらウトゥが尋ねると、男たちは顔を見合わせて、言った。
「正直よくわかってないんだ。下町地区ならともかく貴族が住む山の手地区には下水道といえど進入禁止の箇所は多いしね。もしそんなところに巣があったらどうにもならんよ。まぁ貴族さまに被害が出るだけならどうでもいいんだがね」
ウトゥは男たちに挨拶をして別れた後、マチェーテを取り戻しにネズミの死体の元へ向かった。粗悪な鉄をぶった切って削っただけの安物だが、父親の形見であり、今日は自分の身を守ってくれた大切な山刀だ。
頭からマチェーテを引き抜いた後、ウトゥはネズミの体を見ていて気付いた。この個体はメスだ…。杞憂ならいいんだけど…。
魔物を倒した英雄気分など消し飛んだ。ウトゥのスモークス・ピークスへの帰り道は、足取りの重い、つらいものになってしまっていた。
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