第7話

 男の脳髄を喰らった巨大ネズミは、男の残った胴体を放り出して、ウトゥを見た。ネズミの目が妖しく光る。


「殺される!」ウトゥは察したが体はこわばったまま動かない。ネズミがにやりと嗤ったような気がした。ウトゥに向かって飛び掛かる。ネズミの体がぶつかるその刹那、ウトゥは無意識のうちに避ける動作をしつつ、腰のマチェーテに手を伸ばしていた。何でそんな事ができたかわからない。だがとにかく体はまだ動く。昨日の夜、丁寧に研いで切れ味を取り戻したマチェーテを両手で握りしめ巨大ネズミに対峙する。


 一方巨大ネズミはこの少年を侮っていた。マチェーテを構えているのがわかっていても構わずウトゥに突進していく。ウトゥは歯を食いしばり両手を伸ばして、突進してくるネズミにマチェーテを突き立てた。マチェーテがネズミの眉間に突き刺さる。突進した勢いと巨大ネズミの体重すべてが刃先に集中し、マチェーテはネズミの頭に完全に突き刺さった。ネズミは飛び跳ねるようにウトゥから離れ、身をよじって悶絶している。


 「とどめを、とどめをささなきゃ」ウトゥが回りを見ると、逃げた作業者が置いていったスコップと、安物の、火と燃える水を使うランタンが火が灯ったまま転がっている。とりあえずスコップを拾ったウトゥは、それをネズミの巨体に幾度も叩きつけたが、非力なウトゥではダメージを与えられない。万事休すか。


 そのあと、ウトゥは火のついたランタンを拾うと、そのままネズミの喉に突っ込んだ。なぜそんな事をしたのかウトゥ自身にもわからない。ただ、今だもがき苦しんでいたネズミは、はずみでランタンを丸ごとのみこんでしまった。数秒後、胃の中でランタンの燃える水が何かに引火して、ネズミは爆発した。爆発音が辺り一帯にとどろく。


 爆発で巨大ネズミの体は引き千切れ即死。汚水を堰き止めていた小山も一部が消し飛び、濁流がかなりの勢いで流れ始めた。そばにいたウトゥは吹き飛ばされ、壁に体をこっぴどく叩きつけられ、そのまま落下し下水の濁流にのまれてしまった。

 意識が次第に薄れゆくなか、ウトゥはぼんやり考えていた。


「このまま死んじゃうのかなぁ、アンナの顔もう一度見たかったなぁ、結局生まれてから死ぬまでゴミまみれ、クソまみれだったな、まぁ、なんでも、いいや…もう疲れちゃっ、た、眠くな、ってきち、ゃった、寝、ちゃお、う…」


 生死の端境にウトゥはいた。そんな中誰かが話す声が聞こえる。いや耳が聞こえているはずもないので、ウトゥの末那識まなしきに反応しているのか。とにかく何者かの意識をウトゥは感じ取った。


「おもしろい、ウトゥ、おまえはおもしろい、もっとわたしを愉しませよ…」


 誰が何を言っているのか、何を言いたいのかさっぱりわからないが、考える余裕などあろうはずも無く、ウトゥはそのまま完全に気を失った。

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