第6話
初めて入った地下下水道構内は意外に広く、巨石と
汚泥を運搬する大きい手押し車を押しながらウトゥは数名の作業者とともにとぼとぼと通路を進む。途中で連れ立って道を歩く作業者に何をすべきか尋ねた。
「俺たちがやれるのはできるだけ奥に入って詰まりかけてる泥をとって外に運ぶくらいだな。素人集団じゃそれしかできないわな。あとは…」
「あとは?」
「囮になってネズミの魔物をおびき寄せる、そのくらいだろうよ、俺たちに期待されてることはさ」
別の男が口を挟むと、全員押し黙ってしまった。魔物がいようがいまいが、土木工事には危険が伴う。専門知識も必要だ。素人が誰でも簡単にこなせるわけがないのだ。それなのに人手不足という体裁で、スモークス・ピークスの身寄りのない、いつ死んでも誰も困らない労働者がかき集められ、たいして指導もされぬまま最奥に向かわされた。状況的には確かに人身御供以外の何物でもない。
しかしウトゥは全く別な捉え方をしていた。囮なら囮でかまわない。お金をもらってまた呼んでもらえるなら何を言われようとかまわない。今の暮らしから抜け出して、アンナと普通に笑顔で話せるなら何がどうであろうとかまわない、と。
重苦しい空気の中、誰もが押し黙って通路を進む中で、ウトゥの足取りは一人だけ軽かった。
数十分歩くと汚泥が積もって汚水が流れていない箇所に出くわした。大量に詰まった汚泥が、小山のように水路をほぼ堰き止めてしまっている。
リーダー格の男の指示のもと、数名の作業者が水の流れていない水路に降りた。
作業者は汚泥に脚を取られつつも、果敢に泥の小山にスコップを突き立て、切り崩しては、ウトゥがいる通路側に泥を放っていく。ウトゥはその泥やゴミを掬い上げては手押し車に乗せて道中にあった土砂の仮置き場に捨てに行く。温度も、湿度も高い中で、まだ体ができていない少年にはつらい作業だった。汗まみれでスコップを握り、滑る通路をふらふらと往復した。
数十回往復して意識がもうろうとし始めた頃、突然誰かの叫び声が聞こえた。
「ネズミ野郎だ!みんな逃げろ!」
ものすごい勢いでウトゥの横を男たちがすり抜けて逃げていく。ウトゥが小山を見上げると、堰き止められていた小山の向こう側からこちらを覗き見ている巨大なネズミの魔物と偶然目が合った。赤い瞳で、ウトゥと、逃げ遅れて呆然として動けずにいるもう一人の男、どちらを狙うか値踏みしている。
ウトゥはありったけの大声で、叫んだ。
「おじさん!早く逃げろ!」
呆然として動けずにいた男は我に返ると、あわてて立ち上がった。
「ボウズ、ありがとよ、恩に着るぜ。お前も早く逃げ…」
その瞬間、逃げようとした男の首にネズミが嚙みついた。頸動脈から血が噴き出す。ウトゥは初めて人が死ぬ瞬間を目撃した。思考は停止し、体がこわばる。
何もできなくなった少年は、ただ立ち尽くして魔物が人を喰らうところを見つめる事しかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます