第5話
翌日、ウトゥは午前中にいつもの仕事を急いで片付け、マチェーテを腰にぶら下げると、午後からはヘドロが溜まっているという地下下水道の入り口に向かった。
現場にはすでに何十人もの男たちがいた。午前中から作業し、負傷した者もいるようだが、そこまで殺伐とした雰囲気ではない。ウトゥは現場の責任者然とした、恰幅のよい中年の大男に声をかけた。
「手伝いにきました。今日はよろしくお願いします」
ウトゥが小さく頭を下げて挨拶すると、大男は大声で答えた。
「おぅ!なんだ援軍ってのはお前さんか!頼もしいな!」
ウトゥは男に面識がないが、男はウトゥの事を知っているらしい。糞尿や残飯の回収で悪目立ちしているから仕方ない。馬鹿にされるのはいつもの事だ。黙って言いたいことを言わせておこう。
そう思ってウトゥは男と話していたがどうもいつもと様子が違う。
男の名はアッドゥ。元冒険者で睡蓮亭の常連だとかで、ごくまれに店の裏手にいるウトゥを見かけてその仕事ぶりに感心していたらしい。笑顔できさくに話しかけてくれる人がいる。自分を認めてくれる人がいる。ウトゥにとっては思いもよらない事だった。素直に嬉しかった。睡蓮亭の話題などで、しばらく談笑していた。
「さて、仕事の話に戻るが」
アッドゥは真顔になると、言った。
「昼前にもネズミの野郎が出て、一人襲われた。ウトゥは下水道構路にも慣れてないし、絶対に無理をするな。ヤツが出る前にできるだけ泥をかき出せ。ヤツが出たらとにかく自分の身を守れ。隙があったらすぐ逃げろ」
ウトゥは自分の体には不釣り合いの大きなスコップと、ケガ人が使っていた古びた長靴、そして魔石で光るランタンを借り受けた。強い光を放つわりに熱はほとんど出ない、高級なランタンだ。
「お前には言わなくてもわかるだろうが、下水道内は火気厳禁だ。糞便が出しやがるガスに引火したらひとたまりもないしな。とち狂って化物相手に火魔法なんて間違っても許されない。下手すりゃ街ごと吹っ飛ぶからな、頼んだぞ」
アッドゥはそう言ってウトゥの尻をパチンと一発叩いて気合を入れると、「それじゃあ行ってこい!」と笑顔で送り出した。
初仕事で不安もあったが、アッドゥと話すうち、それも無くなった。
「不思議な人だなぁ」スコップを肩に担いで歩きながら、ウトゥはぼんやりそんな事を考えつつ他の作業員とともに現場に向かった。
下水道構路の入り口からはいつもの糞尿や汚水の臭いが充満している。だがその嫌悪感とは明らかに異質な何か、おそらくは魔物の気配というものか、それに初めて触れたウトゥはおぞましさを感じずにはいられなかったが、ためらう事など許されない。意を決して中に入っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます