第4話

 睡蓮亭での一件で、店から走り去ったウトゥは、スモークス・ピークスの自分の小屋に戻っていた。先ほどの出来事を、考えれば考えるほどみじめな気持ちになっていく。シンポウシキはどうでもよい。洗礼は受けたはずだが、元より信仰心などない。もし新たにジョブやスキルを得たところでそれを生かす機会など巡ってはこないし、それを生かす能力もたぶん無い。例えば、間違って剣士というジョブを賜ったとしても自分の手持ちは小型のマチェーテ(山刀)だけだし、料理のスキルを賜ったところでこの風体では厨房にすら入れないだろう。だから、それはどうでもいい。


 いちばん惨めに感じるのは、自分のいとこと、たわいもない話をする事すら憚られる現在の状況だ。好きで糞尿を運んでいるわけではないが、そこまで自分の仕事を卑下しているわけではない。必要な仕事だ。臭いはどうにもならないが、そもそもスモークス・ピークスなんてゴミ溜めのそばに住んでいるんだ。日々このゴミ溜めには様々な物が捨てられていく。生ゴミから住宅の廃材、時には動物や人間の遺体まで無造作に投げ捨てられている事もある。結果ガスが発生していつもどこかしらで火が燻ぶっている、そんな場所だ。臭くならないわけがない。惨めにならないわけがない。ここから逃げ出したい、アンナと気兼ねなく話したい、そんなささやかな夢を見ることさえできない自分の現状を、ウトゥは初めて憂いていた。


 「地母神さま、おれは何か悪い事をしたんでしょうか?」


 眼尻に涙を浮かべて、気弱になってすがったところで、もちろん神は答えない。


 「耐えるしかないんだ。頑張って耐え抜いて、来るか来ないかわからないチャンスに賭けるしか、アンナにはたどりつけないんだ。」


 正解がわからない以上そう思い込むことにしよう。そんな考えで無理やり自分自身を納得させると、ウトゥはスモークス・ピークスのゴミ山に登って行った。


 ゴミ山での魔石の収穫は無かったが、年長の住人に声をかけられた。

 地下下水道のヘドロ除去の仕事の斡旋だ。糞尿運びとは比較にならない高収入で、普段なら絶対回ってこない仕事だが、最近ネズミの魔物が現れたとかでケガ人が続出して人手が全然足りないらしい。

 もちろん一も二もなく承諾した。魔物と戦ったことなどない。そもそもスライム以外の魔物を見たことがない。危険は百も承知だ。そんな事より、仕事を認めてもらえれば継続して声をかけてもらえるかもしれない。そう思うだけで嬉しくなる。明日は午前中に残飯と糞尿の回収を終わらせて、午後から地下下水道に向かおう。自分の小屋でマチェーテを研ぎながら、ウトゥは心をときめかせていた。


 

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