第3話

 城外から街に戻ったウトゥが睡蓮亭の前を通りがかった時、アンナが声をかけてきた。睡蓮亭の営業時間中は、みすぼらしい自分がそこにいること自体が即営業妨害なので、できるだけ近寄らないよう努めていたが、話かけられた以上やむを得ない。重い気分になりつつ、アンナに応じた。


「どうしたの?何かあった?」


「うん、ウトゥ『シンポウシキ』どうするの?行くの?行くんなら一緒に…」


 えっ、そんなことで声かけてきたの!?お客さんと店員の冷たい目線にいたたまれない気持ちになったウトゥは、


 「行かないよ!行けるわけないよ!」


 そう答えると逃げるように店先から走り去った。アンナは最初ウトゥの反応に戸惑ったが、お客さんの「何あの薄汚い子…」というささやきでようやく察した。自分の無神経ぶりに泣きたくなったが、突然、店の常連客で元冒険者風のアッドゥという中年男が大声で、


「あの小僧も神宝式か!いやぁめでたい!あいつ真面目だからいいジョブ貰えるといいなあ!」


 大声で店中に響くように豪快に笑うと、ささやき声は雲散霧消した。その陰でアンナの母親でもある女将は、「めっ!」と視線を送り注意するのを忘れない。アンナは常連客の中年男と母親に救われた気持ちがして、嬉しくなってさえいた。


「でも一緒に行きたいな、シンポウシキ…」


 アンナがそうつぶやくのが女将には聞こえたが、聞こえないフリをしてその場をやり過ごした。大事な神宝式、アンナとウトゥにはできる限りの準備をしてあげよう、女将はそう心に誓った。


 この国の国教である地母神教では、洗礼を受けた数え年で14才の信徒を成人と定め、信徒の幸福と繁栄を願う式典「神聖宝授の儀」(略して神宝式)が執り行われる。その際に新成人は主神である地母神から「ジョブ」と「スキル」を賜る事ができるという。


 だが、その内実はこの教会の集金装置以外の何物でもなく、与えられる「ジョブ」と「スキル」は教会への寄付金の多寡でいくらでも操作できる。実際昨年は勇者が全土で8名、賢者が69名も現れたのでさすがに大問題になった。反主流派はこれを主流派転覆の絶好の機会ととらえている。また、勇者8名のうち7名までもが有力貴族の子息だったので、一般信徒の中からも疑念を持つ者の声は日増しに大きくなり、それをきっかけに信仰を棄てる者さえ現れ始めた。教会内の主流派はこれまでのしがらみで勇者や賢者を輩出させないわけにはいかない、ある意味苦境に立たされていた。

 主流派の会議で今年の勇者を3名、賢者を11名と定め、それぞれの値段を決めた後、大司教が重い口調でつぶやいた。


 「勇者でも賢者でも聖女でもなんでもいい、本物がひとり現れてくれれば…」


 この国の邪悪は根深い。 

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