第2話

 ロバを牽いたウトゥはそのまま城壁外の村の農家へ向かった。農家に堆肥用の糞尿や汚物を納めたあと、堆肥作りを少し手伝った。その後、近くの小川の洗い場でロバと荷車、木樽を洗浄後、ついでに水浴びをしていると農家のおばさんが売り物にならない見た目の悪い果物を差し入れてくれた。


「いつも本当にありがとうね」


 当たり前の言葉なのに、普段人間扱いされないウトゥには眩しく感じられた。


 その後、小高い見晴らしのよい丘で、頂いた果物と睡蓮亭の残飯で遅い朝食をとった。ウトゥは幸せな気持ちになった。


 ところで農家は集めた汚物を堆肥用に買い取ってくれるが、実はロバも荷車も農家からの借りものなので、その使用料を引かれると手元に残る収入はわずかだ。しかしスモークス・ピークスでゴミ拾いに関わらずに暮らせるのはウトゥにとって誇らしい事だった。


 スモークス・ピークスの住人はゴミを漁って生きている。彼らは金属なども拾って売るが、特に狙って拾うのは魔力の尽きた「魔石」と呼ばれる鉱物だ。


 彼らは魔法が存在する世界に生きている。その世界で魔石と呼ばれる特殊な鉱物資源は特に重要で、魔力のこめられた魔石は貴重なエネルギー源として、あるいは魔法そのものの発動要件として広範囲で利用されている。そんな中、照明や熱源などに使われた魔石がゴミとして捨てられ、そのゴミを回収した後に、それに魔導士が魔力を再充填して市場に流通させるリサイクルビジネスが存在する。


 問題は全ての魔石を再利用できるわけではないことだ。純度が高いとか、単純に大きい石ならば便利に何度も利用できるが、そうでない石はすぐに魔力が消え失せる。そもそも魔力を再充填できない石も多い。それを口実に買い取り業者に買い叩かれ惨めな思いをさせられる事もよくある。


 ウトゥもさんざん泣かされてきたので魔石拾いは懲りていたが、顔見知りの幼い孤児が必死の形相でゴミの中を這いずり回っているのを見てから、子供たちにコツを教え、手助けするようになっていた。あの子らには生きるすべが他にないのだ。


「スライムさんの魔石取っちゃダメなの?」


「スライムの魔石じゃお金にならないし、スライム死んじゃうからダメだよ。ゴミを食べてくれるスライムは大事にしなきゃね」

 

 どんな問いにもできるだけ答えるようにしているのは、この子たちが一生学校で学ぶ事がないと知っているからだ。ウトゥも学校には通えなかったが、父親が気紛れに拾ってきた教科書で読み書きと計算くらいは教えてくれた。そしてそれがどれだけ貴重な財産かウトゥは仕事を通して痛感していた。


 現状、子供たちがこのスモークス・ピークスから脱出できる現実的な手段は暴力組織か売春婦くらいしかない。ダンジョン探索を生業とし、誰でもなれるという冒険者という職業もあるにはあるが、文字も読めず、格闘技や魔法の才もない者と誰がパーティを組むだろう。それに仮に冒険者になれたとしても根無し草には変わりない。

 

 夢さえ見られないスモークス・ピークスで、誰もが必死に足掻いて生きている。

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