※スピンオフ・おまけ⑦ 神田隆の調査
「......いい加減、何か喋ったらどうだ?」
神田は、目の前の少年に、何度目かもわからない声をかけた。神田は取り調べのプロではない。ただのエンジニアであり、公務員のおっさんだ。だから、こういう時どうすれば相手が落ちるのか、見当もつかない。
神を名乗った少年も、着替えさせて髪をほどいて、香を落とせばただの子供だ。それでも彼には、得体のしれない雰囲気が纏わりついている。
人ならざるモノか、人を捨てた者か。神田には判別はつかない。だから警察に任せればよかったんだ、と内心でぼやく。
「名前は」
「......僕は、神だ」
「あぁそうかい。じゃあ聞くが、神様、あんたが作ったダンジョン、全部教えてくれや。中の情報もセットでな」
少年はまた無言になる。
さて、困った。何の成果も挙げられないまま警察に引き渡す、じゃあ、うちの面目が立たない。上が時間を稼いでいる間に、何とか職責を果たさなければ。
「今、何時だ?」
「ん、21時くらいだな。ここ、寝泊まりもできるから安心してくれ」
「21時か......そろそろだ」
嫌な予感がする。
「おい待て、何を」
「僕は神だ。お前らごときが、縛っておけると思うな!」
次の瞬間、少年は立ち上がり、地面に両手をつける。
そして、足場が音を立てて崩れた。
「いやー、やっちまったな」
最悪だ。
何の成果もないどころか、逃亡を許してしまった。
「上の者の首が飛ぶのは必至として、これ、俺も責任取らなきゃならんかね」
その辺にいる部下を捕まえて聞いてみるも、露骨に無視される。別にもう神田のことを上司扱いしていないわけではなく、単に忙しいだけだろう。
昨日の夜から人海戦術でダンジョンマスターを捜索しているが、広い東京都で子供一人見つけ出すのは、警察でもない公務員では難しい。
もともと、人の上になんて立ちたくなかった。
小さい時から機械いじりが好きで、特に機械系のモンスターに関心があった。そういう男の子は周りにも多かったはずだが、年を取るごとになぜだか減っていって、大学を卒業するころには神田だけになっていた。
神田は大したスキルを持っているわけではない。そんな自分でもモンスターに関われる職場として、迷宮庁はうってつけだった。丁度その時、若くて優秀な技術者を募集していたのは幸運だった。
表に出せない仕事も、失敗することこそあれど文句を言わずにやっていたら、どんどん評価が上がっていって、気づいたら機械いじりなんてとても出来ない役職に昇進させられていたのが五年前くらい。
四十過ぎ、現役から一線を退くにはちょうどいいと思いこの肩書を付けているが、別になくなるならなくなるで別に構わない。
ただ、クビだったり暇な部署に飛ばされるのは勘弁してほしいなと、そう思うばかりだった。
「どうよ、なんか手掛かりあった?」
手持ち無沙汰なので、SNSなどを監視する部門に声をかけてみるが、情報が錯綜していて混乱しているようだ。神田は肩をすくめ、自分の机に戻った。
PCで適当に検索をかけながら、考える。
ダンジョンマスターを名乗るあの少年が、仮に本当に神様なら、もはや考えるだけ無駄、お手上げ状態だ。考えも全く読めないし、そもそも捕まえたところで、いくら弱点があるとはいえ、殺したり縛っておくことはできてもこちら側で利用することは不可能だろう。
だから、迷宮庁として考えるべきことは、少年が人間だった場合だ。
その場合、あの異常な能力は、どうやって説明するのが最も論理的か。
決まっている。人間が持つ異能と呼ばれる現象は、現代ではスキルと呼称される。
神田はダンジョンとスキルの成り立ちについて、改めて調べる。
世界各地にダンジョンが出現し始めたのが三百年ほど前で、人類初のスキルが観測されたのが二百五十年前。
一般的には、ダンジョンとそこに蔓延るモンスターの脅威への対抗策として人類が進化・適応したのが、スキルであるとされている。しかし、それにしてはダンジョン出現とスキル発現の間隔が短すぎるという指摘は、昔からされてきた。
ひょっとしたら、逆だったのではないだろうか。
まずスキルを持った人間が産まれ、それからダンジョンが造られた。
スキル「ダンジョンマスター」。それが、あの少年の能力の、正体なのではないか。
だとしたら、あの少年は、実は三百年以上生きていることになる。人ならざるモノに見えるのも当然のことだ。
ダンジョン内でならなんでもできる、というのが能力だとしたら、常人を超えた長寿も不可能ではないだろう。
「......ま、仮定に過ぎんが」
何にせよ、少年が見つかってくれないことには揺さぶりの材料にもならない。
そう思っていると、電話が鳴った。
「おう、あんた確か......。は? 神津島?」
電話の相手は、FOOLSとかいう配信者事務所の女マネージャーからだった。以前ダンジョンマスターに連れ去られてモンスターにされた青年が、ダンジョンマスターを追って神津島とかいう離島に向かったという。少年がそこにいるという確度の高い証拠もあるのだとか。
「......素人に負けてどうすんだよ」
俺は流石に愚痴をこぼすと、海上自衛隊と連絡を取り、ジェット船を出させるように部下に指示を出す。
承認を待つ間に、神津島について軽く調べる。すると、面白い伝承がヒットした。
三世紀より少し昔、この島に赤ん坊が産まれた。
赤ん坊は島の皆に愛されて、すくすく育った。
しかし赤ん坊が十になった頃、彼は天上山の麓で遊んでいる途中、ふと両手を地面につける。
次の瞬間、そこには巨大な洞窟ができていた。
島民は、その子供を神の遣いだと崇めた。
そして、様々な願い事をした。病気を治してくれ。若返らせてくれ。この洞窟を、掘っても尽きない金鉱脈にしてくれ。
子供は皆に頼られるのが嬉しくて、言う通りにした。洞窟の中なら、彼は何だって思い通りにすることができた。
けれど、やがて島民の態度は乱暴になっていく。
彼を巡って、同じ島の住民同士で争いも起きた。噂は本土にも広まって、戦の気配もしてきた。
子供は何人もの大人たちに追いかけ回され、暴力を振るわれ、深く傷ついた。そして、ある夜、こっそり船に乗り込み、逃げ出した。
この逸話は、同時期に突然現れたとされる金鉱脈、金ツ穴に付随して生まれた伝承、迷信と考えられている。実際、出展もない個人サイトくらいにしか全文も残されていない。
しかし、何でもありの洞窟、即ちダンジョンを自在に産み出せる少年のことを知っている神田には、この伝承は、違った見え方をするのだった。
個人サイトによると、伝承に残る赤ん坊の名は、織津栄治といった。
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