※スピンオフ・おまけ⑥ ケイト・マッカートニーの冒険 後編


「いやー、やっぱ流石ですねー。僕みたいな新人と組むだけありますよ」

「いつまで新人面してんだか。そろそろ頼れるようになってもらわないと困る」


 私とアイクはダンジョンを進んでいく。

 ダンジョン調査の目的は、どこまでの深さで、どんなモンスターが出現し、難易度はどれくらいか。そして、ボスモンスターは何者か、だ。


 ダンジョンは異常で危険な洞窟だが、国の重要な資源でもある。事実、日本の経済は他より圧倒的に豊富なダンジョンから産み出されるモンスターの素材という資源で劇的に復活し、今も世界有数の経済大国であり続けている。


 日本に比べダンジョンの絶対数が少ない我が国は、一般に開放などせず、より計画的に資源を回収しなければならない。ブラックバレーは、資源回収とそのための諜報を任務とする部隊だった、


(もっとも、ダンジョンが人為的に造られたものであるとするならば、話は180度変わってくる)


 神と名乗った少年は、政府の手から逃れたという。

 世界中の諜報機関が、彼の身柄を探しているだろう。本当に彼の能力が大方の予想通りなら、彼を手に入れたものが世界の覇権を握ると言ってもおかしくない。軍にいるとたまに感じる、血の臭いがまた近づいてきていた。


「また出た!」


 虎の身体に人間のような頭のモンスターを、アイクが斬り伏せる。


「もっと慎重になれ。まだ五感を奪ってないぞ」

「大丈夫ですよ! ここ、どうやらそんなに強いモンスターいないみたいだし」


 確かに、二人で最奥まで順調に進んではいる。

 だが、私は違和感を覚えていた。先ほどから、出会うモンスターが全て、データにない未知のモンスターだ。資料をちゃんと覚えていないアイクは気づいていないだろうが。


「お前は、長生きしたいか?」


 私はアイクに聞く。

 アイクはちょっと考えて、屈託のない笑みで答えた。


「昔は、いつ死んでもいいや、って思ってたんですけどね。最近、意外と人生って面白いかもって気になったんです。だから、なるべく長く生きたいですかね」

「......そうか。なら、先走るな」


 了解です、と敬礼をするアイク。軍規で敬礼には答礼で返さなくてはならないのだから、冗談でそういうジェスチャーをするなと何度も言ったはずだが、一向に癖が治らない。


 ふと、背筋に嫌な予感が走った。こういう時は、よくないことが起きる。


「気をつけろ。何か来る」


 のそっと現れた化け物の容姿を見て、私は絶望した。

 四足歩行の獣であるが、眼がない。さらに、耳もない。鼻もなければ、口もない。日本の伝承で言うところの、のっぺらぼうのような見た目をしている。


 これでは、奪う五感が存在しないではないか。


「......こいつはまずい。逃げるぞ、アイク!」

「いやいや。こんな木偶の坊、俺の剣で!」


 よせ、と叫ぶが、アイクは剣で化け物に突っ込んでいく。

 次の瞬間、化け物の身体が大きく震え、アイクの身体が遥か後方に吹き飛ばされた。


「アイク!」


 私だけでも逃げなければ。頭ではそう思うが、身体は化け物の後ろ、アイクの方へ向かっていく。

 考えろ。あいつは何で、私たちを認識している?


 視覚はない。

 聴覚もない。

 嗅覚もない。


「......触覚か?」


 私は怪物の肌に目を合わせ、自分の身体を抱くような動きをする。

 怪物の身体が一瞬よろめいた。よし、効いている。


「アイク、今のうちに!」

「......駄目です、ケイト先輩」

「何を言っている! 長生きするんだろう!?」



「その獣、別に触覚で俺たちのことを認識してる訳じゃないんで」



 アイクの顔から、能面のように表情が消えた。

 それはあの化け物と同じ、のっぺらぼうを彷彿とさせた。


「.......アイク?」

「すいません、ケイト先輩」


 次の瞬間、私の身体は巨体に撥ね飛ばされた。


 私は、腑に落ちた感覚があった。

 あまりにおかしかった。こんなにピンポイントに、私の能力を封じるようなモンスターが現れることあがるなんて。

 何てことはない。私の能力を知ってから、その場で、造り出したんだ。


 私は、ずっと騙されていたことに憤る反面、ちょっとほっとしていた。

 この先必ず起きるであろう戦争に、加担しなくて済むこと。

 そして何より、アイクがおそらく無事であろうことに。





「おう、兄ちゃん。......あれ、美人の姉ちゃんは?」


 僕はゆっくり首を振る。

 ガイドの男は衝撃を受けたように目を見開いて、それから、ちょっと目を逸らした。


「......そうか。残念だったな」

「ええ、そうですね」


 僕は頷きながら、ガイドの男に近づく。

 異常な雰囲気を察知してか、男は僕が近づくにつれ後ずさる。でも、僕の歩みの方がずっと早い。


「ところで、ガイドさん。東洋人の顔が皆同じで分からない、って言ってましたよね。あれって本当ですか?」

「......ああ」

「そうですか? もしかして、その東洋人って......」



「こんな顔じゃなかったですか?」



 僕は、自分の顔を掌でなぞった。

 薄い皮が剥がれる感覚。自由に自分の顔を弄れるのは便利だ。この能力にそんな使い道があるなんて、知らなかった。


 ひ、と男が悲鳴を漏らす。


「駄目じゃないですか。大金払って黙っておいてくれって言ったのに、米軍なんかに喋っちゃうなんて」

「わ、悪かった、悪かったから......!」

「謝ったって駄目です。まぁ、ケイト先輩の厄介なスキルを潰せたんで、結果オーライではあるんですけど」


 不必要な殺しをするつもりはない。そう思って金で解決しようとしたのだが、甘かったらしい。

 せっかくの楽しみを、こんなモブキャラに邪魔されてはかなわない。僕は剣を抜く。これは僕の剣ではなく、どこかの誰かから奪った剣だ。ケイト先輩は、僕のスキルの産物だと信じていたようだけど。


「じゃ、バイバイ」


 血飛沫が飛び散る。

 僕は剣先についた血を舐め取ると、バギーのキーを奪って、車に挿し込んだ。

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