※スピンオフ・おまけ⑤ ケイト・マッカートニーの冒険 前編
アメリカ・カリフォルニア州、デスバレー国立公園。
ケイト・マッカートニーはその壮大な砂漠に立ち尽くし、感嘆のため息をついた。
「あんた、デスバレーは初めてかい?」
現地で雇ったガイドが聞く。クチン砂塵が入らないようお互いマスクをしているので、くぐもった声で聴きとりづらい。
「ええ。私、ノースカロライナの出身なので」
「そうかい。そりゃ、いい経験になったな」
五十代くらいの浅黒い肌のガイドはへっへっと笑うが、私は観光で来ているのではない。目的は、この先だった。
砂漠の真ん中に、ぽつんと存在する洞窟。自然の摂理を完全に無視した石造りのそれは、あまりにも異質で、不気味に見えた。
「それ、一体何なんだい?」
「......答える必要はないわ」
ガイドが肩をすくめる。
「いいじゃないですか、別に機密でもないですし。まだガイドさんには、話を聞かないといけないんでしょう?」
相方のアイク・サンドバルが、とりなすように笑みを浮かべる。配属されてきたばかりの彼は、本当に訓練を受けてきたのかと疑いたくなるくらい、軍人の匂いがしない。
「......わかった、教えてあげる。あれは、『ダンジョン』と呼ばれるものよ。中には凶悪なモンスターがごろごろしてて、あなたみたいなのが入ったら一瞬で死んでしまうわ」
ガイドの男はにやにやと笑った。
「おいおい、あんまり見くびらないでくれよ。俺、結構すげぇんだぜ」
男は口から炎を吹き出した。一昔前なら大道芸のネタになっていただろうが、今では別に珍しくもない。
「残念だけど、その程度じゃ話にならないわ。暑い砂漠がさらに暑くなるだけよ」
「こりゃ手厳しい」
男はそれ以上食い下がらなかった。まぁ、ツアー客ならともかく、迷彩色の軍服を着た二人組に、強気な態度で出られる人間はほとんどいないだろう。
私とアイクは、アメリカ陸軍対迷宮特殊作戦部隊、通称ブラックベレーの隊員だった。発足したばかりで人員は少ないが、一人一人の練度は高い。
「それで、あなたが見たっていう男のことを話してくれない?」
「うーん、どうだったかなぁ」
「......悪いけど、あなたと下らない駆け引きをしてるほど暇じゃないの」
私は右手をそっとかざす。かざすだけで、別に何もしていない。しかし男は二、三歩後退り、素直に話し出した。簡単にはったりをかけられるようになったのは、スキル時代のいい所だと思う。
「......あぁ、見たよ。というか、俺にガイドを頼んできたんだ。東洋人の男さ。それで、ここまで運んできたんだ。そしたら、目の前で地面に手を当てて......。あっという間に、それが出来ちまった」
ダンジョンは、三百年ほど前に日本を中心に突如出現した。原因は不明ながら、何らかの自然現象だと考えるのが通説だったが、先の全世界生配信とその後の展開によって、人為的なものである可能性が高まっている。
ダンジョンの分布が日本に集中しており、我が国を含む世界ではまばらにしか見られないのも、日本人が関わっているとすれば説明がつく。
「口止め料ももらったし、何か殺気立ってて怖かったから、今まで黙ってたんだけどな。この前の生配信があって、あれから大分経ったし、そろそろ言っていいかなって」
「あの配信の子供に会ったの?」
「東洋人の顔なんて、みんな同じで分かんねぇよ」
私は頭を掻く。ここはアメリカだ。東洋人も白人も黒人も住んでいる。ガイドという職業なら猶更、いつまでも白人コミュニティの中に閉じこもっているべきではないと思うのだが。そんなことを思うのは、メキシコ人の母を持っているからだろうか。
「......まぁ、いいわ。そこで待ってなさい、中を調査するから」
「危険なんじゃないのかい?」
私はアイクと一緒に、ダンジョンの中に片足を突っ込みながら言った。
「我々はプロ。素人と一緒にしないで」
「ムカつきますよね、ああいう人」
アイクが私の不機嫌を察知してか、気安く話しかけてくる。警戒心があまりにも欠けていると言わざるを得ないが、二人しかいないのに空気を悪くしても仕方がない。それに、アイクには半分中国人の血が入っていた。
「そうね。でも、いちいち目くじらを立てていても疲れるだけ。長く生きれば、そのうちあんな人間はこの世からいなくなる」
「そうなるまで生きていられますかね、僕ら」
私は暗い洞窟を照らしながら、彼のぼやきを適当に受け流す。
国のために命を捧げるのが私たちの仕事だ。けれど、私は死ぬ気などさらさらない。現役を引退するギリギリまで、国のために尽くすのが一番いいに決まっている。
「気を付けて。モンスターが来る」
「何か、スキルですか?」
アイクがのんびりと言った直後、向こう側から足が三本の、金色に輝くカラスが現れた。
「勘よ。だけど、よく当たるの」
私は言いながら、リボルバー銃を構える。
日本の探索者はスキルだけでモンスターと戦っているようだが、我々は軍人だ。使えるものは何でも使う。
薬莢が地面に落ち、自動で弾が連射される。
しかし、カラス型のモンスターは炎を口から吐き出しそれらすべてを消し炭にした。
「げっ!」
「......あのおじさんに謝らないといけないわね。火を吹くの、結構厄介かも」
軽口を叩きながら、私は次の弾を装填する。
「いや、さっき焼き尽くされたばかりでしょ!?」
「心配ない。黙って見てなさい」
私は狙いを定め、再び弾を吐き出す。
それと同時に、モンスターと眼を合わせて、瞬きを二回。
「ギャッ!?」
カラスの眼が塞がり、そのまま弾が身体に突き刺さる。
仲間のスキルによって強化された銃弾だが、しとめるにはやや威力不足なようだ。私は今度はカラスの耳に目線を向けて、左耳を二回触る。ぐえ、と、モンスターがまたくぐもった声をあげた。
「何を.......!」
「あんたの方が火力出るでしょ。さっさとやっちゃいなさい。大丈夫だから」
アイクは戸惑いながら、その場でひたすらじたばたもがいているカラスに向かって、生み出したゲームのアイテムみたいな剣を突き立てる。
カラスは短い断末魔をあげて、その場で絶命した。
「すげぇ、ほんとに無抵抗。どういうカラクリですか、これ」
私はため息をつくと、自分のスキルについて簡潔に説明する。
「私の異能は『センス・ロバー』。相手の五感を奪う、最強の能力のひとつよ」
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