※スピンオフ・おまけ③ 上谷兎美の追憶
「どうも、烏丸です......」
「こんはるか~!」
自然な笑顔をカメラに向ける、二人の高校生。私はそれを見て、一人声を出さずに微笑んだ。
二人とも、だいぶ自然に笑えるようになってきた。出会った時はどちらも、死んだ魚のような目をしていたことを考えれば、ずいぶんな成長だ。
私は何もしていない。彼らが勝手に出会い、勝手に学び、勝手に幸せになったのだ。けれど、なぜだか私が嬉しくなる。
昔から、人の笑顔を見ると嬉しくなるタイプの人間だった。逆に、苦しそうな、哀しそうな顔を見ると、放っておけない人間でもあった。
「兎美ちゃん、遊ぼうよ」
小学校では人気がある方だった。
顔立ちは普通だったが、愛嬌があったのがよかった。体型が程よくふくよかだったのもあったかもしれない。細身で可愛らしい子は、逆にいじめられたりするものだが、私は同性に好かれがちだった。遊ぶ相手に困ったことはなかったし、泣かされることも少なかった。
だから、いつも部屋の隅でつまらなそうにしているクラスメイトのことが、理解できなかった。馬鹿にしているわけではなく、何を考えているかがわからないというか、何か別の生き物みたいだった。
彼らの笑顔が見たかった。だから、折に触れて積極的に話しかけるようにしていた。
「何してるの?」
「ねえ、夏休みどこか行った?」
「そのシール、かわいいね」
彼らは最初は戸惑ったような顔をするけれど、何度も根気よく話しかけると、やがてはにかんだような笑顔で、自分のことをぽつぽつと話してくれた。丸まっていた背中がちょっとずつ伸びて、胸を張って歩けるようになっていった。
それを見るのが嬉しくて、クラスが変わるたび、隅にいる彼らを見つけては、話しかけていった。
そんなある日、友達に、心底不快そうな顔で言われたのだ。
「上谷さんってさぁ......なんで〇〇さんなんかにかまうわけ?」
私は首を振った。嫌な記憶を思い出すことはない。
目の前の仕事に集中する。編集者に依頼していた、二人の配信の切り抜き動画が完成したので、問題がないかチェックする仕事。
それぞれが個人でやっていた時と違って、カップルチャンネルは荒れやすいし悪いイメージもつきやすい。二人の選択を後悔させないよう、裏からサポートするのがマネージャーの役割だった。
現実では、私のような存在は歓迎されなかった。
教室の隅にいる人間が、隅にいることで安心する人間、喜ぶ人間が多数派なのだ。光に引っ張り出そうとすれば、その子ごとさらに隅の方へと押し込まれてしまう。
私の欲求は、ずいぶん長い間封印させられていた。
配信者という職業のことを知ったのは、高校生の時だった。
二面性のある仕事だと思った。死人のような顔をしてたどたどしく喋っていた人が、インターネットを通じて承認され、だんだん生き生きしてくることもあれば、にこにこ楽しそうに配信していた人が、再生数が落ちてきたり、心無い人たちの罵声を浴びたりして、どんどん余裕がなくなっていくこともある。自分の好きな配信者が、後者のようになったらと思うと怖くて、あまりどっぷり浸かることはなかった。
でも、就活の時期に、どこの会社に就職しようかと考えた時、小学校の頃から隠し続けてきた欲望が、再び顔を出した。
現実世界では、私の欲求は許されないものだった。教室の隅にいた者が笑顔になるのは、許されないことだった。けれど、インターネットでは、必ずしもそうではなかった。あの場所であれば、自分のやりたいことができるのではないかと思った。
そして、私は人生をささげる仕事場を、株式会社FOOLSに定めた。当時はまだ、急成長中のベンチャー企業のひとつに過ぎなかった。
これと決めて始めた仕事は、全てが順調とはいかなかった。会社自体、ノウハウがそれほど蓄積されているわけではなくて、私が担当していた配信者も、何人もが泣きながら事務所を辞めた。そのたび、私も泣きたいような気持ちになった。
でも、自傷癖があるような心を病んだ子が、配信によって救われた、と嬉しそうに話すこともあった。だから、自分のやっていることは間違っていないと、そう思えた。
それを裏付けるかのように、FOOLSは伸び悩む同業他社をよそ目に成長を続け、港区の高層ビルに本社を構えるまでになった。
数年前、ダンジョン配信がブームになり、事務所としてもそちらの方向に舵を取ることになった。身体を張るような配信内容には不安もあったが、喋るのが苦手でも強いスキルさえあれば視聴者がついてくるというのは、今まででは拾い切れなかった子たちも、配信の力で救うことができるチャンスでもあった。
そして、私は動画サイトで、コスプレみたいな軍服に身を包む遥を見つけた。
「あ......こんにちは......」
今まで見た中で一番、配信者に向いていないと思った。顔はいいけど、喋りは拙いし、声は小さい。コメントを見る余裕もなければ、話題は特定のアニメの話ばかり。実際、若くてかわいい女の子の配信にしてはあり得ないと言っていいほど、視聴者もついていなかった。
それでも、今まで見た中で一番、自分を変えようともがいているのがわかった。
それは傍目から見れば痛々しかったけど、私は目を背けることができなかった。彼女の手助けがしたかったし、私が協力すれば、必ず伸びる核心もあった。上司には無断で連絡を取り、喫茶店で待ち合わせた。
「はじめまして、比良鐘ハルカちゃん。私は、FOOLSの上谷っていいます」
彼女は、私の机の、トールサイズのコーヒーを凝視していた。
遥を説得するのも、配信者として成長させるのも、今までになく大変だった。何度も泣かせたし、何度も警戒させた。一度会う度に、家で自分の言動一つ一つを振り返り、反省し、次回に活かした。
何度傷つけられても、遥が私との連絡を絶つこともなかった。彼女が私に懸けてくれるのがわかった。私も、彼女に全てを懸けた。
そして、彼女は一人前、いやそれ以上の配信者になった。それでも、彼女の顔が完全に晴れることはなかった。
これ以上、私にできることはない。そう思っていた時、白い狼を連れた、あの日の遥と全く同じ雰囲気をまとった男の子と出会ったのである。
「......というわけで、またね、バイバイ!」
気づけば動画が終わっていた。二人が、笑顔で手を振っている。
今日は二人で映画館デートだ、と先ほど遥からLINEが送られてきた。もう、心配することは何もない。少し寂しいけど、それよりずっと、嬉しさが勝った。
全ては巡り合わせだと、烏丸くんは言った。
それなら、私が遥に出会った意味、烏丸くんに出会った意味は何か。私が、産まれてきた意味は何か。
その答えは、これからの二人が見せてくれる。
もう午後五時を回っていた。桐山くんに仕事を頼んでいたことを思い出す。
「桐山くん、調子どう......?」
慌てて飛び出したような形で、机から椅子が飛び出している。つけっぱなしのパソコンの画面が煌々と光る。
まるで消えてしまったかのように、桐山くんの姿だけが、どこにもなかった。
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