※スピンオフ・おまけ② 桐山弓の贖罪
「桐山くん、この件、確認取っておいてくれる?」
俺は、はい、と返事をして、パソコンを操作し始めた。
一日八時間働いて、月給は24万円。中卒の何のスキルもない未成年に、お使いみたいな仕事をさせて渡す給料としては高すぎるくらいだ。
港区のビルに本社を構える株式会社FOOLS。ここが、今の俺の職場だ。
ここに流れ着くまでには、本当に色々なことがあった。たくさんの失敗があり、たくさんの後悔があり、たくさんの罪がある。
けれどそれとは不釣り合いに、今の俺はこんな場所で働き、もうすぐ八王子のボロアパートから引っ越す。そこには、ある男との出会いと、今僕に指示を飛ばした、上谷兎美の計らいがあった。
『昨夜午後九時ごろ、東京都千代田区の迷宮庁舎に突如新たなダンジョンが出現しました。先日の全世界生配信、通称ダンジョンマスター事件との関連が疑われますが、迷宮庁は未だ正式なコメントを出しておりません......』
仕事の合間に、ネットニュースの記事をクリックする。
俺は結局、あの少年について、何も知ることができなかった。俺の全てを理解してくれたと思っていたけれど、全ては嘘だった。
全ては巡り合わせだと、烏丸は言った。
だったら、今俺がここでこうして生きていることに、意味はあるのか。
あの少年が、どこかを今も逃げ回っていることに、意味はあるのか。
仕事の手が止まると、あるいは誰も待ってはいない家に帰ると、ふと考える。そのたびに俺は頭から思考を振り払い、目の前のことに焦点を合わせるのだ。
「......確認、取れました。大丈夫らしいです」
「OK、ありがと。じゃあ、次はこれ」
上谷は、俺の机のパソコンに何かを転送した。
見ると、誰かに向けられたであろう大量のメッセージが並んでいる。
「何ですか、これ」
「うちの会社のホームページに来る、ご意見ご質問のリスト。別に大したこと書いてないんだけど、全く見ないっていうのもアレだからさ。ざっと流し見して、重要だと思ったものだけ回して。ほとんど無視でいいから」
「はあ.......」
あんなもの、ちゃんと見ているのか。
誰かが炎上したときに怒りのはけ口になるためのものでしかないと思っていたから、少し面食らう。
ある程度覚悟しながらメッセージを見ていくが、思いのほか不穏当なものは少ない。最近は炎上がないからか、一部厄介なファンからの言いがかりに近い指摘なんかはあるものの、ほとんどはグッズ再販の要望とか、この配信者を事務所に入れてくれませんか、とか、そんな話ばかりだ。ちょっと拍子抜けしながら、画面をスクロールしていく。
メッセージが直近のものに近づいてきたところで、ふと、一件のメッセージに目が留まる。
『この前烏丸くん達が戦ってた神様みたいな人、港区で見ました!』
日付を確認すると、今日の朝だ。
勿論見間違いの可能性も高い。昨夜逃走したあの少年が、港区に現れたというなら、目的は、ここではないか。
「あいつ、まだ......!」
FOOLS本社を狙っているのだとしたら、まずい。あの少年の本質は、残忍だ。一度目の来訪の時は紳士的だったが、あの時と状況の違う今回は、どんな手を使ってくるかわからない。
急いで烏丸に電話をかけるが、出ない。
上谷に報告しようとして、ふと思いとどまる。
港区に姿を現したのが、今日の朝。今はもう、昼の12時を回っている。
ここを襲うつもりなら、とっくの昔に来ていないとおかしい。いつ見つかってもおかしくない今の状況で、都内の中心部に長くとどまることにメリットはないはずだ。
「他に目的がある......のか?」
俺はさらにメッセージをスクロールする。
『虎ノ門ヒルズの近くにあの子供いた』
『新橋の方に神っぽい人いたけど大丈夫かな? 通報するの怖い』
今日に入ってから、いくつかメッセージが送られてきている。
もしかして、と思ってSNSで検索をかけると、さらに多くの目撃情報が投稿されている、中には全く見当はずれな情報も多々あるが、港区周辺に絞って見ると、彼の足取りが見えてくる。
『芝浦埠頭で、ジェット船に乗り込むのを見た。チケット、予約しないと買えないけどどうしたんだろう』
芝浦埠頭。
虎ノ門ヒルズから新橋へ。足取りをたどった先に、その場所はあった。
「船......離島か?」
俺はSNSの検索窓に、「芝浦埠頭」と入力する。
新着順で並べると、やがて目的の投稿に辿り着いた。
『最悪。神津島行きのチケットをすられた。子供と里帰りの予定だったのに~。ていうか、本人確認くらいしないの?』
神津島、とGoogleで検索をかける。伊豆諸島のひとつで、特別なものが見られる島ではない。
ただ最大の特徴として、天上山のふもとにある洞窟、金ツ穴がある。三百年ほど前に突如出現したと言い伝えられており、現代まで続く巨大な金鉱脈となっている。この鉱脈から採れる金によって、この島は発展し、近隣の島と比べても富んだ島となった。
「......神津島」
今から予約して向かえば、ぎりぎり三便目に間に合う。
行ってみる価値は、あると思った。
ずっと考えていた。
俺がここで、何の罰も受けずに、生かされている意味。
烏丸とシロや遥や、俺が出会ったことに意味があるのなら、きっと、俺があの少年に出会ったことにも、意味があるはずだ。
それが、今、この瞬間なんじゃないか。
俺の人生ずっと、右肩下がりだった。暗闇に向かって歩いていた。
闇の底、深淵まで辿り着いて、絶望を見た。
でも、光の指す場所まで引っ張り上げてもらった。そこで見た景色は、本当に美しかった。
でも、それで終わりじゃ、駄目なんだ。
きっとまた俺は、闇に向かってしまう。昔からずっと、そういう性質だから。
だからこそ、ここで闇の根源と向き合うことが、俺に課された使命なんじゃないだろうか。
俺を救ってくれた人たちを守りたい。助けになりたい。
それ以上に、もういい加減、解放されたかった。上を向いて、陽の当たる道を歩いていきたかった。
烏丸は、光に触れて自分を変えることができた。
でも俺は、まだ俺の使命を終えていない。俺の罪を償っていない。だから、こんなに明るい所にいても、気がつけば黒い思考が頭をもたげてくる。
俺は鞄を引っ掴むと、何も言わずに会社を去った。
画面はそのままにしてあるから、やがて俺がどこに行ったか気づくだろう。それより、今は時間が惜しかった。
タクシーを拾って、車内で予約をして、埠頭に向かう。
黒い海が、俺を誘うように揺れていた。
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