第24話 陰キャと美少女と神の最期
間違いない。
かすかに、桐山の声が聞こえる。
その声は途切れ途切れで、とても小さくて、何を言っているのかまではわからない。
でも、桐山の意識が、あの怪物のどこかに、存在している。
「......なんで」
なんで、こんなことになってるんだ。
こんな姿になって。自我もほとんど失って、したくもないことをさせられて。
「目を覚ませよ! お前、そうじゃないだろ!」
気づいたら叫んでいた。桐山の事なんて、全然知らないのに。
俺は桐山の中に、ずっと、自分を見ていた。勝手な思い込みかもしれない。でも、彼がこんな風になってしまった理由が、俺には分かってしまった。
彼が人を殺したからじゃない。
彼が、罪から逃げたからでもない。
彼が、下劣な創造主に騙されたからでもない。
「一人で全部、抱え込むなよ......!」
怪物の動きは止まらない。地中から鯱が何度も、俺たちをめがけて突き上げてくる。
俺は二人に支えられながら、痛みに呻きながら、脳裏に響く声に、怪物の中の桐山に、必死に叫ぶ。
「お前には、俺が眩しく見えてるかもしれない。彼女も、相棒も、周りからの賞賛も、都合よく全部手に入れてるように見えてるかもしれない。でも......きっと、全部、巡り合わせなんだ。俺とお前で、中身は何も変わっちゃいない。全部、偶然の重なりでしかないんだ。いつ、誰と出会ったか、それだけでしかないんだよ」
俺は必死に呼びかける。脳裏の声が、わずかに大きさを増す。
「......誰も悪くないんだ。でも、お前は、俺たちと出会った。出会えたんだよ。これも、きっと、巡り合わせなんだ」
俺たちが現れなかったら、桐山はあの日、死んでいた。
怪物に身をやつした今のままじゃ、その方がマシだったってことになってしまう。
目の前に神を名乗る少年がいる。
でも、本物の神様ってのは、あんな残酷な奴じゃないって、俺は知ってる。
「罪を償うでもいい。逃げたっていい。何でもいいから......俺たちと、一緒にやろう。せっかく会えたんだから。こんなことがしたくて、産まれた訳じゃないんだから!」
あの日、シロに出会わなかったら。
こうなってたのは、俺だったのかもしれない。
桐山が、ハルカに出会っていたら。
ハルカの横にいたのは、お前だったのかもしれない。
でも、結果はこうなった。
そこには、何かの意味が、あるはずなんだ。そう信じなきゃ、やってられないから。
「......けて」
声が、大きくなる。
桐山の意識が、怪物に抗っている。頑張れ、と、叫ぶ。
「たす......けて」
「ああ。待ってろ」
俺と桐山の声が、ひとつに重なった。
「どうすればいい?」
「......ガネーシャの眉間。そこに、俺がいる。ガネーシャがすり抜けられるのは、後から出来た身体だけだ。俺を貫け」
「わかった!」
突然、虚空に向かって会話し始めた俺を、皆が心配そうに見つめる。
ただ一人、ダンジョンマスターだけは、やや狼狽していた。
「まさか......意識が、戻った?」
俺は、空に浮かぶ彼の姿をようやく、見つけることができた。
あれほど恐怖と威圧感を与えてきたガネーシャも、桐山だと思えばちっとも怖くなかった。身体はボロボロで、自力では立っていられないくらいなのに、俺にはこの日一番の余裕があった。
「浦橋さん、ハルカ、シロ、ゴレム。聞いてくれ」
俺は、作戦を思いつくままに話す。
「でも、鯱に妨害されながらそんなこと......」
「大丈夫。もう、あの怪物は頭をひとつしか使えない」
桐山の脳味噌は、持ち主のもとへ帰ってきた。
もうガネーシャは、知性の欠片もない、ただのモンスターだ。
「やるぞ、皆!」
俺は叫ぶと、シロを抱えて、ゴレムと一緒に浦橋の力で空に飛び上がる。
「消し炭にしてやる!」
ダンジョンマスターが拳を振り上げ、龍の口から炎が吐き出される。
でも、炎の範囲なんて、たかが知れてる。
「浦橋さん!」
「......こんなこと、やったことないんですからね!」
浦橋が両手を合わせ直す。天井と引き合っていた俺が、今度は真横に引き寄せられる。炎が空を切る。
俺が壁に近づくと同時に、壁の方も俺に迫ってくる。俺はそれを蹴って、さらに跳ね上がる。
「なっ......!」
「ハルカ!」
「......死なないでね!」
ハルカが掌を俺に向ける。
壁を蹴った俺の真後ろで、爆発が起きる。爆風が俺を吹き飛ばす、その力が、推進力となる。
「くそ......! 燃やせ! 焼き尽くせ!」
闇雲に炎を吐いても、もう俺のスピードには付いてこれない。
壁を蹴り、爆風で吹き飛ばされる。何度も、何度も。
背中が焼けるように熱い。あまりに視界が急激に動くものだから、目も開けられない。
でも、大丈夫。この爆発は、ハルカが起こしているもの。そして俺を操っているのは、浦橋さんだ。
俺は目を閉じて、その時が来るまで、ただ身を委ねていればいい。
長い鼻が飛んでくる音が聞こえる。
それを、受け止める金属音。がしゃん、と、何かが破壊される音。
がう、と相棒が吠えた。
言葉なんていらない。投げろ、という、短い合図。
「馬鹿め! すり抜けられなくても、ガネーシャの防御力は最強!
老人のような口調の叫び声が聞こえる。
お前ならそうするだろうって、言われなくてもわかってるさ。
でも、これはゲームじゃないんだ。
圧倒的な推進力は、同じだけの衝撃に変換される。お前が何をどう設定しようと歪められない、物理法則。
自分の身体がふわりと浮くのを感じた。
全てが終わり、加速が減速に転じる。
俺は、うっすらと目を開ける。
シロがガネーシャの皮膚を貫き、桐山を咥えて、そのままの勢いで、反対側の壁に激突し。
浦原の能力であちこちが
「烏丸くん!」
ゆっくりと落下する俺の身体を、ハルカが受け止める。
背中に痛みが走る。腕も折れている。全身、ぼろぼろだ。
でも、生きている。
シロが気を失った桐山の身体を咥えたまま戻ってきた。壁にぶつかった衝撃で、彼の身体も傷だらけだし、骨も折れているかもしれない。でも、俺と同じで、確かに息をしていた。
「がっ......! そん、な......僕の、ダンジョンが。最強の、モンスターが......」
空から堕ち、口から血を吐きながら這う、神を名乗った少年。
彼の視界に、たくさんの革靴が映る。
「よお、兄ちゃん。連絡くれてありがとな。......あーあー、めちゃくちゃだよ。簡単に直せないから大事に使えって、言わなかったか?」
メカニックで、実は迷宮庁の一員だったおっさん。
それに、スーツを着た男たちが、少年を取り囲んでいた。
「お久しぶりです、主任」
「おお、浦橋。元気にやってるか?」
浦橋とおっさんが、表向きは親しげな挨拶を交わす。お互い、腹の中でどう思っているか、俺は知らないが。
「......触るな......僕は、神だぞ.......! まだ、お前たちを殺す方法なんて、いくらでも.......!」
呻く少年を、俺は掠れた声で遮る。
「いいや、それは嘘だ」
「嘘じゃ、ない.......!」
「なら、どうして俺たちを、わざわざこんな所まで誘導する必要があった? 桐山を人質に取ってまで」
「......それは」
「それに、何でお前は今、地べたを這いずり回ってるんだ。神なら、傷もつかないし、どこへだって逃げられるんじゃないのか」
少年は、事務所から歩いて立ち去った。
山の頂上まで、車で登った。
でも、戦闘中は、平然と空を飛んでいた。
そんなことをする理由は、ひとつしかない。
「......お前が本当に神かどうか、俺は知らない。でも、お前がやりたい放題できるのは、ダンジョンの中だけなんだ。ダンジョンの外では、お前は、普通のガキと何も変わらない」
迷宮庁には、確信が持てるまでは待機するという条件付きで連絡した。
そして、今、予想は確信に変わった。
少年は、目を見開いて、絶句した。
「......そういう訳だ。あんたからは、面白い話をたくさん聞かせてもらうぜ」
主任と呼ばれたおっさんは、少年を無理やり担ぎ上げると、窓にスモークが貼られた車の後部座席に乱暴に放り込んだ。
「ありがとな。まぁ、そのゴレムはまた直してやるよ。コアは無事みたいだし」
「......あんたたちと、組むつもりになった訳じゃないからな」
「わかってるよ。こんだけ貸しを作られちゃ、かなわない」
おっさんはおどけて両手を挙げると、その姿勢のまま後退りして、車に乗り込んだ。
車が発進すると、後には、山頂から望む鮮やかな青空だけが残された。
「さぁ、帰りましょうか」
浦橋が言う。
その言葉で、俺の緊張の糸がぷつりと切れた。瞼が重い。意識が途切れる。
「ちょっ、烏丸くん!?」
「ごめ......もう、無理」
全てを出し尽くした俺は、ハルカの腕の中で、ゆっくりと目を閉じた。
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