最終話 陰キャと美少女と物語の終わり あるいは、五人と一匹と一機とたくさんの旅の始まり



 それから丸二晩俺は寝込み、起きた頃にはすべては終わっていた。


「桐山くんには、とりあえずうちで事務の仕事をしてもらうことになったから。ちゃんと給料出すし、何かしてた方が気が紛れるでしょ」


 上谷さんはさらりと言ったが、経歴不詳の未成年を、大手とはいえ会社の規模自体は決して大きくないFOOLSで雇うのは簡単なことじゃない。改めて彼女の会社での発言権の強さを思い知る形となった。


 上谷さんの横には、俺と同じように包帯を全身に巻いた桐山の姿があった。俺たちは二人とも髪はぼさぼさで、終始おどおどしていて、けれど、表情は明るい。


「......ありがとう、ございました」

「うん。.......俺、よく考えたら、桐山のこと全然知らないや。だから、仕事の合間に、聞かせて欲しい。俺たち、多分気が合うと思う」

「俺も、何となく、そんな気がする。なんでだろ」


 俺と桐山は、そう言って笑い合った。

 二人とも疲れていたから、爽やかな笑みとはいかなかったけど、それでも、もう桐山は一人で死のうとなんてしないだろうな、と安心するにはそれで十分だった。





「私、だい・ふっ・かツ!」

「......なんか、キャラ変わった?」


 新しいボディに交換されたゴレムは、えへん、と威張るように腕を腰に当てた。


「それは俺のせいじゃないぞ。俺は、あるもので身体を造りなおしただけだからな。急ごしらえだから前より耐久力は低いが、頭の中はいじっちゃいない」


 おっさんが顔をしかめる。それにしても、彼があの場に現れた時は驚いた。

 浦橋が言うには、どうやらこのおっさん、迷宮庁の中ではかなり偉い人らしい。てっきり雇われただけの技術者かと思っていた。


「機械いじりは趣味なんだ。ま、たまに失敗してアレみたいになるんだが」

「その趣味、やめた方がいいですよ」


 この人が造り直したゴレムが、ガネーシャの鼻を身を挺して受け止めてくれたおかげで、桐山を救えたのは事実だ。

 俺はこの人を好きにはなれない。けれど、彼も彼で、彼なりのやり方で、誰かのために何かを成そうとしているのはわかる。


「......そういえば、どうなってるんですか? 例の件」

「ああ......」


 おっさんの歯切れが悪い。


 連日テレビを賑わしている、探索庁舎を破壊する形で突如現れた新たなダンジョン。

 これまで、既存の建物を壊してできたダンジョンなんてなかった。俺は、ダンジョンマスターが逃げ出したのだと、すぐにぴんときた。


「悪ぃな。俺らじゃ、どうにもならん」


 自分の失態を開き直ったように笑うおっさんを、俺は睨みつける。

 彼が結局、どんな力を持っていて、どんな存在かは、全くわからなかった。俺たちのことを、どのくらい恨んでいるのかも。


「また、来ますかね」

「そん時は、また頼むわ」

「......冗談も大概にしてくださいよ」


 すまんすまん、とおっさんは笑う。

 二度とあんな戦いはしたくないし、会いたくもない。でも、俺が望むと望まざるとに関わらず、あいつはまた、俺たちの大切なものを奪って、姿を現すかもしれない。

 

「......まだまだ、強くならなきゃいけない」


 俺はぼそりと呟いた。




 あんなことがあった後でも、平日であれば学校には行かなければならない。


「......あ」


 既に俺の正体はクラス中に知れ渡ってはいたのだが、この日はまたひとつ、俺を見る目が変わったような気がした。

 俺の身体にまだ傷跡が残っていたからかもしれないし、臨時ニュースにもなったあの配信を観たせいかもしれない。とにかく、居心地が悪い。


 昼休み、遠巻きに見つめる視線に耐えながら弁当を食べていると、ふととある光景が目に留まる。

 誰かの席を占有して、仲間内で騒いでいる連中と、何か言いたげにそれを見ている、冴えない男子。


 俺は苦笑して、席を立って彼のほうへ近づいていった。

 それだけで、さっきまで騒いでいた人たちがごくりと息を呑んで押し黙る。といっても、別に彼らを取って食えるわけでも、説教できるわけでもないんだけど。


「......君、よかったらこっち来なよ」


 小声で声をかける。

 俺にできることは、これだけ。





「それで、これからどうするの。三段飛ばしで神様を倒しちゃったわけだけど」


 日常に戻った事務所で、上谷は俺とハルカに訊ねる。

 二人は顔を見合わせて、首を傾げた。


「どうするって......」

「普通に、配信しますけど」


 上谷は、呆れたように肩をすくめた。


「あんだけのことがあって、まだダンジョンに潜る気かい」


 そうは言っても、ガネーシャとの戦いは、むしろダンジョン探索の範疇を越えた戦いだった。というか、巨神も、八王子の機械も、全部そうだ。


「目標ならありますし。登録者数、400万っていう」

「そっか、もう350万人突破したんだっけ。いや、うちでも一番の稼ぎ頭だよ、あんたらは。おかげでFOOLSの今後も安泰、安泰」


 崇めるようなポーズをする上谷に、俺たちは苦笑する。

 ダンジョンは日本中、いや世界中に、まだ無数にある。それに、ダンジョンマスターは、今後も新しいダンジョンを造り続けるだろう。これから造られるダンジョンには、俺たちへの挑戦という意味も込められるかもしれない。


 それに、視聴者はまだまだ、俺とハルカ、それに相棒の戦いと会話を見たいみたいだしな。


「......でも、ダンジョン配信以外にも、やりたいことがあって」

「ほう、珍しいね」


 俺には、ハルカの言いたいことが手に取るようにわかった。

 俺たちは再び顔を見合わせると、すうっと息を吸って、同時に口に出した。



『《ランガン》新作の、同時視聴!』






「ただいま」


 両親に一声かけて、自室に入る。ばう、と一声で出迎えてくれる、俺の相棒。


「よう、シロ。ちゃんと母さんに飯もらったか?」


 シロはもう一度、小さく吠える。

 そうか、と俺は相棒の柔らかい肌を撫でた。


 思えば、シロに出会えたのが全ての始まりだった。

 もし、シロに会えず、探索者の道を諦めていたら。今も俺は、一人ぼっちの気の弱い高校生だ。


 シロに会えたおかげで、ハルカを助けられた。


 上谷と出会って、配信の楽しさを知った。たくさんの視聴者とも出会えた。


 最悪な第一印象だった浦橋も、今では大切な仲間になった。


 地下深くで自分を見失っていたゴレムを、地上に連れてくることができた。


 そして、桐山を救えた。


 全ては、巡り合わせ。

 そしてその始まりから終わりまで、ずっと、シロは俺のそばにいた。



「......ありがとな」



 そして、これからもよろしく、相棒。

 シロは目を細めて寝転び、ふわ、と欠伸をした。





 完

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