第21話 陰キャと美少女と神の来訪


「......ふーん。そんなことがねぇ」


 FOOLS事務所で、俺たちは上谷に、先日の出来事を報告していた。

 会議室に入る時、社員さんの俺たちを見る目がまた一段と変わったような気がする。あまり特別扱いはしないで欲しいのだが。


「迷宮庁には、こっちからも抗議しておくけど......それより、もう一つの方が気になってるって顔ね」

「......まぁ、流石に」


 上谷はタブレットを操作し、インターネット上のいわゆる「まとめサイト」を表示する。趣味のいいまとめ方とは言えなかったが、何となく避けてきた、あの日4x2に起きていたこと、そして残ったメンバーのその後が簡単に紹介されている。


「推測とかを抜きにして事実だけを話すと、あの日、桐山と呼ばれるカメラマンは、モンスターに襲われて死んだことになってる。その後、スマホで配信を再開しただいきが、同じくモンスターに襲われて、もう一度配信が途切れる。その後、彼が死ぬまでの様子を、何者かがカメラで撮っている映像が配信される。こういう順番」

「桐山くんの話と合わせて考えると......どうなるんだ?」


 あの時、彼はワーム・ガンという武器を持っていた。モンスターに襲われた桐山は、自力でそれを撃退し、ダンジョンに戻る途中でだいきの死の現場を発見。日頃の恨みからカメラを回した、というところか。


「ワーム・ガンの存在を、敢えてだいきには教えなかった、みたいなことを言ってた。そのせいで、だいきはアラクドネを撃退できなかった」


 彼の取った行動は、結果的に一人の人間を死に至らしめた。けれど、彼が本当にだいきを殺そうと考えていたのなら、もっと確実な方法がいくらでもあったはずだ。

 彼の行動は、抑圧への防御反応と、突発的なもので構成されているような気がした。だから非がない、という訳ではないが、全く理解できない異常者という訳でもない。


「......事実がそうならば、自首したって罪には問えないでしょうね。おそらく」


 浦橋が独り言のように呟く。

 それは救いのようでいて、残酷なことでもある。自責の念に苦しむ彼には、罪を償う機会がないということだからだ。


「真奈は......どうしてるんですか」


 しばらく逡巡した後、ハルカは上谷に尋ねた。上谷はまたタブレットを操作し、首を振る。


「あの日以来、表には出てきてない。家は八王子の方にあるらしいけど......」

「八王子って、桐山くんがいたのも」

「だいきと桐山は、何だか主従関係、みたいな感じだったけど。真奈の方は、ちょっと違った気がする。もともと関係があったのかも」


 色々と情報は出てくるが、結局第三者があれこれ探ったところで、解決に近づける気はしない。

 もう一度桐山と会って話さないことには、この問題が先に進むことはなさそうだった。


「......まぁ、そっちの方も調べておく。あんたたちも、色んなところに首突っ込んで大変ね」

「すみません。どうしても、放っておけなくて」


 ふう、と上谷は鼻から息を吐く。


「難儀なもんよね。人間、一人じゃ生きていけない。でも世の中には、人と関わるのが得意じゃない人もいる。......逆に、悪い方向に得意すぎる人もいる。いくら最強って言っても、あんまり関わるとろくなことにならないかもよ。一番怖いのはモンスターじゃなくて、人間なんだから」


 上谷の言うことも一理ある。

 でも、俺は今でも変わらず、桐山の中のどこかに、かつての自分を見ていた。


 俺は今、頼れる仲間たちと出会って、視聴者たちと出会って、大変なこともあるけれど、最高に充実した日々を過ごしている。

 だからこそ、桐山の姿にどうしても、憐憫とはまた違う、鬱屈とした感情を抱いてしまうのだ。



「何の話をしているのかな?」



 突然、涼やかな声が会議室に響いた。

 俺たちは驚いて腰を浮かす。音もなく会議室の扉が開き、小さな少年が入って来ていた。子供用の着物を着ていて、なぜか足には下駄を履いている。束ねて結われた長い髪から、変な香りがした。両手には、手提げ袋が一つずつ。


「......あなた、誰? ここは部外者立ち入り禁止だけど」

「うん......あなたに用はない」


 少年は上谷を一蹴すると、俺の前まで来て、下から覗き込むように顔を眺めまわす。


「初めまして、かな。烏丸真一くん」

「.......?」

「これ、つまらないものだけど。旅行が趣味でね、あちこちでお土産を買うんだけど、渡す相手がいないんだ」


 少年は俺の手に、強引に袋を握らせた。ずっしりとした重みに、肩を外しそうになる。


「名を名乗りなさい」


 上谷は毅然とした態度で言った。少年は面倒臭そうにそちらを一瞥すると、やれやれ、と大げさに肩をすくめる。


「世間一般的には、『ゾディアック』って名前で通ってる。でも、君たちにはその名前で憶えてほしくはないんだ」


 そう言うと、少年は腕を大きく広げた。


「僕は、『ダンジョンマスター』。わかりやすく言えば、神だ」


 まだ10歳くらいに見える子供の口から放たれた突拍子もない単語に、俺たちは唖然とするしかなかった。

 ただ、「ゾディアック」という名前には聞き覚えがあった。

 姿を隠した、最強のダンジョン配信者。通信環境が整って、ダンジョン配信が可能になった黎明期から、最高難度のダンジョンを易々と攻略する様子をアップし続ける謎の探索者。俺も動画を何本も観たが、正直参考にならないくらい異次元の動きをしていた。


 とはいえ、こんな子供が「ゾディアック」な訳がない。

 不思議な雰囲気をまとう少年ではあるが、俺たちのことをからかっているだけだろう。俺たちがそう判断しそうになった時、彼の言葉から名前が飛び出した。


「桐山きゅう

「......!?」

「僕が、預かっている。僕に勝ったら、君にあげるよ」

「どこから、その名前」


 だから、僕は神なんだ、と少年は可笑しそうに笑う。


「そろそろ本題に入らせてもらっていい? 端的に言うとさ。......その白無垢フェンリル、そろそろ返して欲しいんだよね」


 少年は、俺のポケットを指さして言った。




 桐山は、八王子のとあるマンションにいた。オートロックだけれど、その気になれば簡単に中に入ることはできる。子供の頃はそうやってよく突然遊びに行ったものだった。


「とにかく行って、どうするかはそれから決めるといい」


 神様みたいな少年に渡されたのは、鍵とナイフ。

 それぞれ片手に握りしめて、階段を駆け上がる。じっと待つのが嫌で、いつも三階の部屋までエレベーターは使わなかった。


 ちょっとあがった息を整えてから、部屋番号を順番に指さす。

 301、302.303......。あった、306号室。

 両親は仕事でいつも家を空けていて、彼女はこの部屋でいつも独りぼっちだった。でもある時を境に、この部屋はけたたましい笑い声と、嬌声でいっぱいになった。


 ドアに顔をくっつけて耳を澄ます。今は、再び静寂が部屋を支配していた。

 手に持った鍵を握り直すとき、じゃら、と音が鳴った。彼女も気づいただろうか。


 桐山は鍵を開け、扉をゆっくりと開く。

 その扉には、「山田」という表札が掛けられていた。

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