第20話 陰キャと美少女と闇の胎動


「......君は」


 声をかけても、桐山は顔を覆ったまま微動だにしない。

 伸ばしかけた手を戻して、浦橋にカメラを止めるよう言う。


「配信は切った。ここは危ないから、一緒に戻ろう」


 桐山は指の間から、眼をぎょろりと出した。

 俺たちひとりひとりに、順番に視線を向ける。


「どうして、こんなところに?」


 ハルカが尋ねると、彼は一度目を閉じて、何かを考える。

 そして、そのまま俯いて、吐き捨てるように言った。


「......放っておいてくれないか」


 そういう訳にはいかないよ、とハルカは彼の手を取った。その手を、桐山は払いのける。


「俺は......ここに死にに来たんだ。だから、もう構わないでくれ」

「死にに来たって......」


 戸惑うハルカ。彼女は、浅草でダンジョンを出た後の桐山に会っていない。だから、いきなりこんなことを言われても理解できないだろう。浦橋に至ってはそもそも桐山のことを知らないので、常軌を逸した彼の雰囲気を訝しむばかりだ。


 俺は一歩前に歩み出ると、彼に尋ねた。


「......それは、だいき、さんの事で?」


 桐山は何で知っているんだ、という顔をする。あの日、独り言か告白かわからないような言葉をうわ言のように呟いていた彼は、やはり傍にいた俺の存在には気づいていなかったらしい。


「そうか、お前まで......。やっぱり、逃げきれない。何をしても......」


 桐山の焦点が、あの日のように俺たちから遠ざかり始める。俺は慌てて、彼の意識を俺たちの方に戻すために、質問を重ねた。


「教えてくれないか。あの日、何があったんだ?」


 揺れていた桐山の眼が、俺の方を見てぴたりと止まった。

 彼は髪が抜けるくらい強く頭を掻きむしりながら、聞き取れるかどうか、という声でぼそぼそと喋る。


「......最初は、やってやった、って思ってたんだ。ようやく解放される、とうとう復讐してやった、って」


 彼の言葉は、俺の質問への回答としてはズレていた。でも俺は、口を挟まずに彼の言葉の続きを待つ。


「でも、そんなの一瞬だけだった。どんどん、どんどん、怖くなってきて。布団の中にいても、あいつの断末魔が聞こえてくる。夢にまで、あいつの姿が出てくる。起きているときはずっと、何かに追いかけ回されているような気がする。罪を償え、死んで詫びろって、取り立てるみたいな声が、頭の中でずっと響いてて、俺、もう」


 喋りながら、声がどんどん大きくなっていく。その間、頭をずっと掻きむしっていて、爪の間に黒い血の塊が入り込んでいる。

 また焦点がずれてきているような気がして、俺は質問を重ねた。


「でも、酷い目に遭わされてたんだろ?」

「そういう問題じゃない! 問題なのは、俺がもう、逃げられないってことだ。お前まで、俺のしたことを知ってる。俺を責める。もう、限界なんだよ......!」


 桐山は髪をさらに数本引きちぎると、俺たちを押しのけて走っていく。

 追いかけようとするのを、浦橋が止めた。


「何で......!」

「ここから出口まで、一本道です。道中のモンスターもあらかた我々が倒しました。下手に追いかけて、脇道に入ってしまう方が危険です」

「......確かに、そうですけど」

「ダンジョン内は、言ってみれば異界です。時として色々なことが起こり、それで精神を病んでしまう人も少なくない。事情は存じませんが、お知り合いで彼を助けたいと思うなら、時間をかけて根気強く向き合うことをお勧めします」


 浦橋の言葉に、俺は落ち着きを取り戻して、頷く。


「配信は、どうしますか」

「再開しましょう。突然配信が切れて、皆心配してるだろうし」


 俺たちは、要救助者を出口まで送り届けてきた、という体で配信を再開した。

 胸に引っかかるものはあったが、確かに、俺たちに今すぐどうにかできる問題ではないのかもしれない。俺たちが今やらなければならないのは、目の前のダンジョンの攻略、そして、異音の正体を突き止めることだ。

 集中しなければ、大切なものを失いかねない。俺はもう一度、気を引き締め直した。




 ゴレムとシロ、ハルカの連携で、最深部まではスムーズに辿り着けた。いつの間にか俺たちは、高難度ダンジョンだろうと危なげなく攻略できるまでになっている。油断は禁物だが、また一つ、自信になる経験が増えた。


 もっともそれは、目の前の扉を開け、無事に生き残った後の話だ。

 俺はゆっくりと、ダンジョンの最深部に続く扉を開けた。


「こいつは......!」


 佇んでいたのは、ゴレムとは違う種類の、機械の姿だった。

 3mほどの円柱形の胴体に、伸び縮みする機械の腕がついている。眼に当たる部分はなく、生物感がないというか、不気味な印象を受けた。既存のどのモンスターとも、やはり特徴が一致しない。


 ガガガガガガ、という、何かを読み込むような音が響く。これが異音の正体か。


「やるぞ、皆!」


 機械は俺たちに反応して。腕を伸ばしてくる。アレに絡め取られたら、一巻の終わりだ。

 ハルカが腕に爆発を当てるが、効いている様子はない。俺たちは慌てて避ける。


「......なっ!?」


 腕がしなり、俺たちを追尾してきた。ゴレムとは違い、いくつもの関節で自在に曲げられるようになっているらしい。


「避けられないっ!」


 目を瞑るが、衝撃は来ない。ゴレムが向かってくる腕をがっしりと掴み、引き離そうとする機械と綱引きをしていた。


「ナイス!」

「力仕事はお任せヲ」


 今のうちに、とシロに合図し、シロの爪が機械のボディに刺さる。

 外装を破壊することには成功したが、内部まで届く前にもう一方の腕がシロを叩き飛ばした。


「大丈夫か!?」


 がう、とシロが壁際で吠える。

 一方、ゴレムと円柱形の機械の綱引きはまだ続いている。


「ぐぐぐぐぐグ......。馬力が足りなイ!」


 腕が勢いよく収縮し、反動でゴレムの重たい身体が弾き飛ばされる。

 単純なパワーでは、あの機械の方にやはり分があるか。


「どうする!?」

「......あいつもモンスターなら、ゴレムと同じようにコアがあるはずだ。それを見つけよう」


 俺は目を凝らす。だが、この機械を作った者も、そう易々と見つけられる場所にコアを隠してはいないはずだ。

 デカい円柱形の機械の、一番見つけづらいところ。それは、どこか。


「......上だ!」


 下から見上げた時、円柱のてっぺんは見上げても見えない。そして気づいても、高さがあるから届かない。

 だからこそ逆に、コアを隠すとしたらそこしかなかった。


「ゴレム、立てる?」

「これしきで動かなくなる私ではありませン」

「シロは?」

「ばう!」


 よおし、と俺は叫び、こちらに戻ってきたシロを持ち上げる。


「ゴレム、一本頼んだ!」


 二本の腕が、俺たちに襲いかかる。うち右腕一本、ゴレムが掴んで離さない。

 問題は、もう一本。ハルカの爆発では気すら引けない、なら。


「俺が引き受けきゃな!」


 俺は追ってくる腕を左右に躱し、壁を蹴って飛び上がる。

 まだ俺の指に、シロから貰った指輪は嵌まっている。あれから練習を重ね、ようやくこの身体の軽さを活かせるようになってきた。


 上空から見下ろす機械の頭頂には、やはり不自然な切れ込みが入っている。


「あそこだ、シロ!」


 俺はシロをぶん投げる。直後、空中で逃げ場のない俺の身体を、左腕がとらえる。

 俺の身体が握り潰されるのが先か、シロの爪がコアを破壊するのが先か。


「......そんな無茶な賭け、しないでくださいよ」


 直後、俺の身体が斜め下に引っ張られた。俺を捕まえようとした腕が空を切る。

 それと同時に、シロの爪がコアに届き、機械は糸が切れたように機能を停止した。


「私のこと、忘れてたでしょ」


 浦橋に抱き留められる。傍らには、カメラを持ったハルカが心配そうにこちらを見ていた。


「......完全に」

「私の食い扶持でもあるんですから。あんまり危ない橋は渡らないでください」


 彼はため息をつくと、ぴくりとも動かなくなった機械の残骸をぽんぽんと叩いて、もう一度、今度は深くため息をつく。


「で、どうします、これ。私から言っておきましょうか」

「......いえ。自分の口で、ちゃんと言います」


 俺はこの後のことを思い、気が滅入る思いでカメラの前に立った。




 俺は、あのメカニックのおっさんの工房に、再び足を運んでいた。


「おう、兄ちゃん。どうだ、何かいいもん見つかったか?」


 おっさんはにこやかな笑みで手を挙げる。その笑みが偽物であることを知っている俺は、冷ややかな目線を浴びせた。


「......こういうの、今後はやめてもらっていいですか」

「ん?」


 おっさんは惚けるように首を傾げた。本気で言い逃れるつもりというより、面白がっているのだろう。


「八王子の機械は、明らかにゴレムと設計思想が違いました。意思もなく、外装も脆く、対人間を想定して、分かりづらい所にコアなんか隠して。それに、使われている部品が明らかに新しかった。.......あれ、迷宮庁そちらの作品ですよね」


 おっさんは一瞬目を見開き、それからにんまりと笑った。


「......いやあ、助かったよ。何年か前に大金かけて造ったはいいものの、何を間違えたか暴走しちまった。大々的に討伐部隊を編成する訳にもいかないから、困ってたんだ」

「俺たちを騙して、そちらの厄介事を押し付ける。迷宮庁ってのは、そういう組織なんですか」

「固いこと言うなよ。凄い力持ってんだったら、ちょっとくらい社会貢献してくれたっていいじゃねぇか」


 ぬけぬけと笑うおっさんに怒りを覚えるが、ここで怒鳴っても彼は気にも留めないだろう。俺たちの側で、より警戒を強めるしかない。

 俺がここまで来たのは、釘を刺すためと、もう一つ理由があった。


「ゴレムのこと。嘘、ついてないでしょうね」


 おっさんの顔からすっと笑みが消え、職人の顔に戻る。


「......整備はちゃんとやった。余計なモンも足してない。正直言うと盗聴器くらい付けようかとも思ったんだが、機構が複雑すぎて取り付けただけで壊れちまいそうだった。......俺のポンコツとは大違いだよ、あいつは」

「『博士』のことも?」

「本当に、何も知らない。俺より上の奴なら、もしかしたら、ってとこだが......。俺の直感では、国とか政治とか、そういうのとは縁がなさそうだ。捜すのは諦めた方がいい」


 どの口でそんなことを言うのか、と言いたくなるのを飲み込んで、俺は工房を出た。

 迷宮庁。これから先、俺は一生、この不気味な組織と付き合っていかなければならないようだ。




 ダンジョンを抜け、走り続けて、気が付けば駅のホームのベンチに座っていた。

 家は八王子にあるというのに、どこに向かうというのだろう。桐山は、電車を何本も見送りながら、何時間もずっとそこに座っていた。


「......どうしたの? ひどい顔してるけど」


 陽が落ちた頃、隣に少年が座ってきた。びくり、と尻が浮く。


「何かあったなら、話聞くよ」

「......お前、誰だよ」


 ふふふ、と少年は楽しそうに笑う。



「僕は『ゾディアック』。大丈夫、君の味方だよ」

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