第19話 陰キャと美少女と運命の再会


「こんはるか~! 遠野遥と」

「四季本......じゃなかった、烏丸真一です......」


 <こんはるか~!>

 <カップルチャンネル開設おめ>

 <急にアカウント消すからびっくりしたぞ>


「びっくりさせちゃってごめんね。色々あって......。二人で一緒に、やり直そうってことになって」


 コメント欄には応援の文章がたくさん並び、俺は内心でほっとする。罵声で埋め尽くされたらどうしようかと思った。


 本名で活動することにしたのは、先の配信内で本名を呼ばれてしまったこと、身内やクラスメイトにはもう正体がバレてしまっていること、迷宮庁に追われる心配はもうないこと......つまり、隠す必要がなくなったというのが一つ。

 もう一つは、これまでの配信を通して、二人ともが、自分の中で何かが変わったのを感じたからだ。端的に言えば、自信がついた、というか。その一言では説明しきれないような前向きな変化が、俺たちの中で起きていた。デートの時、興奮したファンをなだめたり、とか。


「この前のMVP、シロもちゃんとここにいます」


 ばう、とシロが吠える。新しいチャンネル名を決める時に、シロの名前は自然と俺とハルカの名の横に並んだ。というか、今まで並んでいなかったのが不思議なくらい、シロは俺たち二人にとって、大切な仲間となっていた。


「それから、新しい仲間を紹介しなきゃな」


 俺は、カプセルを投げる。

 現れたのは、高さ150cmくらいの、紅い単眼の金属製の機械。


 <その子って、もしかして......>


「はイ。この前は、ご迷惑をおかけしましタ」


 <喋った!!>

 <あんだけデカかったのが、可愛くなって>


 視聴者の驚きが伝わってくる。俺だって、最初に見た時は、あまりのギャップに面食らったものだ。

 とにかく、姿は大きく変わったが、こいつ――俺たちは、ゴレムと呼ぶことにした――は、あの巨神ゴーレム、そのものだ。




 前回の一件の報酬として俺が迷宮庁に要求したのが、巨神の改造だった。

 約束を交わして、捕獲したはいいものの、あの巨体ではどんなダンジョンにだって連れていけないし、いくら何でもあの腕と脚は精神的にきつい。


「大変だったんだぜ? わざわざ山ん中に、こんなにでっけぇガレージ作ってよ」


 迷宮庁が手配した小太りのメカニックのおっさんは、腕を大きく広げて言った。


「とりあえず、後からこいつ自身が弄ったであろう余計なモンを全部取っ払って、設計者の意向に忠実に、かつコンパクトに繋ぎ直しといた。部品とか、昔よりだいぶ小さくなってるからな」

「......ありがとうございます」

「気軽にメンテとかできねぇから、大事に扱えよ? ホントは違法なんだから」


 そう言いながら、おっさんはどこか誇らしげな様子だ。

 背面にあったモニターは胴体の前面に移動され、最新式の液晶に変更されている。映像がクリアに映るだけでなく、タッチパネル操作で外部との通信も可能になっている。


「ただ、あんまりノイズまみれだったからスピーカーを弄った時に、ちょっと不具合が起きてな......。そんなに影響はないんだが。ほら、何か喋ってみろ」

「こんにちハ、烏丸さン」

「......って具合に、ちょっと語尾がおかしくなっちまった。何しろどういう仕組みかさっぱり分からんからな、勘弁してくれや」


 意思疎通に支障はなさそうだった。というか、何十年も前に、本来喋れないモンスターを喋らせるなんてことをやってのけた「博士」という人の凄さがよくわかる。


「妨害電波、なぁ......。昔、いろいろ研究されてたのは知ってる。でも、結局最後まで完璧なものはできなかった。モンスターによっては、むしろ怒らせたり、凶暴化させたりする始末でな。今では消えた技術だ」


 改造中、おっさんは色々な文献をあたったが、結局「博士」なる人物が誰だったのか、突き止めることができなかった。

 ただ、その過程で気になる情報を得たという。


「八王子の方にな、恵比寿と同じように、地下から変な音がするダンジョンがあるんだと。もしかしたら、博士とやらは他にも、そいつみたいな奴を作ってたのかもしれん」





「......というわけで、俺たちは今、八王子に来ています。例のごとく危険なので、来ない方がいいですよ」


 八王子のダンジョンは、いわゆる高難度に分類されるダンジョンである。今のところ異変は確認されていないが、最深部にゴレムのような奴がいるならば、恵比寿と同じく、何が起きてもおかしくない死地であることに変わりはない。


 <また、危険な所に行ってるの?>

 <命張りすぎでは?>

 <無理しなくても、俺たちは物足りないとか思わないぞ>


「皆さん、心配ありがとう。でも、ゴレムを造った博士について、何か手掛かりがあるなら知りたいし......。それに、あの時と違って、今回はヤバそうだったら逃げるつもり。見たところ、差し迫った脅威はなさそうだしね」


 ついでに、もう一つ。


「烏丸さン、危なイ!」


 機械音声とともにゴレムが俺の前に立ち、虚空を殴りつけた。その場所から、ぬうっと縞模様の怪獣みたいなモンスターが現れ、そのまま倒れる。

 妨害電波に加え、探索者を救助・サポートするというコンセプトで、多種多様なセンサーを有するゴレムは、このサイズになってもとても頼もしい存在だ。


 シロでも傷つけられないボディのからくりは、自然界(ダンジョンを自然に含めれば)には存在しない、魔力障壁と超硬度合金の組み合わせらしい。発想自体、近年になってようやく提唱され始めた概念らしく、法的懸念もあり実用例はおそらくゴレムが唯一だろうとのことだ。


「ガメレオン......! このダンジョンにも生息していたのか。やっぱり迷宮庁の情報は当てにならねぇな」


 立地の問題で、都心から離れた高難度ダンジョンの情報量は少なくなりがちだ。東北や北海道、沖縄や離島にもダンジョンは存在するが、その辺りになると公的な情報は皆無に近く、そんなダンジョンには誰も潜りたがらないから、さらに情報が集まらない、という悪循環が起きているとも聞く。


「いや、面目ないです。ガメレオンは透明化能力があるんで、パッと見じゃ分からないんですよ」


 カメラの方から、あんまり申し訳なさそうに思っていない声がした。


「......で、何で私がカメラを持っているんでしょうかね」


 浦橋はカメラ片手に、不満そうな表情を浮かべている。

 俺たちのチャンネルのカメラマンは、彼に一任することになっていた。上谷さんが、


「今回のことで、よく分かったわ。私が置いてけ、見捨てろって言ったって、あなたたちは私を置いていけないのよね」


 と言って、カメラマンを引退してしまったからだ。

 俺たちも出来ることなら上谷さんに撮ってもらいたいけれど、再出発後の初配信がこのような高難度かつ不穏なダンジョンである以上、彼女が全面的に正しい。


「そうだとしても、なぜ私なんです。私、カメラ持ってたらスキル使えないんですが」

「いいじゃないですか。迷宮庁を辞めて無職だったんでしょう? 何かあったら、カメラなんて投げ捨てていいですから」

「......そもそも遥さん、上谷さん以外の人の前だと、緊張して上手く喋れないんじゃないでしたっけ」

「それは......ねぇ」


 俺とハルカは互いに顔を見合わせる。

 何ですか、と浦橋は眉をひそめた。


「めちゃくちゃ怖い人の土下座見ちゃうと、逆に全然怖くなくなるっていうか......」

「一番情けないところだもんな」


 <土下座!?>

 <その話、詳しく>

 <カメラマンさん、何やらかしたん?>


 浦橋は頭を抱えて天を仰いだ。


「......わかりましたから、もうその話は勘弁してください」


 文句は言いながらも、浦橋はなんだか以前より生き生きしているように見えた。先の件で迷宮庁のあり方に疑問を感じ、後のことを何も考えずに辞表を提出してきてしまった彼を、上谷さんが強権を行使してFOOLSで雇ったらしい。比良鐘ハルカと四季本ヌシを発掘した功績で、上谷さんのFOOLS内での立場は既に社長以上とか、なんとか。


「おや?」


 話題を逸らすように浦橋が指さすものだから、俺は苦笑する。いや本当に、と浦橋が露骨に嫌な顔をした。


 半信半疑で彼の指す方を見ると、通路の真ん中に、一人の青年が立っていた。

 こんな所に、若い探索者が一人きり。不審に思い、近づく。


「.......あ」


 向こうもこちらに気づいたようで、きょろきょろと逃げ道を探し、やがて観念したように顔を両手で覆い隠す。

 しかしその前に、俺は彼の顔を、しっかりと見ていた。


「あの時の......」


 浅草のダンジョンで、4x2の二人と一緒にいた、カメラマンの青年。

 ダンジョン内で何が起きたのか、詳しいことは俺には分らない。でも、全て終わった後、道の端で何かをうわ言のように呟いていた姿は、今でも脳裏に焼き付いていた。



 名前は、そう、桐山といった。

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