※幕間・おまけ 帰り道と再出発


 夢のような、甘い時間ののち。


「......そういえば」


 俺とハルカは、同時に同じ方向を向く。

 その先には、今世紀最大のしたり顔をした上谷のピースサイン。そして、ばっちり向けられたカメラ。


『あ~~~っ!!』


 二人は同時に、絶叫した。紅潮していた顔が一瞬で青ざめる。


「そりゃ、撮るわよ。言われた通り、最後まで」

「それは、屁理屈ですよ! あぁ、終わった......」


 愕然としながらスマホを見る。


 <おめでとーーー!!>

 <俺の初恋、破れる......もう見ない......>

 <ヌシ、ちゃんと幸せにしてやれよw>


 祝福する者、絶望する者、茶化す者。コメント欄は大荒れ、視聴者数は爆増、高評価と低評価の数字がみるみるうちに桁を増やしていく。

 もう、今までのような穏やかな配信は望めまい。俺は天を仰ぐ。


「じゃあ、私はあの馬鹿浦橋に、状況を報告するから。あとは若い者同士で......」

「ちょっと、逃がしませんよ!」


 俺たちの追及をかわそうと、上谷は電話をかける。

 数回のコールの後、電話口から、浦橋の笑いを堪えた声が聞こえてきた。


「ええ、上から連絡があって、だいたいの状況は把握しています。......お二方、どうもおめでとうございます」

「あっ.......あんたまで~~~っ!」


 <カップルチャンネル開設待ってるぞ~>

 <結婚式も中継してくれるんだよね?>

 <リア充爆発しろ~!>


 シロが眠たそうに、大きく伸びをした。




 迷宮庁から来た迎えの人間にまで変な目を向けられながら、俺たちはダンジョンを後にした。

 浦橋が車から降りてきて、約束通り俺たちを出迎える。


「皆様、お疲れ様でした。お元気そうで何よりです」

「......それ、皮肉で言ってます?」

「いえいえ、そんな......ふふっ、そんなことは......ふふふ」

「皮肉で言ってますよね!?」


 浦橋は目を細めて、屈託なく笑っている。


「ふふふふふふふっ。いえ、笑っては.......」

「それで、笑い方が変!」


 ひとしきり笑い合った後、浦橋は笑顔のまま、何でもないことかのように聞いた。


「......そういえば。途中で、天然パーマの大きな人を見ませんでしたか? 炎を操る探索者なんですが」


 俺たちの表情が、曇る。


「いや、見てないです。......でも、巨神の胴体に、焦げ跡があって。それで俺、あいつの弱点を見つけることができたんです。だから、たぶん」

「......あの肉塊の腕か脚の一部、ですか」


 俺はしばらく言い淀んで、意を決して、浦橋に言う。


「すみません。俺、その人の仇を......」

「いいと思いますよ」


 浦橋は、少し寂しそうな、でも、どこか憑き物が落ちたかのような顔で笑った。


「あなたには、その権利がある。きっとスキルって、そういうものなんです。とにかく、皆様が無事で、本当によかった」


 彼は、雲の上にいる神様でも見るかのように、空を見上げた。





「うーん。いざ消すとなると、勿体ない気がしちゃう」

「俺も......あの後さらに登録者数増えて、200万だぜ」


 事務所の机の前で、俺とハルカはそれぞれのスマホの画面を凝視していた。


「別に、無理して消さなくてもいいって」


 上谷は呆れたように俺たちの様子を眺めながら言った。


 あんな姿を配信で見せてしまったら、俺もハルカも、今まで通り配信をすることはできない。

 だから、再出発のために、いったんリセットしよう。二人でよく話し合って、決めたことだった。


「よし。心の準備できた」

「俺も。せーの、でいこう」


【比良鐘ハルカch. 登録者数 184万人】


【四季本ヌシ 登録者数 211万人】


『せーのっ!』


 俺たちは掛け声に合わせて、チャンネル削除のボタンをタッチした。


「......ふう」


 あーあ、ほんとに消しちゃった、と上谷が肩を落とす。

 今まで応援してくれていた視聴者のことを思うと、ちくりと胸が痛む。


 でも、配信をやめるわけじゃない。

 俺たちはスマホを操作して、新しい門出の舞台であるチャンネルを開く。



【烏丸&遥&シロちゃんねる 登録者数 0人】



 ここからまた、始めよう。

 俺とハルカの、新しい物語を。

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