第18話 陰キャと美少女と初めてのデート


「あー、どうするか......」


 俺は鏡の前で、何着も服を手に取って自問自答していた。

「今週の土曜、どこか遊びに行かない?」そんなメッセージを、二十分は部屋の中をぐるぐる歩き回った後に送ったのが火曜の夜。OK、という、この前作ったばかりのシロのLINEスタンプが帰ってきたのがそれから数秒後。

 そして、現在、金曜の午後九時。明日着ていく服が、決まらない。


「なんで俺、ろくな服持ってないんだよ......」


 季節は秋から冬に差し掛かろうというところ。長袖の黒のTシャツを当てて、違う、と首を振る。

 今度は「ランガン」の公式グッズのTシャツを着て、絶対違う、と首を何度も振る。

 フード付きのグレーのパーカーを着てみて、これかな、と思ったら、隣でシロが首を振った。


「なんだよ、お前。これじゃないって?」


 わん、と相棒が小さく吠える。


 巨神ゴーレムとの戦いで、両親には全部バレてしまった。俺が配信者をやっていることも、命懸けの戦場へ出かけていたことも、恋人ができたことも。

 両親に黙って死にかけたことを、ひどく叱られた。叱られて、泣かれて、それから、とても褒められた。そして、近所迷惑になるくらい吠えなければ、シロを自室で出してもいいことになった。


「じゃあ、相棒はどれがいいと思うんだよ?」


 俺が訊くと、相棒は首を傾げるばかり。言ってみただけで、特に対案はないらしい。

 ため息をつくと、もう一度クローゼットを一瞥して、結局自分を信じてパーカーを枕元に置いて眠る。


「......服、買いにいこっか」


 翌朝、予定の十分前に待ち合わせ場所に着いた俺を見るなり、ハルカは苦笑いした。

 どうやら、相棒の言うことは正しかったみたいだ。





「うん、いい感じ」


 値段が普段買っているものの三倍くらいする服をハルカに上下一式見繕ってもらい店の鏡を見ると、確かにちょっと見栄えが良くなったような気がする。

 ジャケット、ニット、スラックス。俺なら、全部手に取らない......。


「なんか、ごめん」

「ううん、こういうのは任せて」


 自信ありげに力こぶを作るハルカは、薄いベージュのカーディガンにグレーのイージーパンツ。制服姿も可愛いけれど、私服のセンスもお洒落で、横を歩かれると嬉しいような、気恥ずかしいような。


「それで、これからどこ行く?」

「ええと......」


 そうなのだ。意を決して誘ってみたはいいものの、デートなんてしたことがないから、プランが作れない。

 ダンジョン配信で学んだのは、こういう時は情報を集めるべきだということ。そこで、この三日間、ネット上のデート指南や恋愛ハウツーの類を片っ端から調べてみたのだが。


「こんなの、できるわけないよなぁ?」


 いつぞや吐いたような台詞を、再び相棒に言う羽目になった。


 結局、俺が出した結論は。


「ハルカさんは、どこ行きたい?」


 我ながら、恥ずかしくて穴があったら入りたい。

 でも、俺自身だって行きたいかどうかよく分からないような所に連れて行くより、彼女の意見を聞いた方が絶対いい......はず。


「私? そうだなぁ......」


 ハルカは当然不意を突かれた様子で、それでも考える素振りをしてくれた。

 そのため、二人は歩道の真ん中で立ち止まる格好になった。


「......すみません」

「あ、ごめんなさい」


 声を掛けられて、俺たちは道を譲る。

 けれど、声を掛けてきた若い女性二人組は、立ち止ったまま興奮した声で言った。


「そうじゃなくて......。四季本ヌシさんと、比良鐘ハルカさんですよね!?」


 大きな声を出されて、俺たちはびっくりする。

 曖昧に頷くと、女性たちはさらに興奮して騒ぎ出した。


「そうですよね! 配信、見てました!」

「今、大丈夫ですか? 握手と、写真と、あと.......」


 俺たちは顔を見合わせ、苦笑いする。

 今は違うが、登録者数200万と180万。しかも、ニュースなんかでも取り上げられたりして、配信者としての俺たちを知らない人たちにも顔は広く知られている。当然、高校でも既に噂の的になっているし、マスクもせずに市街地を歩いていたら、こういうこともあるか。


 しかし、女性たちは写真を撮り終わっても、なかなか俺たちを解放してくれなかった。


「二人の馴れ初めとか、聞いてもいいですか!?」

「あ、いや、その......」


 ハルカが困っている。何の騒ぎかと、野次馬も少しずつ集まってきた。


「あの」


 俺はそっと話しかける。が、女性たちは夢中で気づいていない。


「あの!」


 もう一度話しかけようとして、びっくりするくらい大きい声が出た。


「......すみません、二人にしてもらってもいいですか」

「あっ......こちらこそ、ごめんなさい! ご迷惑でしたよね」


 我に返って平謝りする二人に頭を下げて、ハルカの手を取って足早にその場を離れる。

 人混みに紛れたところで、ハルカが意外そうな顔でこちらを見ているのに気付いた。


「......烏丸くん、変わったね」


 付き合い始めたばかりの恋人にそんなことを言われると背筋が凍る。すぐに彼女も自分の発言の危うさに気づいたようで、そういう意味じゃなくて、と慌てて付け足す。


「私、あんな風に自分の言いたいこと、まだ他の人に言えないや。怖くないの?」


 そういうことか、とちょっと安心する。

 そういえば、遠野遥としての彼女に初めて会った時、俺は自分の席を占領する陽キャに強く言えなくて、彼女に助けてもらったっけ。

 三ヶ月くらい前の話のはずなのに、すごく遠い昔のことのようだ。あれから、色んなことがあったから。


「今でも、怖いよ。......でも、ハルカさんを守るためだったら、怖くても言えるんだ」


 歯の浮くような台詞を言ってしまい、恥ずかしくて俯く。彼女もちょっと虚を突かれて顔を赤らめていた。


「......じゃあ、どっか行こうか」


 俺は握っていた彼女の手を離そうとする。するとその手が、ぎゅっと強く握り直された。


「このまま......繋いでて欲しい、かも」

「あ......うん」


 二人は顔を真っ赤にして、手を握り合った。


「私ね、今日、すごく不安だったんだ。うまくできるかなって。ちゃんとして欲しいこととか、言えるかなって」

「それは、俺も」

「でも、烏丸くんに勇気もらった。ありがとう」

「......そんなこと言ったら、俺だって。服も選んでもらったし、デートプランも、任せっきりで。ハルカさんは凄いと思う。俺なんか、勿体ないくらい」


 そんなことない、とハルカは強い口調で言った。


 それからのことは、正直あまり覚えていない。ゲームセンターに行ったような気がするけど、二人とも景品は取れなかったから、後から見て記憶を呼び起こせるような証拠はない。

 ただ、デートの間中ずっと、お互いのいいところを言い合っていた、その内容は覚えている。


 そして掌を開けば、ハルカの指の感触が、いつまでも残っていた。





 六畳半の部屋の隅で、真奈はがたがた震えていた。

 時間が経つにつれて、そして、貯金が減っていくにつれて、実感が湧いてくる。大輝は、死んだ。蜘蛛みたいな気持ち悪いモンスターの大群に、身体中を噛み千切られて、死んだ。


 あの時。

 ダンジョンを必死に抜けて、外に出て、そのまま逃げ出そうとした時。

 一瞬だけ、道の端に佇む、あいつと目が合った。焦点の定まらない、血走った、狂ったような目。


 人殺しの目。


「助けて......誰か、助けてよ......!」


 このままじゃ、私。

 アイツに。


「キリに、殺される......!」

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