第17話 陰キャと美少女と陰キャの告白 あるいは、博士の愛した機神

 倒れた巨神から、びこん、と音がした。

 歓びで緩んでいた空気が、一瞬で凍りつく。でも、いくら待っても、巨神が起き上がることはなかった。


「......何の音?」


 はじめにシロが、その後俺が、おそるおそる身体に近づく。


「ディスプレイ......?」


 戦っている最中は気づかなかったけれど、巨神の胴体の背面に、ディスプレイが付いている。巨神全体からすれば豆粒みたいな大きさだけど、家のテレビくらいはある。

 その画面が、青く光っていた。


「......俺たちに、観て欲しい映像があるのか?」


 俺は、巨神に尋ねる。この化け物と意思疎通ができるかどうか、半信半疑ではある。けれど、この巨体にまだわずかなエネルギーが残っていて、巨神がそれを回復ではなく、この画面の点灯に費やしたということは、紛れもない事実だった。


 俺の問いに答えるかのように、青一色だった画面に、荒い映像が再生され始めた。どこにスピーカーがあるのか、ノイズまみれの音声も流れ始める。

 想像を多分に含むけれど、それはこんな内容だった。




 あるところに、一体の機械があった。

 気づいた時には、ここにいた。いつ、どうやって生まれたのかも覚えていない。誰かに造られたのか、あるいは、どこかからやって来たのか。

 ただ、やけに天井の高い、だだっ広いこの部屋から出てはいけない。そんな使命感だけが、頭の中を埋め尽くしていた。


 機械のもとには、多くの挑戦者がやってきた。大半は、モンスターだった。追手に追われ、迷い込んできた小型のものから、自分の位置を奪い取りに来た大型のものまで。時には予想外に苦戦を強いられることもあるが、大抵は何の問題もなく退けることができた。


 問題は、ごく稀にやってくる、「人間」というらしい、小さくてすばしっこい挑戦者たちだった。

 彼らは複数人で現れ、摩訶不思議な能力を持っていた。毎回、違う能力で機械を追い詰めた。何度も深手を負い、殺されそうになった。けれど、いつもどうにか勝つことができた。


 何度も命の危険を感じたが、人間が来るのは楽しみでもあった。モンスターと違い、彼らは言葉を話した。仲間同士で交わされるわずかな会話から、機械は何年もかけて、少しずつ世界を学んだ。


 この場所が「ダンジョン」ということ。

 自分が「グレイトマシーン」という名であり、「ダンジョンボス」という役割であること。

 彼ら人間が使う不思議な能力が、「スキル」ということ。


 だから、彼は人間が来るのを楽しみに待っていた。

 けれど、時折考える。もし自分が負けて、殺されたら、どうなるのだろう。

 倒した人間の中には、以前に自分のことを倒したことがあるような口ぶりの男もいた。彼が倒したのは、何なのだろう。自分の、前任者?


 では、自分が死ねば。

 また新しい、自分と全く同じ姿の機械が、どこかから現れる?

 どうして。誰の意思で。何のために。

 そんなことを考えると、少しだけ怖くなった。機械には、感情が備わっていた。



 その日も、機械は人間たちと死闘を繰り広げた。何とか勝つことができたが、今回ばかりは機械の方も深手を負った。

 自力で回復するには、膨大な時間がかかるかもしれないと思った。その間に、他のモンスターが現れたら、負けてしまうかもしれないと思った。そうなったら、どうなるのだろうか。


 そんな機械の前に現れたのは、モンスターでもなく、武器を持った人間たちでもなく、腰が曲がって、子供のように小さな背丈の、一人の老爺だった。


「......直してやろうか」


 老人は、不愛想に言った。


 老人は、自分のことを「博士」と呼ぶように言った。

 そして機械を直すついでに、勝手に色々なところをいじくって、色々なものを取りつけた。中でも、スピーカーがついたことで、私は声を得た。


「博士、こんにちは」

「おう」


「博士、これは何ですか?」

「鎧だよ。お前が殺した奴のな」


「博士、私が死んだら、どうなりますか?」

「さぁな。自分が死んだらどうなるのかも、ワシは知らん」


 博士は、聞いたこと全てに答えてくれた。

 機械は、これまで何年もかけて少しづつ得てきた情報の何倍もの内容を、あっという間に吸収した。


 彼が言うには、博士は、私を改造して、人造モンスターなるものを作りたいらしい。

 彼の発明した妨害電波は、モンスターを遠ざける効果があった。それを使って、博士は日を空けずに何度も、何度も、機械に会いに来た。会う度に、機械の身体を少しづつ弄った。


 妨害電波は完全ではない。けれど、意思を持ち、力を持つモンスターが、それを発することができれば。

 連れていくことで、ダンジョンを安全に離脱できるようになる。ゆくゆくは、そんなものをたくさん作りたいらしかった。

 でも、人造モンスターの作成は、法で固く禁じられているらしい。だから、博士は人目につかないこんな場所で、機械をいじくっている。


「どうしてそこまでして、そんなものを作りたいんですか?」

「......ワシも昔は、探索者だった。相棒がいた。ワシより強かった。......でも、ワシを庇って、ワシより先に死んだ」


 博士は高い天井を見上げて、嗄れた声で呻いた。

 それきり、話の続きはしてくれなかった。



 博士と機械は、何度も会って、何度も話をした。

 それでも、改造は、いつまで経っても終わらなかった。


「あとどれくらいで、完成しますか?」

「うーん? 急かすな。あと少しだ。お前がこんな場所にいるせいで、作業がちっとも進まんわ」


 いつ尋ねても、あと少し、もう少し、と、そればかりだった。

 それから、さらにたくさんの時間が経った。


「よし! あとは、次に来た時に仕上げて、終わりだな。......そうしたら、お前に外の世界を見せてやる。もう、人を襲ったりしないだろう?」

「はい。楽しみです」


 博士は、ここに来るようになってから初めて笑った。

 それが、機械と博士との、最後の記憶だった。


 待って。

 待って。

 待って待って待って。

 ようやく、機械は理解した。きっと、博士は、死んでしまったのだ。博士が死んだら、別の博士がどこかから現れる、なんてことは、ないのだ。


 いつからか、ここにいなくてはいけない、という使命感は、消え去っていた。機械は、部屋を出て、モンスターたちが闊歩するダンジョンの中を練り歩いた。モンスターを見かける度、屠った。彼は、以前よりずっと強くなっていた。


 機械の望みは、博士の望みを叶えることだった。

 見よう見真似で自分の身体を弄ってみても、何が正解かよく分からなかった。だから、とりあえず、モンスターの肉や皮を、自分の身体にくっつけた。


 人間が挑んできたら、どうすればいいか聞こうと思った。でも、以前より、人間がここまで来る頻度はめっきり減っていたし、たまに現れても、機械の話なんて聞いてくれなかった。仕方ないので、機械の姿を見て唖然としている人間を潰して、自分の身体にくっつけた。


 そんなことを繰り返していたら、いつの間にか大きくなりすぎて、部屋から出られなくなっていた。仕方がないので、やってくるモンスターだけを殺して、肉を身体にくっつけた。

 博士が機械につけてくれた妨害電波は、つけっぱなしだとモンスターがやって来ないので、たまに最大で流しておいた。でも、これで博士の夢が叶ったのかどうか、分からなかった。




「教......えて......くだ、さい。私は、正し......かったですか? 博士の願い......を、叶えられましたか?」


 巨神は、ノイズの乗った音声で、俺に問いかけた。

 俺は答えに窮する。でも、子供だましの嘘は、この賢く優しい機械には、相応しくないと思った。


「......ぜんっぜん、正しくない。博士は、お前のそんな姿が見たかったんじゃ、ない」

「そう......ですか」

「でも。......でも、お前は、間違ってないよ」


 巨神は、考えるように、沈黙した。

 もう、エネルギーが尽きかけているようだった。画面がちかちかと点滅する。


「......なぁ。お前、俺と来ないか? 外の世界が、見たいんだろ?」


 ふと、口からついて出た言葉に、自分でもびっくりした。でも、この機械を、意思のあるモンスターを、ここで眠らせておくことが、俺にはできなかった。


「いい......え。私は......学びました。人は、死んだら......蘇らない。永遠に、お別れです。私......は、それは、嫌です」

「......大丈夫。そうはならない。俺は、お前に何も言わずに、勝手に死んだりしない。約束する」

「やく......そく。でも、博士も......約束しました。外の世界を、見せてくれるって。......でも、約束......は、守られません」


 その通りだ。遠い昔、博士は、約束を破った。

 でも、俺は。


「俺は、死ねない。博士は、一人だった。お前以外には、誰もいなかった。でも......俺は、違う。家族がいる。相棒がいる。仲間がいる。視聴者の皆がいる。それに」


 俺は、ハルカの方を見る。

 彼女が、怪訝な表情を浮かべる。すうっと、一つ深呼吸をした。


「......大好きな人が、いる。だから、俺は、死なない」


 ハルカの顔が、真っ赤に染まった。

 きっと俺の顔も、同じくらい真っ赤に染まっていた。


「わか......り、ました。きっと......博士も、それを......」

「あぁ。ちょっと、びりっとするぞ」


 俺はスキルを、その巨体に向けて使用する。

 ぴくりとも動かないまま、巨神は小さな、小さなカプセルとなって、俺の掌に収まった。


「......い、今のって」


 ハルカが、まだ顔を真っ赤にしながら、おそるおそる、こっちに近づいてくる。


「あ.......うん、そう」


 俺は急に恥ずかしくなって、彼女の顔を直視できずに、目線を足元に向ける。


「こく......告白ってことで、いいんだよね?」

「う......ん。あれだったら、その、言い直すけど」


 彼女の足元に向かって喋る。彼女の表情を見るのが怖い。次に彼女の口から出る言葉が、怖い。

 何であんなこと言っちゃったんだろう。言うにしても、もっと関係を深めた後でとか、ムードとか......。いろいろな考えが頭を巡って、頭がおかしくなりそうだ。


「......言い直さなくて、いいよ」


 ハルカが、俺にもう一歩近づく。俺はびくっと飛び上がる。


「ほら、顔上げて」


 ハルカの手が、俺の顎にそっと触れた。

 そのまま彼女は。俺の頭をそっと持ち上げて。


 そして唇に、柔らかいものが、触れた。


 一瞬だけ、彼女の顔を見て。

 夢じゃないって、現実だって、確かめて。

 それから、俺はまた、眼を閉じる。


 俺の指先に、彼女の指が絡まる。

 小指に、何か固いものが当たった。何かな、とちょっと考えて、すぐに苦笑する。


 なんだよ。

 そういうことかよ、相棒。


 やっぱりお前は、最高だ。


 俺は、自分の小指に嵌められた、桃色の宝石がついた小さな指輪を、そっと外す。

 そして、彼女の右手の薬指に、そっと嵌めなおした。

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