第16話 陰キャと美少女と機械仕掛けの巨神


 扉を開けると、天井が高い大広間になっていた。広間の真ん中に、柱が二つそびえ立っている。奇妙な位置だが、ダンジョンというのは得てしてそういうものだ。


 むしろ、この広い空間に何者もいないことの方が、ダンジョンとしては不自然だった。

 フロアボスのグレイトマシーンは、それなりに大きなモンスターだ。この部屋にいて、気づかないはずがない。

 部屋に入ってすぐ戦闘になると思い身構えていた俺たちは、少し気が抜ける。


「......何も、ないな」


 ぼそっと呟いた、次の瞬間だった。


 ごごご、と部屋全体が振動する。

 目の前の柱が、いや、が、動き出した。


「ふーっ......マジか」


 上谷が呆然として、呟く。


 首が痛くなるくらい、上を見上げる。

 俺たちが柱だと思っていたものは、優に15メートルはある「それ」の両脚だった。それと同じくらい太い腕が、がこ、と音を立てて動き出す。腕や脚は、どろどろとした肉塊だった。巨大な胴体は、どうやら金属でできているようだ。

 そして、そのさらに上で、紅い一つ目が、妖しく光った。


「なんだ、これ」


 これが、このダンジョンを死地へと変えた、異常の正体。

 そしておそらく、地下で鳴り響き、怪談として恐れられていた、謎の駆動音の発生源。


 モンスターと呼んでいいのかどうか、それすらわからない。まさに巨神ゴーレムと呼ぶにふさわしい、神か化け物の類のモノが、そこにはあった。



 がこん、ともう一度、腕のあたりで音がする。

 その直後、ものすごい速さで腕が地上に向かって振り下ろされた。


「うおおおおっ!」


 慌てて回避する。拳、というより質量の塊だが、でかすぎて背中を向けて逃げ出さないと避けきれない。


「シロ、こっち来い!」


 ばう、と低く吠えて、シロが俺の腕の中に収まる。

 俺は全身にぐっと力を溜めて、シロを高く放り投げた。指輪の力が合わさって、シロの身体が巨神の脚を越え、胴体の高さまで届く。


「いっけええええっっ!」


 脚や腕を切り裂こうにも、この体格差では効き目が薄い。

 でも、胴体を破壊すれば、きっとダメージが入るはずだ。


 そう思って、シロの爪が、金属の身体に突き刺さるのを想像する。

 しかし、実際はそうはならなかった。


 がきいいん、という、高い金属音。

 シロの爪は巨神の硬い身体に弾かれ、その白い影が宙を舞う。


「シロ!」


 俺は慌てて駆け出すと、落ちてくるシロを滑り込んで受け止めた。

 巨神の身体がこちらを向き、また拳が振り下ろされる。今度は、避けられない。


 爆発音がして、シロを抱えたままの俺の身体が吹き飛ばされた。

 ごほ、と灰の中の煙を吐き出す。


「ごめん、大丈夫!?」

「大丈夫! 追撃に備えて!」


 ハルカが爆風で俺たちを弾き出したのだと瞬時に理解する。

 俺の頭は冷静だった。けれど、先ほど目の前で起きた現象を、理解することはできなかった。


「どうなってんだ......!」


 シロが討ち漏らしたモンスターが、俺たちを襲うことはあった。

 シロが反応する前に、俺たちに攻撃してくることもあった。


 でも、ひとたびシロがその牙を、爪を、モンスターの身体に突き立てたら。

 どんなモンスターも、あの迷宮の災厄、ミノタウロスですら、一撃で倒れ伏す。そのはずだった。

 けれど、目の前の巨神は、傷一つ受けずに、平気な顔で次の拳を繰り出そうとしている。


 最強であるはずのシロの攻撃が、通用しなかった。

 それは俺がシロと出会ってから、初めてのことだった。


「......まずい。何も、浮かばない」


 積み上げてきた経験も、練り上げてきた戦略も、そのすべてが、シロの攻撃が通れば、相手を倒せることを前提にしていた。

 それが崩れた時、俺の頭は、もう何も生み出すことができなかった。


「四季本くん!」


 ハルカが悲鳴をあげる。腕の中のシロが、俺を強く突き飛ばした。

 一瞬遅れて、先ほどまで俺がいた場所に、巨神の拳が突き刺さる。


「......シロ!」


 俺の横でがる、と返事があった。ほっとしたのもつかの間、シロの尻尾の先が潰れて、赤黒く変色しているのに気付いて、息を呑む。


「相棒......!」


 数多の探索者が傷一つつけられなかったシロの身体に、初めて痛々しいダメージが入った。魔法でもアイテムでもなく、圧倒的な質量によって。


 それでも、相棒は痛がるそぶりも見せず、じっと俺の眼を見て、首を傾げた。


 ――次はどうする? 指示をくれ。いつものように。


 シロの声が、聞こえた気がした。


「......そうか。そうだよな」


 また、相棒に叱られてしまった。

 そうだ。相棒が白無垢だってわかるずっと前から、俺とシロはずっと、二人で命懸けの戦いをしてきただろうが。


 シロの力と俺の頭脳で、どんなモンスターとも、渡り合ってきただろうが。

 モンスターと人間の力を合わせて、どちらか一人では超えられない強大な敵を、超える。それこそが、《テイマー》だ。


「よおし! ちょっと待ってな、相棒!」


 ばう、とシロが勢いよく吠える。俺はカプセルから、今日二度目の登場となるスケルトンを出した。


「お前にゃ、ちょっと大変な仕事を押し付けちまうぞ」


 からん、と首を傾げるスケルトンの、背中を押す。

 そして俺はシロを抱えて、ハルカと上谷とともに、部屋の四方の隅にある、本物の柱の陰に隠れた。


 からころ、と小気味いい音を立てる骸骨を、巨神が執拗に狙う。

 彼なりの全力で逃げ回るスケルトンは、逃げきれずに腕が欠けたり頭が欠けたりするけれど、すぐに再生する。全身が粉みじんにならない限りは、スケルトンは打撃じゃ死なない。


 スケルトンが時間を稼いでくれているうちに、考えろ。


 シロという最強の手札が通用しなかった今、この状況を打開する策は、ない。

 だったら、策を見つけるための手がかりを、目を凝らして、耳を澄まして、見つけるしかない。


 高速で振り下ろされる拳を。

 大地を割らんばかりに踏みしめる脚を。

 獲物を追う眼光を。

 そして、シロの爪を弾いた、胴体を。


 観察しろ。諦めるな。

 どこかにきっと、答えが。


「......あ」


 俺の眼が、一点で止まる。


「危ない!」


 ハルカが悲鳴をあげた。これまで散々走り回ってきたスケルトンが、ついに転んでしまったのだ。

 ようやく獲物を捕らえた巨神が、腕を容赦なく振り下ろす。


 間一髪で、スケルトンはカプセルに吸い込まれた。


「見つけた。お前を倒す方法!」


 巨人の眼光が、ゆっくりとこちらを向く。


「......ハルカさん。作戦を細かく説明してる暇はない。『ラン・アンド・ガン』、22話で行くよ!」


 俺はそれだけ言うと、彼女の身体を抱えて、走り出す。


「え、え、ええっ!」

「大丈夫。ハルカさんなら、きっとわかる!」


 ハルカは、俺と同じくらい、『ランガン』が好きだから。

 指輪の力をもってしても、両腕の力だけで彼女の身体を支えるのはきつかった。それでも、体勢を低くして、振り下ろされる拳をかわし、足下まで走り続ける。


「今だ、ハルカさん! ぶち込め!」

「......思い出した。そういうことね!」


 ハルカは笑って、俺の腕の中で片手をかざした。

 爆発が起きる。もちろん、彼女の爆発で巨神に傷をつけることはできない。


 狙いは、巨神の巨大な右脚。

 それが踏みしめている、地面そのものだった。


 がくん、と巨神の体勢が崩れる。


 人間のように複雑な関節を持たないロボットは、足場を崩されると、再び立ち上がるのに時間がかかる。

『ランガン』が、俺に教えてくれたことだった。


 それと同時に、俺の腕が限界を迎え、ハルカの身体を地面に投げ出す。

 彼女が呻くのが聞こえたが、申し訳ないけど謝るのは後だ。


 俺は残るカプセルを全て、宙にぶん投げる。


「キイイッ!」

「......!」


 ゴブリンと、キャップストーカー。

 初心者用ダンジョンに出てくるような、スケルトンのような耐久力も持たない、雑魚モンスター。

 だが、彼らにしかできない仕事がある。


 高度の下がった巨神の胴体に取りついた彼らに、全霊の声で呼びかける。


「そこに、ネジがあるはずだ! 全力で、回せ!」


 この二体にしかできないこと。それは、身体が小さく、人間と同じく指が五本あることだ。

 俺が見つけたのは、巨神の身体にある、かすかな黒い焦げ跡。その位置を凝視すると、金板の一部が切り取られ、ネジによって留められているのが見えた。


 機械系のモンスターには、「コア」と呼ばれる、そのモンスターの頭脳のようなものがある。

 普通は完全に内部に隠れていて、ネジを外したら露出するようなものではない。でも、この巨神は、そもそもが普通ではない。もしかしたら、もしかするかもと、そう思った。


 ネジの溝に四指を差し入れて、回す。一本、二本。

 巨神が腕に力を込め、右脚をクレーターから出そうとしている。


「間に合え。間に合え!」


 三本。そして、四本目のネジが、外れた。

 金板が、ぽろりと外れる。中にあった紅く発光する物体は、間違いなく、この巨大な機械仕掛けの神の、コアだった。


「シロ!」


 俺は、決死の思いで叫ぶ。

 これで駄目なら、もう俺たちに勝ち目はない。


 でも、シロ。

 お前はそういう時、いつも俺たちを助けてくれた。


 コアに、相棒の爪が突き刺さる。

 紅い光が、みるみるうちに弱まっていく。


「ガ.......!」


 巨神の眼光が、消えた。

 そして、その身体が、ゆっくりと、前に倒れる。


 キイイ、と慌てて飛び降りる、ゴブリンたち。

 彼らが地面に落ちる前に、シロが優しく咥えて、着地する。


 ずしん、と、地面に振動が走った。


「......やった」


 ハルカが、ぼそっと呟く。


「やったああああああっ!!」


 俺は眼を閉じ、大きく息を吐いた。

 神か、化け物とも知れぬモノ。ダンジョンの理を、はるかに超越した存在。



 そんな巨神を、俺は、俺たちは、倒したんだ。

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