第7話 陰キャと美少女と初めての配信 ①

「ささ、早く配信ボタン押して」

「いや、もう少し心の準備を......!」

「いつまで準備してるの? えい」


 もじもじと何十分も体をくねらせている俺を見かねて、ハルカが、俺が持っているスマホの画面を勝手にタップする。


「あっ......!」


 <はじまた>

 <おおっ!>

 <いといよ《白無垢の主》の正体が>


 途端にものすごいスピードで流れ出すコメント欄。まともに追っていたら、あっという間に目が疲れてしまいそうだ。


「ほら、自己紹介して」

「これ、もう、始まってるの? ......ど、ども、はじめまして。えーっと、四季本ヌシといいます。よろしくお願いしまーす......」

「今日だけヘルプの、比良鐘ハルカです!」


 消え入るような俺の声に被せる形で、ハルカが元気よく挨拶する。

 それから俺の方をちらっと見て、これくらいはっきり喋って、と目で叱りつける。俺は首を横に振るしかない。




 前日。


「そういえば烏丸くん、名前どうするの?」


 俺の初配信に向けた最後の打ち合わせの中で、ハルカがぽろっと口に出した。


「......そういえば。何も決めてない」

「じゃあ、苗字は私と同じで、『ランガン』から貰っちゃいなよ。烏丸くん、四季本が好きだったよね」

「......よく覚えてるね」

「じゃあ四季本シンイチ......あ、でも、烏丸くんの場合は名前も変えた方がいいか」

「名前......さすがに名前まで『ランガン』そのままはまずいよなぁ」


 悩んでいると、上谷がタブレットを操作し、画面をこちらに向けた。


「『ヌシ』でいいんじゃない? ネット上でのあなたの呼び名、皆好き勝手いろいろ言ってたけど、『白無垢の主』が定着したみたいだし」

「『四季本ヌシ』? なんだかおじいちゃんみたいで嫌」

「判断するのはあなたじゃなく烏丸くんでしょ」


 いや、俺は何でも、と口ごもる。


「じゃあ決まり。大丈夫、名前なんてなんでもいいのよ。大事なのは中身よ、中身」

「中身......それが問題ですよね。何を配信するんですか」


 ハルカには、その美貌と、明るい性格にトーク力、それに戦闘の派手さがある。あれからハルカの配信のアーカイブをいくつか見たが、ダンジョン探索には嫌というほど慣れ親しんでいる俺でも、顔をほころばせながら観ることができた。本人は謙遜するが、登録者数120万人も納得の実力だ。


 でも、俺には何もない。


「何でもいいわ。あなたへの注目が最高潮の今なら、何をやったって爆伸び間違いなし」

「......そういうものですか」


 配信のことについては俺よりずっと詳しいはずの上谷に言われても、どうにも納得できない自分がいる。

 つい、俺なんて、と口をついて出てしまいそうになる。


「ま、明日は私もついていくし。何も心配しなくていいよ」


 ハルカにもそう言われると、俺としては頷くしかない。

 それでも、どうにも不安で、その夜はろくに眠ることができないのであった。




 そして、現在。


「ほら、今日は何するの?」


 ハルカに促され、俺はたどたどしく、事前に用意してきた段取りを思い出しながら喋り始める。


「......えーっと、今日は、このダンジョンを普通に探索していきながら、シロについて喋ろうと思います」


 ダンジョンの場所は視聴者には伏せているが、実は最初に俺とハルカが出会った、あの初心者向けダンジョンだ。近いし、入り口付近の地理は頭に入っている。それに、ここはシロと出会ったダンジョンでもあるからな。

 ただ、階層はあの時より二段も奥、俺も足を踏み入れたことのない領域だ。


「視聴者さんもシロの強いところを見たがってるし。何かあったら私もいるから、大丈夫!」


 というハルカの発案によるものだが、正直、怖い。確かにこの前のマンドラゴンに比べたら、出てくるモンスターはずっと弱いのだが......。


 突如、暗がりから矢が撃ち込まれた。シロが俺を押し倒して、何とか難を逃れる。


「なんだ!?」


 目を凝らすと、小さな小鬼が弓に次の矢をつがえているのが見えた。


「ボウゴブリンだ!」


 この階層にいるモンスターのことは、事前に調べている。ボウゴブリンが死角に隠れている可能性も、頭には入っていたはずだった。

 でも、配信画面や視聴者に気を取られると、どうしても注意が散漫になる。

 ダンジョン探索を配信するという行為は、それだけリスクがある行為なのだ。


「ええと、ボウゴブリンに襲われたら、煙幕を張って......!」


 俺は懐から発煙筒を取り出そうとするが、その雨にシロがものすごいスピードで走り出した。ボウゴブリンは慌てて二発目をシロに射るが、牙で簡単に弾き返す。


「あ......」


 俺が呆気に取られている間に、シロはボウゴブリンを斃してしまった。

 普段なら、俺の指示があるまでシロは動かない。やっぱり、配信が相棒にとってストレスになっているのかな。


 何とも見どころのない戦闘に、俺は恐る恐るコメント欄を見る。

 俺に対してさぞ心無いコメントがたくさん届いているのだろうと、そう思いながら。


 <シロTUEEEEE!!!>

 <無双w>

 <ボウゴブリン一匹くらいじゃ相手じゃないなw>

 <ていうか、ヌシ何もしてないw>


 シロを褒めるコメントに混ざって、俺を揶揄するコメントも、やっぱりある。

 でも、すぐにそうしたコメントは流れていって、別の内容のコメントが増え始める。


 <そんなに落ち込んだ顔しなくてもw>

 <ていうか、ヌシって思ったより普通な感じだな>

 <もっと怖い感じかと思ってたけど、陰キャっぽいw>

 <わかる。なんか親近感>

 <探索者って陽キャばっかで俺には合わなかったから、俺は好き>

 <もっとヌシと、白無垢の話聞かせて>


「あ......」


 声が出ない俺に、ハルカが小声で囁く。


「ね? 心配ないって言ったでしょ。リスナーさんは、配信者のいいところを、いっぱい見つけてくれるんだよ」


 俺なんか、誰も観たくないと思ってた。

 俺の話なんか、誰も聞きたくないと思ってた。


 でも今、たくさんの人たちが、俺のことを見てくれている。

 凄いのは俺じゃなくてシロだと知ったうえで、俺の話が聞きたいと言ってくれている。


 俺は、おもむろに、ぽつぽつと語り出した。


「......シロとは、このダンジョンで出会いました。俺が初めて、ダンジョンに入った時です」


 <うんうん>

 <それで?>

 <すげー! 滅茶苦茶ラッキーじゃん>


「シロは、ドッグフードとかは全然食べないんです。普段はカプセルに入れてるから餌はいらないけど、たまにコンビニに売ってるカルパスをあげると、わかりやすく機嫌がよくなって」


 <可愛いw>

 <使役してるってより、友達って感じか>

 <ヌシは何が好きなの?>


「俺、『ラン・アンド・ガン』ってアニメが大好きで。名前も、出てくるキャラクターから取らせてもらいました」


 <『ランガン』好きなの? 結構前のアニメじゃない?>

 <さては結構なオタクだな?>

 <隣にいるハルカちゃんも確か好きだったはず>


 いつの間にか、ダンジョン探索に無関係なことまで話してしまっていた。どんな話題でも、何万人もいる視聴者が、すごい早さで反応を返してくれる。

 まだコメントを拾えるだけの技量はないけれど、それらを流し読むだけで、胸がほっと温かくなるのを感じた。


 ハルカも上谷も、俺と視聴者のやり取りに口を挟まず、笑顔で見守ってくれていた。

 でも、そんな二人の顔色が、急にさっと変わる。


「烏丸くん!」


 ハルカが叫ぶ。前方を見ると、何匹ものボウゴブリンが、殺気立った目でこちらに弓を向けていた。

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