第8話 陰キャと美少女と初めての配信 ②
「ボウゴブリンの群れ!」
先ほどのボウゴブリンは、この群れからはぐれたのか、あるいは斥候役だったのか。
ボウゴブリンは一体なら大したことはないが、群れで出くわすとその射程と殺傷力から非常に厄介なモンスターだ。
「今度こそ!」
俺は発煙筒を焚く。もくもくと白煙が立ちのぼり、視界が遮られる。これで、ボウゴブリンたちの狙いは定まらないはずだ。
「よし、シロ!」
俺は号令をかける。しかし、ボウゴブリンの悲鳴より前に聞こえてきたのは。矢が一直線に放たれる風切り音だった。
「えっ......」
途端、俺の脇腹に走る激痛。
思わず呻き声が漏れる。ハルカが爆発を起こし、爆風で煙が晴れたその向こうに広がっていたのは、ゴーグルらしきものをつけたゴブリンたちの姿だった。
「なんだよ、それ......!」
シロがひとつ吠えるとともに、すぐに群れたちを蹂躙する。
脇腹を見ると、矢がかすめ、少量だが血が噴き出していた。
「大丈夫!?」
ハルカが慌ててポーションを傷口にかける。このポーションもスキルで作られたものなので、変な毒が使われていなければ、すぐに傷口は塞がるはずだが。
「ふう......」
痛みが引いていくのを感じる。どうやら、用意周到なボウゴブリンたちも毒までは持っていなかったらしい。
「よかった......」
シロがこちらに歩いてきて、傷口だったところをぺろりと一舐めした後、がう、と諫めるように短く吠えた。
「......あぁ。よくわかったよ、シロ」
探索者向けの教本や図鑑には、ボウゴブリンには煙幕が有効、と書いてある。
けれど、それがどんな時でも常に当てはまるとは限らないのだ。今回のように、モンスター側が探索者の装備品を奪って、対策を施しているケースだってありうる。
「お前が俺の言うことを聞く前に飛び出していったのは、ストレスじゃなくて、俺の指示通りに動いていたら、俺の命が危ないからだったんだよな」
シロが最強のモンスターだとわかって、浮かれていた自分はいなかったか。
俺自身はまだ、初心者用のダンジョンの浅いところがせいぜいの矮小な探索者に過ぎない。それを思い知らされた一幕だった。
<大丈夫?>
<無理すんな>
<配信なんて慣れてないししゃーない 切り替えていけ>
コメント欄は、相変わらず俺に優しい。ありがとうございます、と小さく礼を言う。
「どうする? 今日はこの辺にしておく?」
「......そうしようか。じゃあ皆さん、ありがとうございました」
俺はカメラに向き直り一礼して、配信終了のボタンを押しかけて、やめる。
カメラのレンズを覗くと、嫌でも視聴者の視線を強く意識する。でもそれは、決して不快なことではない。
「......見ての通り、俺は、普通の高校生です。世間で色々言われてるような、肝の据わった、凄腕の探索者なんかじゃありません」
俺は言葉をひとつひとつ、丁寧に、吐き出していく。焦らなくても、皆、俺の話を最後まで聞いてくれるとわかったから。
「アニメが好きで、陰キャで、人とうまく喋れなくて。今だって、脂汗がだらだらで。相棒には怒られて、ボウゴブリンに怪我負わされちゃうような、駄目な奴です。......今まで色んなところで、駄目な奴って、言われてきました。使えない、キモい、何言ってるか分からない」
コメントの流れが遅くなる。でも、視聴者数は減っていない。
皆、俺の言葉に耳を傾けている。
「そんな言葉から逃げるようにして、たどり着いたのがダンジョンでした。そのダンジョンで、俺はシロと出会い、ハルカさんと出会い、上谷さんと出会い、そして、今、皆さんと出会いました。少し前の自分には、想像もできなかったことです」
<なんかいいこと言おうとしてる>
<頑張れ!>
<俺もおんなじだよ>
「シロは、俺には過ぎた相棒です。ハルカさんは、俺には過ぎた仲間です。上谷さんは、俺には過ぎたマネージャーです。そして皆さんは、俺には過ぎた視聴者です。不釣り合いだってわかってます。......でも、だからこそ。皆に会えてよかった。よかったら、またお話してください。今日はありがとうございました」
配信停止ボタンを押す。最後の方は、少し早口になった。
でも、いくら目の前に人がいないからと言って、これだけ長い台詞を、最後まで言い切れたことなんて、今までなかった。
生まれてからずっとつかえていた喉の異物が、ようやく取れたような、すっきりした感覚だ。
俺は何も言わずに、ダンジョンの出口に向かう。後ろを、何も言わずに二人と一匹がついてくる。
ダンジョンから出たところで、ハルカが心配そうに口を開いた。
「傷口、大丈夫? 私が、もう少し奥まで潜ろうって言ったから」
「いや。俺の慢心」
俺は首を振り、スマホの画面を見る。配信が停止した後も、コメント欄は動き続けていた。中には茶化すようなコメントもあるけれど、多くが俺の配信について、いろいろ感想を言っている。
「お、チャンネル登録者数、早くも二十万人突破! このペースだと、三十万人くらいまでは伸びるかな」
上谷が嬉しそうに言う。
「二人とも、今日は本当にありがとうございました。今日だけじゃなく、今までも、これからも」
シロもありがとな、と頭を撫でる。シロはいつものように、興味なさげに目をしばたたかせるだけだが。
「また配信するの? 事務所的には、一回配信したら正々堂々配信者って言えるから、それでいいんだけど」
俺は少し迷った後、強く頷いた。
「......ええ。ハルカさんが言ってたこと、よく分かったので」
けれど、そのためには。
心の中で、俺は別のことを考えていた。
いつまでも配信にハルカがついてきてくれるわけじゃない。
シロがいくら強いと言ったって、いつだって俺と上谷さん、どちらもを守れるわけでもない。
今後も配信を続けていくには、俺自身がモンスターのことをもっとよく知って、自分の身くらいは自分で守れるようにならなければならない。
探索者を始めたての頃に何度も願って、やがては諦めてしまった願望が、再び俺の胸に宿るのを感じた。
俺は、もっと強くなりたい。
「どうも皆さんこんにちわ! 朝起きたら股間がブラックスネーク、だいき!」
「缶詰の賞味期限切らした、まな!」
『二人合わせて、フォーリン......フォーエバー!』
<フォーエバー!>
<だいき最高!w>
<まなちゃん今日髪若干パサついてない?>
「さてさて、本日はね、ちょっと挑戦状を叩きつけたいなと思いまして、配信を取ったんですけどもね」
「挑戦状? 誰に叩きつけるんだい?」
「最近みんなが噂してる、アイツだよ、アイツ」
「アイツってまさか......!」
<あいつ?>
<最近話題っていうと、まさか?>
<東京アヒル会とのコラボまだー?>
「そう、『白無垢の主』こと、四季本ヌシに、喧嘩売っちゃうよ!」
「ええ~っ!? この前初配信した、あの?」
「そう! ミノタウロスを一人で倒した実力がどんなもんか、俺気になっちゃってさ。気になりきりゴースト」
「マイナーモンスターすぎてわかんないってw」
「そう? 雰囲気雰囲気」
<四季本ヌシ!>
<ボウゴブリン相手に怪我してた奴w>
<最強とか呼ばれてるけど、ぶっちゃけだいきの方が強いやろw>
<調子乗り陰キャ>
「皆、ボロクソ言うねぇ。ま、オレのリスナーにここまで言われて挑戦を受けないっていうなら、しょせんビビりのクソザコ野郎ってことでしょ」
「だいきも結構ひどいこと言ってるw」
「......つーわけで四季本ヌシ、いい返事待ってるぜ。じゃあ、バイバイ!
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