第6話 陰キャと美少女と当然の決断


「ご機嫌いかがですか? FOOLSの上谷兎美うさみさんに、比良鐘ハルカさん。......それに、烏丸真一くん」

「ちょっと......!」

「大丈夫。配信は切った」


 ハルカはスマホをしまうと、浦橋と名乗った男を睨みつけた。

 上谷は、今にも飛びかかりそうな勢いで俺たちと浦原の間に入り、怒気を露わにしている。


「あなた今、配信中だってわかってて、烏丸くんの名前を.......!」

「何か問題でも?」


 飄々とした態度を崩さず、浦橋はにちゃ、と笑う。


「上谷さん。お国の機関に嘘をついちゃあいけない。インターネットに転がっていたあの配信の録画から、比良鐘ハルカと......巷では、『白無垢の主』とか呼ばれているらしいですが、その男とが、会話を交わしているのを見て、もしや今でも関係が繋がっているのではないかと、ちょっと調べさせていただきました」

「......犯罪者もどきのクソ野郎が」

「上谷さん、それは違う。私たちは国民の皆様の安全と平和のために、必要な仕事をしているだけですよ」


 上谷と浦橋は、以前から知り合いのような態度で会話を交わす。しかし、浦橋は興味なさげに彼女から視線をそらし、俺の方をのぞき込む仕草をした。


「烏丸真一くん。スキル検定の記録によると、スキルはDランクの《テイマー》。でも、白無垢フェンリルを自在に操れるとなれば、その評価は改めなければいけませんね。ミノタウロス討伐の件しかり、聞きたいことは山ほどある。私と来ていただきたい」


 上谷がずい、と、浦橋の視線から俺を庇う。


「彼はもう、うちの関係者だ。勝手に連れていかれては困る」

「でも、契約はしてないんでしょう? じゃあ、赤の他人だ。その点こちらには、探索者に対する強制招集権がある。どちらが正しいことを言っているか、お分かりいただけますでしょう?」


 上谷がぎり、と歯噛みする。


「さあ、退いてください」


 浦橋はかん、かん、と足音をたてながら、上谷を押しのけて、俺に手を伸ばす。シロがぐるるる、と唸り、力を溜める。


「おっと、余計なことをしない方がいい。君のお友達にも、そう言っておいてください。もし万が一、君のお友達が勝手に私に噛みついた、なんてことになったら、どうなるか分からないほど馬鹿ではないはずだ」


 浦橋は一切の躊躇いなく脅しをかけてきた。背は高いが、体格がいいわけではない。これまで見てきた数多のモンスターたちに比べれば、怖くもなんともない、ただの人間だ。

 でも俺は、この男から今まで感じたことのないような、ぞわぞわとした悪寒を背中に感じた。


「来て、いただけますよね? 大丈夫、ちゃんと我々の言うことを聞けば、あなたもお友達も、無事にお家に帰れますよ」


 俺は無意識のうちに、彼の手を握ろうとしていた。

 だめ、とハルカが甲高い声をあげる。


 その時。

 ぎゃああああああ、と、金切り声のような絶叫が響いた。その場にいた全員が、思わず耳をふさぐ。


「この叫び声は......!」


 浦原の表情が変わる。

 どこからともなく、三匹の小柄な竜が飛び出してきた。


「この階層にマンドラゴンだと!?」

「上谷さん、俺の後ろへ!」


 焦燥する浦橋。

 俺は必死に上谷さんの身体を掴み、後ろへ下がらせた。でも、ダンジョン内には他のモンスターもいる。俺たちからあまり遠ざけるわけにはいかない。


「烏丸くん、上谷さんを連れて逃げて!」


 ハルカが叫ぶ。


「そうしたいけど......!」

「ええ、そうされちゃ困ります」


 浦橋が耳を押さえながら、落ち着きを取り戻した様子で言う。


「マンドラゴンは、このダンジョンの最深部に生息する上級モンスターです! 私のスキルも、彼女と同じBランク。二人で三体を相手するのは、流石にキツい。すみませんが、あなたのお友達にも手を貸していただきますよ」


 マンドラゴンたちが、絶叫をやめた。

 以前、何かの図鑑で見たことがある。マンドラゴラの名前が付けられてはいるが、マンドラゴンの絶叫は石化させるような攻撃ではなく、威嚇行動。

 つまり、絶叫をやめた瞬間が、臨戦態勢の証。


 三匹の竜は、一斉にこちらに飛びかかってきた。小柄な分、速い。


「皆さん、私の前に立たないでください!」


 浦橋が両手をぱん、と合わせる。一瞬遅れて、両側の岩壁がせり出し、マンドラゴンの一匹を押し潰そうとする。


「早く、潰れろ!」


 浦橋は両手に力を込めるが、マンドラゴンも迫る壁を逆に押し広げようともがく。

 そうしている間にも、残り二体の竜はこちらに迫ってくる。


「はあっ!」


 ハルカが叫び、竜の一体に爆発を浴びせる。怯みはしたが、倒しきれるほどではない。一体の注意がハルカに向く。


「烏丸くん! こっちは気にしないで、もう一体を!」


 はっと前を向くと、残った一体が、先が刃物のように尖った尻尾を叩きつけようとしていた。

 こんな奴の倒し方なんて知らない。でも俺が逃げたら、後ろにいる上谷が死ぬ。


「シロ、頼む!」


 お前が、本当に最強のモンスターなら。

 もう一度だけ、俺に力を貸してくれ。


 ばう、と、相棒は小さく吠えて応えた。

 叩きつけられる尻尾。立ち竦んだまま、ぎゅっと目をつむる俺。


 けれど、衝撃はやってこない。

 目を開けると、シロがマンドラゴンの尻尾を、その体で弾き飛ばしたところだった。


 ぎゃあああああああ。

 マンドラゴンが叫ぶ。だがシロは気にも留めずに、堕ちた竜に走っていく。


 そして、うるさい、と文句を言うかのように、その牙をマンドラゴンの喉仏に突き立てた。

 げえ、という音とともに、竜は一瞬で絶命する。


 俺はその鮮やかすぎる手際にしばらく見入っていたが、やがて我に返る。


「みんなは!?」


 いつの間にか戦闘は終わっていた。

 ハルカと浦橋が、疲れ切った表情でこちらに手を振る。


「なんとか、倒せました」

「こっちも、大丈夫」


 俺はほっと安心する、と同時に、ハルカの強さを改めて認識する。

 見た目からは想像できないけれど、彼女はダンジョンの最深部に出現するようなモンスター相手でも、一対一で大怪我なく勝ててしまうような探索者なのだ。

 俺は、今回の探索で、彼女のボディーガードとしての仕事を果たせたのだろうか。


「......とりあえず、出ましょうか」


 浦橋がぼそっと呟いたのを合図に、俺たちは雑魚モンスターをなぎ倒しながらダンジョンを出た。





「......で、どうするの? 助けてもらっといてこの子を連れて行くなんて、そんな虫のいい話はないわよねぇ」


 上谷はにやにやしながら、浦橋を強めにどつく。


「あんなに浅い階層にマンドラゴンが出現するなど、偶然では片付けられません。国民の皆様の安全と平和のために、最優先で上に報告し、対処しなければならない事案です。今回は、見逃して差し上げましょう。また伺います」


 浦橋はため息をつきながら、また飄々とした態度に戻ってネクタイを直す。それから、かん、かんと足音を鳴らしながら早足で立ち去っていった。

 二度と来るな、と上谷はその背中に吐き捨てる。


「上谷さん、あの人は」

「......浦原きょう。うちの天敵だよ。私欲で動くタイプの悪人じゃないけど、病的な仕事人間。しかも性格が最悪。あの男には気をつけなさい」


 迷宮庁。言っても国の省庁だし、普通のサラリーマンみたいな人たちばかりなのかな、と舐めていたが、どうやらそうではないらしい。彼と話して感じた、あの悪寒は嫌でも記憶に残る。


「......なんか、変なことになっちゃったけど。今日は、付き合ってくれてありがとう」


 ハルカがにこっと微笑みかけてくれた。俺のせいで配信が台無しになったのでは、と思うと、心が痛む。結局、彼女のボディーガードとしての仕事も果たせたのかどうか怪しいし。


「そういえば、聞こうと思ってたことがあるんだった」

「なあに?」

「......ハルカさんは、何で配信者をやってるの?」


 視聴者は、彼女にとって都合のいいことだけコメントしてくれるわけじゃない。彼女のことをよく知ってる訳でもない。それでも、彼女があんなに楽しそうにしているのは、なぜか。

 決断の時が迫っているのは、俺が一番分かっていた。だからこそ、決断する前に、これだけは聞いておきたかった。


「んー......。一言で言うと、自分に自信をつけたくて、かな」

「自信を?」

「私もね、烏丸くんとおんなじで、人と話すのが苦手で、下ばっかり向いてたんだ。でも、そんな自分が嫌で、自信をつけたくて。好きなアニメのキャラクターの名前と設定を借りて、画面の向こうの、顔の見えない人たち相手なら、ちょっとだけ明るくお喋りできるんだ。それでも視聴者は全然増えなかったけど、たまたま上谷さんが見つけてくれて。チャンネルがこんなに伸びたのは、全部上谷さんのおかげ」


 上谷が自信たっぷりにピースする。


「......でも、今、学校でも普通に喋れてるよね」

「うん。配信をやってるうちに、だんだん自信がついてきて。現実でも、自分から話しかけられるようになったり、相手の目を見てお話できるようになったり。ちょっとずつ、うまくいくようになってきた」


 そういうものなのか。

 俺のコミュ障は、体質的なもので、一生変わらないものだと思ってた。でも、現に今、上谷やハルカとなら、目を見て話すとまではいかなくても、何か尋ねたり、話したりが自然と出来るようになってきている。他の人とも、こういう風に喋れるようになれたら。


「......でもね」


 ハルカは、ちょっと言いづらそうにしながら続けた。


「配信中の私も、学校で友達と話してる時の私も、上谷さんと話してる時の私も、どこか、本当の私じゃないような気がしてて。でも、この前学校で、烏丸くんと『ランガン』の話をした時だけは、ちょっとだけ、ありのままの自分を出せたんだ。......だから、なんだかややこしいことになって、烏丸くん、大変かもしれないけど、でもそんなの関係なく、またアニメの話しようね、って、それが言いたくて、呼んだんだ」


 こんなことになっちゃって、ごめんね、とはにかんだ、彼女のその顔を、俺はどうしてだか、目を合わせて直視してしまった。


「あ、いや、むしろこちらこそ、というか、喜んで、っていうか......」


 あれ。

 さっきまで、普通に話せてたはずなのに、途端にしどろもどろになってしまう。

 俺は逃げるように、吹き出しそうになるのを必死で我慢している上谷の方を向いた。


「上谷さん。俺、決めました。配信者に、なります」

「......うん。よろしく、烏丸くん」


 うん、うん、と、上谷さんは笑いを堪えながら、何度も大きく頷いた。

 俺はその様子にも耐えきれなくなって、逃げ場を探して、シロに目が留まる。


「シロ。なんだかお前が見世物みたいになっちゃうけど、ごめん」


 シロは、ばう、と軽く一つ吠えた。

 マンドラゴンから俺たちを助けてくれた時と同じ。


 お安い御用だ、という合図だ。


「......ありがとう、シロ。お前は優しいな」


 シロの頭を撫でてやる。

 相棒はあんまり興味がなさそうに、ふあ、と欠伸をした。



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