第5話 陰キャと美少女と陰伏の蛇影

 あれから約一週間が経過し、土曜日を迎えても、俺は結論を出しあぐねていた。


『【考察】比良鐘ハルカを救った《白無垢の主》の正体とは!?』


 眺めているスマホの画面には、そんな動画が映っている。聞いたこともないような探索者の名前を出して、あいつじゃないか、あの子じゃないか、と喋っているだけの動画。しかし、サムネイルにはしっかり、俺とシロの画像が使われている。


「はぁ......」


 幸いにも、高校で俺の正体がバレることはなかった。俺の顔なんて印象に残らないし、ハルカのことからも察するに、そもそも自分の身近にいる人間と画面の中にいる人間とを結びつけるのは、思ったよりもずっと難しいのだろう。


 それでも、安心する気分にはとてもなれなかった。ずっとそわそわした気分のまま、落ち着かない。

 シロに相談に乗ってもらいたいところではあるが、家の中でモンスターを表に出すことは親に禁じられている。まぁ、逆の立場なら絶対に怖い。


「ダンジョンに、行くしかないかぁ」


 俺はため息をついた。今までダンジョンに行く目的といえば金を稼ぐためで、シロに会うためにダンジョンに行くなんてことはなかった。シロの手も借りたいほど、この状況に参っているということだろうか。


 突如、スマホが振動する。びっくりしてLINEを開くと、両親は絶対に使わないような、可愛らしいキャラクターのスタンプ付きのメッセージが表示された。


「突然なんだけど、今日、空いてる? 今晩、配信で恵比寿のダンジョンに挑戦しようと思ってるんだけど、付き合ってほしいな、なんて」


 突然でリスキーなハルカの誘いを俺が断らなかったのは、そういう理由だ。

 もちろん、そもそも俺に、生まれて初めての女子からの誘いを断る選択肢などあったのかどうかは、甚だ疑問だが。




 恵比寿のダンジョンは、いわゆる曰くつきのダンジョンだ。

 難易度自体は、今までの俺なら立ち入らないレベルではあるが、浅い階層なら中級者程度の実力でも安心して挑める。

 ただ、地面の奥底からぎりぎりという不気味な音が聞こえるとか、夜中に探索者のものとは思えない小さな人影を見るだとか、そういう噂が絶えない。

 そして命懸けのダンジョン探索で、わざわざそんな狩場を選ぶ探索者はそこまで多くない。


「......だからこそ、配信者の間では超人気の配信スポットになってるってわけ」


 ハルカはそう解説してくれた。

 俺は分かったような顔をしながら、実際には全く理解できていない。どうしてそれに、俺が必要なのか、がだ。

 しかしハルカはすぐに、その疑問にも答えてくれた。


「ずっとここで配信をしてみたかったんだけど、できなかったの。浅い階層でも、ちょっと強い敵も出てくるから」


 あの後いくらか調べて、マネージャー兼カメラマンの上谷が探索者ではないことで、ハルカの行けるダンジョンの難易度が大幅に制限されていることは知っていた。


「でも、だったら俺なんかじゃなくて、本職のボディーガードを雇えばいいだろ」

「......それは」


 急に小声でもじもじしてしまうハルカ。隣にいた上谷が、すぐに助け船を出す。


「この子、あなたと同じで人見知りなのよ。知らない人がいると、いつもの調子で配信できないの。だから、カメラマンも私が」


 普段の学校での様子からはそういう風には見えないが、配信となると話はまた別なのかもしれない。


「......俺は大丈夫なのか? まだ知り合ってそんなに日は経ってないけど」

「烏丸くんなら、たぶん、大丈夫。『ランガン』好きだし」


 何の関係性があるのかわからないが、本人が大丈夫と言っているなら、きっと大丈夫なのだろう。

 もっとも、俺自身、俺にボディーガードの役割が務まるのか、自信はこれっぽっちもないのだが。


 俺はポケットからカプセルを取り出すと、ぽん、と放り投げる。カプセルは空中で弾けて、シロが地面にすたっ、と着地した。

 スキル《テイマー》のもう一つの能力は、捕獲したモンスターを小さなカプセルに保存できることだ。どういう原理か知らないが、これのおかげで俺はモンスターを家の庭に繋いだり、大量の餌をやったりしなくて済んでいる。俺のスキルでできることは、正真正銘、これで全部だ。


「すごい。ほかには、どんなモンスターを持ってるの?」

「えーっと、ゴブリンに、スケルトンに、キャップストーカー......」


 言いながら恥ずかしくなってくる。シロ以外に俺が捕獲したのは、あの初心者用ダンジョンに出てくる雑魚モンスターばかりだ。

 ハルカもへへ、と変な笑いを浮かべて、ダンジョンの入り口に向き直る。


「よおし。それじゃあ、行きますか」


 俺は苦笑いしながら、数日ぶりに姿を見たシロを撫でる。

 頼むぞ、シロ。俺が仕事を全うできるかどうかは、お前に全部かかってるんだからな。





「じゃあ、配信始めるよ。烏丸くんがいることバレると色々まずいから、声を出さないのと、カメラに映らないようにだけ、気をつけて」

「了解。シロも、吠えんなよ」


 シロは返事の代わりに、両目を二度ぱちぱちした。俺の相棒は気分屋だが、俺より空気が読める。


 上谷が、そっと俺にタブレット端末を手渡してきた。


 <配信待機>

 <待機~!>

 <まだかな~>


(これ......ハルカの配信の、コメント欄か)


 配信が始まる前から、数万人もの視聴者が集まっている。こんなに大勢に見つめられて、あっという間に流れていくコメントを、手元の小さなスマホに映して、目で追い続けるのか。


 ハルカは、すうっと息を一つ吸った。


「こんはるか~! 上官の皆さん、お元気ですか~? みんなの秘書官、比良鐘ハルカですよ~!」


 <キタ――(゚∀゚)――!!>

 <こんはるか~!>

 <もう配信再開して大丈夫?>


 コメントの流れが一気に加速する。スーパーチャットというらしいが、要するに投げ銭も、びゅんじゅん飛び交う。


「『もう大丈夫?』って、ご心配ありがとうございます! あの時は怖かったけど、今は全然平気!」

「『ここって......』。そう、お気づきになられましたか。ずっと行ってみたかったホラースポット、恵比寿のダンジョンについにチャレンジすることにしました~! しかも、夜! 怖い!」


 コメントを途切れなく拾いながら、少なくない数送られてきている、俺に関するコメントはうまく避けている。

 それにしても、普段の彼女と配信者、比良鐘ハルカとしての彼女は、やはり全然違う。明るさが三倍増しだし、マイクがあることを加味しても、声が大きくハキハキしている。何より、なんだか楽しそうだ。


「きゃっ! 今、あっちで物音がしませんでした?」


 ハルカはダンジョンの奥へどんどん進んでいく。ここのダンジョンは、生身の人間である俺では抵抗もできないような強さのモンスターもいるから、俺は気が気じゃない。


「......なーんだ、トロルフェイスか。びっくりした。えい!」


 爆発音とともに、トロルフェイスが吹き飛ぶ。

 まぁ、Bランクのスキルなら、この階層のモンスターは余裕だろう。シロも彼女というより、彼女の後ろを行く俺と上谷にくっついている。


「『今日はどこまで行くの?』ってありますけど、流石に最深部までは行かないかなぁ。どこのダンジョンでもそうだけど、奥の方はすっごく強いモンスターがいるから、私一人ではちょっとね」


 <そっかー>

 <コラボとかしないの? あの白無垢の主とか>

 <俺もいっしょに行けたらなぁ。ちなハルカちゃんと同じBランクスキル>


 視聴者は、ハルカが人見知りなことや、俺のことなんか知りもしないで、好き勝手なことを書く。

 彼らを相手に喋っていてどこが楽しいのだろうか、なんて俺は思ってしまうのだが、目の前の彼女が、作り物でない笑顔を浮かべているのもまた事実だ。


「んー、今のところは特に変わったところもないかなぁ。ちょっと拍子抜け」


 ハルカはそう言って、足を止める。ハルカが足を止めたということは。当然、カメラマンの上谷と、その後ろにいる俺の足も止まる。


 ......だが、なぜか洞窟に、足音が響き続けていた。


 かん、かん。


 かん、かん。


「......え?」


 足音は前方の分かれ道の右側から、徐々に近づいてくる。


 やがて、奥からぬっと現れたのは。


「おやおや。これは奇遇ですね」


 スーツを着込み、蛇のような顔の長身の男が、粘っこい笑みを浮かべた。



「私、迷宮庁の職員、浦橋と申します」

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