第32話 母と娘

弟の結婚準備で久しぶりに実家に帰り、お母様とゆっくり話をした。愛人を毎日呼ばれて心が折れたお父様は、お母様に必死で謝罪して家に帰ってきたそうだ。


使用人も冷たいし、当主の弟はお父様を完全無視してるけど別荘にいるより数百倍マシなのですって。


自分の事しか考えてないお父様が、無理に婚約者を決めてすまなかったとわたくしに謝ったのでとても驚いたわ。


お母様が出て行ってと一言言うと、お父様は素直に出て行った。お母様が声をかけるだけで嬉しそうにしていたのは幻じゃないわよね?


「マリア、久しぶりね。評判は聞いてるわ。よくやってるわね。あの本は役に立った?」


「ええ。とても。でも最近は頼っておりませんわ」


「それで良いのよ。本来、あの本はずっと使うものではないわ。ロバート様は素敵な方みたいね。マリアが幸せで良かったわ」


「最初は一部しか読んでおりませんでしたが、最近全て読みました。素晴らしい贈り物をありがとうございます」


「35ページ以降よね? わたくしも最初はそうだったわ」


「お母様もですか? わたくしは聖帝国ラーアントで原書と出会いまして、その時に全て読みましたの。お母様がどれだけお辛かったのだろうと……とても……悲しくなりました」


「ふふ、確かにマリアを産んでからしばらくはとっても辛かった。あの本に救われたのは確かよ。けどね、今は幸せなの。可愛い娘と息子が立派に育ってくれて、お父様との関係も少し変わったしね。あれだけ愛してると言ってた愛人達との時間をたっぷり取ってあげたのに、あの人が戻ってきたのはここ。すっごく滑稽だと思わない? 離縁するのもいいけど、一生飼い続けるのも悪くないわよね」


「……まぁ、お母様ってば……」


「政略結婚に愛がないなんてよくある事よ。自分で居場所は選べなくても、置かれた場所で自分の思うままに生きる事はできるわ。上手く夫を利用しながらね」


「お母様は、お父様の事をどう思っているのですか?」


「大嫌いだったわ。けど、別荘に追い出してからしょぼくれてる姿はなんだか可愛らしくて。もしかしたら、あと何年かしたら少しだけ愛情が戻るかもしれないと言ったら、あの人は全ての愛人と別れてここに帰って来たの。毎日必死でわたくしの機嫌をとるのよ。愛人には渡さなかった高価な宝石や、ドレスのデザインまでしてくれるの。今更なんだって怒りもあるけど、あの頃の自分が少しだけ救われた気もしてる。簡単に許す気はないけど、やっぱり嬉しいわ。とはいえ、簡単には許さないけどね! ねぇマリア、夫婦って本当に分からないわよね。マリアは、ロバート様と仲良くしてね。急かしたりはしないけど、孫の顔も見たいわ」


はっ……!

任務に必死で、まだロバート様と口付けしかできていないなんて……お母様には言えない……!


「マリア……あなたまさか……!」


あああ……!

そうでした! お母様はとっても鋭くて、勘が良くて、隠し事なんてできないのでしたわ!!!


「その、式の後すぐ出陣してしまわれて……それから王女様達の事もあって……その」


「ロバート様はご立派な方と聞いてるけど、女性に興味がないの?」


「そそそ、そんな事ありませんわ!!! 会える日はいつも口付けして下さいますし、誕生日には素敵な贈り物を下さいますし、愛してると言ってくれます!」


「お父様の手が早いところを、ロバート様に分けてあげたいわね」


「いやです! ロバート様はお父様と違って誠実なお方なのです!!!」


「マリア、大声を出したらお父様に聞こえるわよ」


「……マリア……本当にすまなかった……」


やつれたお父様が部屋に入って来たけど、お母様に追い出された。


「今は母と娘の大切な時間なの。邪魔者は去って」


「……うう……なさけない父ですまなかった……」


「お、お母様。良いのですか?」


「良いのよ。わたくしも同じ言葉を言われた事があるのだから。後で夫婦で話し合うわ。それよりマリア、貴女にこれをあげる」


お母様は、美しいナイトドレスを渡してくれた。

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