72話 破壊の権化


額から冷や汗が垂れる。

全てを飲み込んでしまうような真っ黒な目が、響を捉えた。


──思ったよりも100倍ヤバそうだけど……第2段階クリアだ。後はタイミングさえ見極めればいい。


見るからに危険な姿。

タイミングを見極めると言うが、先程でもかなりの苦戦を強いられていた響に果たしてそれが出来るのかどうか。


その時だった。


剛力が誰に向けてでもなく刀を振った。


「ぇ──?」


派手な音も演出も、何もなかった。

ただ刀を振った直後、その直線上にあった木々が一斉に切り倒された。


地響きを鳴らし粉雪が舞う。

それが合図だった。


剛力は自らの刀に炎を纏わせ、限界まで右腕を引き響目掛けて跳躍した。

響は地上から剛力を迎え撃つべく、白光を十字に切りつけ斬撃を飛ばす。

しかし、襲いかかる斬撃を剛力は左手の手刀で難なく霧散させた。


「嘘だろ!?」


決して手を抜いてなどいない。殺すつもりで、全力で放った斬撃だった。

刀で弾くのならまだ理解できる。回避するのなら理解できる。


手刀と言えど生身の肉体で斬撃を消し飛ばすなど、一体どれ程の力があれば可能なのだろうか。


「ひゃはははははッ」


狂ったように笑う剛力は、異様なまでに引かれた右腕を、炎を纏った刀を振り抜いた。

響は白光にサンダーボルトを纏わせ即座に切り上げて迎え撃つ。


「おらァッ!」


炎と雷が触れたその刹那、耳を破壊する爆音を響かせ大規模な爆発を起こす。


巨大な火柱が天へと昇る中、響を吐き出した。

全身が焼け、吹っ飛ばされた響は数回地面にを跳ねた。


「がはッ……!」


内臓にもダメージがあったのか吐血した。

口の中に鉄の味が広がっていく。

全身が痛い。肋骨にヒビが入っているせいか呼吸がしにくい。


──やべぇ……身体が動かねぇ。


既に剛力は追撃しようと飛び出している。

しかし、響は回避しようにもダメージが大きすぎて上手く動けない。



ここまで響の言いつけ通りに我慢していたミアだが、遂に限界を迎えた。


「響、ごめん……もう……我慢でき、ない……!」


自分が何をしようと結果が大きく変わらないのは分かっている。


響のいいつけを守り、剛力を倒すのに最善の行動を取るために堪えなければならないのも分かっている。

だがそれでも、目の前でこれ以上傷付く響を見るのには耐えられなかった。


それでも響が血を流す度に、ミアの心も傷付いていく。


守らなければ。

今動かないでいつ動くのだと、心が叫んでいた。


「隼人……ミアが、相手ッ!」


何かを地に投げたあと杖の先からは魔法陣を展開し、水と氷の龍がうねりを上げ、津波を起こしながら剛力へと襲いかかる。




「ばか……やろう……!」


そんな事をすれば標的がミアに変わってしまう。

ミアでは剛力を抑えることなどできやしない。

馬鹿にしている訳ではなく、それが現実だ。


剛力は双龍を刀の一振で霧散させると、漆黒の目でミアを睨んだ。

チラと響をみると、未だ立ち上がる事も出来ていない。


まるで響はもう、いつでも始末できると言わんばかりに、標的をミアへと変更した。


「ひゃはははは! 殺す、殺してやるッ」


甲高い笑い声を上げ、刀を天に掲げた。

すると切っ先には魔法陣が展開され、そこからは巨大な炎龍が姿を現した。


お返しだと、そう言っているようだった。


「ミア……ごほッ……クソ! 動けよ! なんで動かねぇ……これは?」


無理矢理でも立ち上がろうともがく響の前に、小さな波により運ばれて来たのは緑色の液体の入った小瓶。

ポーションだ。


「あいつ、まさかこれの為に……」


先程ミアが投げたのはこのポーションだった。

激しい戦闘により響の持っていたものは全て破壊されてしまっている。

それを察したミアが、氷鬼の探索者から拝借したものを寄越したのだ。


ミアが攻撃が効かないと分かっていながら派手な魔法を使った本当の理由はこれだった。


「また助けられちまったな……」


響はそれを手に取り、飲み干した。

完全回復とはいかないが、体を動かせる程度には回復できた。


もうタイミングを図っている時間も、余裕もない。


──タイミングがないなら無理矢理作り出してやる!


「サンダーボルトッ!」


ミアに向かって駆け出した剛力の無防備な背に雷撃が直撃し魔法をキャンセルさせた。

前のめりに倒れた剛力は、即座に立ち上がり再び響を標的に駆け出した。


「ひゃははははははは」


1歩踏み出す毎に、刀に纏っている炎が膨れ上がっていく。

辺りの雪を溶かし尽くし、尚もその火力を上げていく。


「てめぇがどれだけ強かろうが……俺は絶対に負けねえッ!! 黎明之刻デサフィアンテッ!!」


──一か八かだ。もうこれしかねえ!


黄金の輝きが白光を包み込み、次第に輝きが増していく。

深く腰を下げ、輝く刀身を鞘へと入れて剛力を待つ。


目を瞑り、足音で距離を計る。

無駄な情報はいらない。

極限まで集中し、剛力が間合いに踏み込んだ瞬間目を開けた。


「──飛燕ッ!!!!!!!!」


迫り来る破滅の一撃を輝く斬撃が迎え撃つ。

両者の刃が触れた瞬間、世界から音が消えた。

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