第8話 探索者組合②


ゆっくりとドアを開けた。

すると中には短い黒髪でビシッとスーツを着こなした男が気怠げにキーボードを打っていた。

歳は20代にも30代にも見える。

筋骨隆々な大男を想像していた響だが、正反対に優しそうな雰囲気で安心した。


副会長と言っても随分シンプルで、男のデスクと来客用のテーブルソファ、それと少しの観葉植物があるだけだ。


響が入ると男はキーボードを打つのを中断して、内ポケットから名刺を取りだし、


「おー、君が佐藤君っすね。初めまして、あんま好きじゃないっすけどはいこれ」


好きじゃないといいつつも渡された名刺には『探索者組合 副会長 クラッド』と書かれた質素な名刺。個人の連絡先まで書いてあるが、もし掛けても怒られないのだろうか。


「あ、ありがとうございます」

「そんな緊張しないでもいいっすよ。で、早速っすけどあの日何があったか覚えてる範囲で教えてもらってもいいっすか?」

「あ、はい」


なんだか思ってたよりもずっと取っ付きやすい人だった。

独特な敬語だが、こちらが緊張しているのを理解しているのか、随分砕けた雰囲気で接してくれている。

会う場所がここでなければ、とても副会長には見えない。


「なるほどっすね。宝箱が転移トラップ……初めて聞いたっす。その後意識を失って気付いたら病院……他には何かなかったっすか?」

「他、ですか?」


一通り話し終えた響。だが謎のスキル目目連の事は黙っていた。

ダンジョンでスキルを習得する事は特段珍しい事ではない。しかし、あのスキルは何となく通常の物とは毛色が違う気がした。

相手は探索者組合の副会長。目をつけられると面倒だと思い、反射的に隠してしまった。


だから、クラッドが再び聞いてきた時は心臓が破裂してしまうかと思うくらいドキリとした。


──まさか、バレてる? 正直に言った方が良かったかな。

「例えば、エスペ……ダンジョンに知らない人が居たとか」

「えっ? ダンジョンに人?」

「あー……なんでもないっす。俺の質問は終わりっす。響君は何か質問とかあるっすか?」


クラッドは一瞬だけ落胆した表情を見せた。が、すぐにそれを隠した。


──質問かあ。変な事聞く訳にもいかないし……それよりこの人、副会長って言うけど強いのかな。あんまり強そうには見えないけど。


【クラッドのステータスを数値化します】

A級覚醒者 クラッド Lv79

HP: 9750/9750

MP: 1300/1300


力435

防御力409

知能456

速度395

精神力382


単純に疑問に思っただけだが、それに反応したのか空中に文字列がビッシリと浮かんだ。


「うわっ! ってレベル79!? ……あ」


響は目目連のスキルに慣れていないので思わず声に出してしまった。

そしてそれは勿論、目の前のクラッドには聞こえている訳で、


「……なんで俺のレベルがわかるっすか」

「あんのぉ……ほら、ゲームの事です。ちょっと最近やり込んでるゲームが……あ! も、もうイベントが始まる時間ダー! イソガナイト! シツレイシマスー!」


マズイ、と思った響はペラペラと適当な言葉を並べて急いで部屋を後にした。


「あっ! ちょ、待つっすよ! ってもういないし……」

「アイツ、何か隠してやがるな」

「うわっ! 急に現れるのやめて貰えないっすかね……クロードさん」


響が出ていった直後、クラッドの影からにゅいっと出てきたのは他でもない馬渕翼だ。

目にかかる程度の黒髪。そこから覗く切れ長な目は目付きがいいとは言い難い。

クラッドと翼は旧知の仲であり、あのダンジョンから帰ってきた後もクラッドは、変わらずに翼の事をクロードと呼んでいる。


「それより、例の件だが……ダンジョンで不審な人影を見たって話を聞いた。俺はしばらくそのダンジョンに行くがお前もどうだ? こんな部屋でカタカタやってるんじゃ退屈だろ?」

「聞いてないし……狂信者なんすかね?」

「さぁな。それを調べに行くんだろうが」


翼はぶっきらぼうに言い放った。

クラッドは大きくため息をついて、


「俺も行きたいのは山々なんすけど、誰かさんが組合の仕事何にもしないんで忙しいんすよね!!」


バシバシと書類の山を叩くクラッド。どうやら翼のせいでかなりストレスが溜まっているみたいだ。


「俺は俺のやるべき事をやってるだけだ。お前がそのポストにいるおかげで俺は動きやすいけどな」

「そんな事ばっかり言ってるからリリアちゃんがいつも苦労するんすよ……」

「おい、それは今関係ないだろうが」


等とクラッドと翼がしょうもない問答をしている間に、響は無事組合の建物から脱出していた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る