第6話 吉見梨沙


目を覚ますと見慣れた真っ白な天井に、嗅ぎなれた消毒液の臭いが鼻を刺激した。

探索者シーカーになってから早2年。毎月のように通うことになった場所だと言うのがすぐに分かった。


──あれ、でもなんで病院に? 誰か運んでくれたのか?

「ってそれより! あの日ダンジョンに入った皆は無事なのか!?」


丁寧に掛けられていた布団を乱暴にめくり、ガバッと起き上がる。

あそこは確かに最低ランクのEランクダンジョンだった。それなのに、E級やD級の探索者が何も出来ずにやられてしまった。

ただ死んだのかと言うと、あの時の響達はそれを確認していない。


特に親しい探索者がいた訳ではない。だからと言って、同じ攻略隊のメンバーが死んでしまっても構わないということはない。


「ふふ、皆さんちゃんと生きてるから大丈夫だよ。それより安静にしてなきゃダメだよ響君」

「ぇ……あ、確か……」


ベッドの横から声がして振り向くと、そこにはあの日の攻略に参加していた吉見梨沙が微笑んでいた。

黒髪のショートカットが良く似合い、大きく潤んだ瞳で美人という言葉が相応しい。


「吉見梨沙。ちゃんと覚えておいてね! それより……あの時、響君が居なかったらきっと私もここにいない。本当に……本当にありがとう、響君」


梨沙は20歳の響よりも2つ歳上だ。年齢を知らない響もなんとなくそれは察している。


「い、いえ! 俺なんて何にも……宮田さん! そうだ、宮田さんがあの時力を貸してくれなかったら碁盤は壊せませんでしたよ。だって俺F級ですから……ははは」

「……」


度を越した謙遜は時に人を不快にさせる。

返事がないことで恐る恐る梨沙を見ると、眉間に皺を寄せムスッとした表情をしていた。


──うわ、怒らせちゃったかな? 何かマズイ事言っちゃったかなあ。


「響君」

「は、はいい!」


先程までの透き通るような声とは違い、少し低い声に響は思わず焦り声が裏返った。


「勿論、宮田さんにも感謝してるよ? でもね、あの日1番頑張ったのは紛れもなく響君、貴方なんだよ? 宮田さんも響君の事すごく褒めてたし、皆も貴方に感謝してる。謙遜するのは悪いことじゃないけど、もっと胸を張っていいんだよ! だって君は私達のヒーローなんだから!──て、えぇ! な、なんで泣いてるの!?」


響の目からは知らないうちに涙が零れていた。

私、強く言いすぎたかな。と、オドオドする梨沙。


「す、すみません……嬉しくって」


佐藤響の覚醒者等級はF。言わずもがな最下級。クソザコだ。

だから響は、この2年間ダンジョン攻略において誰かから感謝された事なんてなかった。ましてやヒーローだなんて。


周りは皆、響を馬鹿にしていた。響の他にもF級覚醒者は五万といる。

しかしそのほとんどが探索者という職業を諦める。なぜなら弱すぎるから。単純な理由だが、それ以上の理由は必要ない。


探索者は強さが全てではないが、それでも何が一番大切かと言われれば強さである事に違いはない。


「今まで……ずっと頑張ったんだね、偉いね。よしよし」


涙を流す響の頭を梨沙はそっと撫でた。

すると、堰が切れたかのように更にボロボロと大粒の涙を流した。


「俺、弱いから……うぅ、ずっと馬鹿にされてきて……悔しくて。でも、今凄く……嬉しいです。本当に探索者を……続けてよかったって思えます」


俯き涙を流す響は、D級の梨沙には想像も出来ないくらい酷い扱いを受けてきた。

それをずっと堪えていたのだが、梨沙の優しさに触れたせいで、ダムが決壊してしまった。


「うんうん、よく頑張ったね」


響はその後しばらくの間泣き続け、挙句の果てには泣き疲れ再び眠りについてしまった。

そのタイミングで宮田や、他の攻略隊メンバーもお見舞いに来ていたのだが、ぐっすり眠る響を見て安心した顔で病室を後にした。

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