第202話 波乱の逢引
「デ!」
「え」
「トオオオオオオ~!?」
「うん…えへへ」
WINEのグループで集まった4人の声が室内に響く。嬉しそうに相槌を打つ狛は顔を真っ赤にして、目の前にいない三人から隠れるように顔を両手で覆っている。モジモジと身体をくねらせている姿は、撫でられまくって悦に入っている犬のようだ。
一方、狛から報告を聞いたメイリー、神奈、そして玖歌の三人はそれぞれに違う反応を見せていた。
「ええええー!ヤルじゃんコマチー!で、で?相手は誰なの?どんなヒト!?」
「えっとね、ちょっと年上なんだけど…すっごく格好良くて、それと…あの、良いニオイがするかな…!」
「良い、ニオイ…っ!?」
「…落ち着きなさいよ、神奈。狛の事だからアンタの想像してるのとは絶対違うわ」
『女三人寄れば
京介とのデートを前日に控えた夜、狛は何を思ったのかいつもの女子会でそれを暴露してしまった。厳密に言えば、デートだと思っているのは狛だけで、しかもその内容は京介のスマホの契約をしに行くというものなのだが、狛の中では完全にデートとして認識されている。客観的に状況だけを述べるなら、超がつく高齢者の京介に狛がスマホを選んであげるという介護染みた話である。
「良いニオイかぁ~!コマチって結構ダイタンだよねぇ~。ああ、ワタシもデートしたいーーっ!ねぇ、猫田さんは明日ヒマかな?」
「うーん、どうだろう?たぶん明日はくりぃちゃあに行くんだと思うけど」
ワイワイとハイテンションで話す現在進行形で恋する乙女二人、一方で実らぬ想いに囚われている神奈と、妖怪であるが故に恋愛に全く興味のない玖歌のテンションは低いようだ。特に玖歌は、今日はゆっくり学校のトイレで眠ろうとしていた所を無理矢理通話に参加させられた挙句、この会話である。いつもなら居心地のいい静かな個室に、ハイテンションな狛達の声が重なって、どうにも落ち着かない空気にげんなりしているようだった。
「狛が…デート……私の知らない男と…デート……狛の…貞操が……」
「アンタはアンタでキモいのよね。狛が最初のデートでそこまで行くわけないでしょ。ハァ、なんでアタシがこんな……」
この世の終わりを思わせる神奈の重く低い声は、まるで呪詛のようであった。いちいちフォローをせねばならないのも厄介だが、あまり負の念を巻き散らかされると中てられてしまう。玖歌はこれ以上ないほどウンザリした様子で溜息を吐いて独り言ちた。
「こ、狛…そいつは一体何者なんだ?どうして急にそんな…そ、そいつのどこがいいんだ!?」
「えー?うーん…強いて言うなら、守ってくれるトコロ…かなぁ」
「ウワアアアアアッ!!!」
「神奈、うるさいっ!アンタ自分で聞いといてダメージ受けるんじゃないわよ!大体、アンタ狛に子…っ」
以前聞いた神奈の妄想を、うっかり口を滑らしそうになって咄嗟に口ごもる玖歌。そう、神奈は玖歌と揉めて暴走した際、狛の子どもと自分の子どもを強制的に結婚させて、血を交わらせたいという危険な妄想を口にしていた。さすがにそれは玖歌から見てもドン引きの内容である。
親が友人同士で、その子達を結婚させたいというだけならさほどおかしな話ではないが、目的が血を交わらせることと言われると一気に猟奇的になる。神奈のそれは狛のDNAと自分のDNAを、未来永劫離れないようにしたいという意味なのだ。物も言いようで角が立つとは、言い得て妙である。
「え、私がどうかしたの?子?」
「ああいや…こ、恋人が出来たら嬉しいなって…言ってたのを聞いてて……」
「そっかぁ~~!神奈ちゃんも喜んでくれて嬉しいよぉ、ありがとね!」
「ア、アア……」
もはや廃人寸前といった様子の神奈だが、デートを明日に控えて浮かれている狛は、全く気付いていない様子である。こうして、四人の少女達の夜は更けていく、神奈と玖歌の心に大きなダメージを残して。
翌日、待ち合わせの時間より少し早く着いた狛は、時間を気にしながら京介が来るのを今か今かと待ち構えていた。
「ちょっと早く着いちゃった。…今来た所って、女の子が言ってもいいのかな?」
狛が恋愛の手本にしているのは、桔梗の家に置いてあった少女漫画である。桔梗が少女の頃に読んでいたというそれは、かなり古いものなのだが、今の時代の少女漫画のように過激な描写が少ないので、まだマシな方だろう。普段はあまり漫画などを読まない狛にとっては新鮮で、貴重な資料と言える。
「京介さん、普段はどんな格好してるのかな?私もいつもより精一杯おめかししてきちゃったけど…変じゃないよね?メイリーちゃんにアドバイスしてもらったし!」
いつも専ら制服で出かける狛だが、今日は手持ちの服の中から厳選したコーディネートだ。背の高い狛にピッタリなスキニージーンズを穿き、淡いグレーのセーターの上には桔梗から借りたジャケットと買ったばかりでお気に入りのコートを合わせている。耳には先日YaMaChiからアクセサリーが揺れていた。
昨夜、わざわざメイリー達にデートの話をしたのは、この服装のアドバイスを貰う為であったらしい。普段であれば制服の下には、薄い布上に変化した
待ち合わせ場所で、ソワソワと自分の姿を自信なさげに確認する狛は、年齢相応の少女の振る舞いだろう。ただ誰が見ても、これから楽しい事が待っているのだろうなと思わせるような、高揚した気配を纏っている。それを微笑ましく、また怨みに満ちた視線で見つめる影があった。
「ぐぐぐぐぐっ…!待ってるだけであんなに楽しそうにして…!狛、そんなにそいつがいいのかっ…!」
「あー、でも解るわ。デートの前ってああして待ってるのも楽しいんだよねぇ」
「あらあら、あなた逢引なんてしたことがあるの?蜘蛛なのに」
「ふふ、気になる殿方と出かけるのは誰でも楽しいものさ。神奈、そう気にすることはない」
「なんで俺まで…おかしいだろ、この面子はよ……」
少し離れた場所から狛を見つめているのは神奈と、くりぃちゃあの武闘派妖怪三人娘である女郎蜘蛛のトワ、沼御前のショウコ、それに海御前のカイリである。朝から狛とは別行動でくりぃちゃあに行き、つい口を滑らした猫田は、狛をろくでもない男から守る為という名目で三人娘に拉致された。そこで、こっそり監視に来ていた神奈と出くわし、合流したのである。
「そろそろ待ち合わせの時間じゃない?猫田ちゃん、どれがその男なの?」
「あ?そんな事言われても…ああ、アイツだ。ちょうど狛の近くにいる」
「あ、あれがっ!?」
食い入るように見つめる神奈は、その視線だけで人が
「あれ?狛ちゃん先に来てたのか、待たせちゃったかい?ごめんよ」
「あ、いえいえ!私も今来たとこ、ろ…で……」
呆然とする狛の目の前に現れた京介は、いつもと全く同じ法衣を纏った姿であった。ご丁寧に愛用の刀を入れた竹刀袋も肩から下げていて、まるでこれから
(え?え…?いつもと同じ格好…?デートなのに?刀持参…で?)
「どうかしたかな?どこか体調でも悪いの?」
京介を凝視して固まる狛が何を考えているのか、京介にはまるで解っていない。とはいえ、彼に悪気はなく純粋に心配をしているだけである。狛の人生初のデートは波乱の予感を含ませて始まったのだった。
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