第152話 反逆の狼煙
クリスマスが終わって数日、いよいよ正月が到来である。
狛はあの翌日、真がまた出て行ってしまった事を知った。このまま一緒に暮らせるのではと期待していたようで、黙って再び出て行ってしまった事に一筋の涙を溢していたものの、分家の家族達が入れ代わり立ち代わりに本家を訪れるので、あまり悲しんでいる暇はなかったようだ。
その内に年末年始の準備が始まって、あっという間に元日を迎える事となった。そんな元日元旦の午後のことだった。
「狛ぁ!久し振りだなぁ!元気だったかぁ!」
「
170cmを超える狛を軽々と抱き上げているのは、
「真の奴、戻ってきたと思ったらすぐまた出て行ったらしいなぁ?」
「うん、ずっと追ってる妖怪がいるって…でも、お父さんならきっと大丈夫。すぐまた帰って来ると思うよ」
「……そうかぁ!」
実のところ、
「他の年寄連中はどうしたぁ?」
「皆もう来てるよー、あと来てないのは……
「槐か、アイツは相変わらずだなぁ…」
よって槐も顔を出すはずなのだが、今日はまだ姿を見せてはいなかった。
「槐の奴はまだ来んのか?全く、あやつは分家当主としての気構えが足りておらん!」
そう怒っているのは、6人の分家当主の一人、
なお、分家当主達の中で最高齢なのは97歳の
ちなみに退魔士になるのは本家分家を問わず、全一族の中から才のある者だけが選ばれるのだが、分家の中でも
「まぁまぁ、仕方あるまいよ。やつの調査部には盆暮れ正月などないのだ。もしかすると、厄介な仕事でも引き受けてくるかもしれんぞ」
そう宥めているのは、
その横で頷いているのは
本来、ここに槐を加えた計6人が現在の犬神家分家当主達である。そして彼らを取り纏め、その上に立つのが、最も多くの犬神を従えた本家当主の拍なのだ。
「槐なら直に来るだろうから、先に初めるとしよう。えー…皆、今年も無事に集まってくれてありがとう。一人も欠ける事なくこの日を迎えられて、俺もホッとしている。また色々と大変なこともある一年になるだろうが、我々全員が力を併せて乗り切っていけるよう、俺も当主として精一杯努力するつもりだ。皆もよろしく頼む。それでは、本家分家共に益々の発展を祈って……乾杯!」
「乾杯!」
拍の挨拶に続けて、5人がお屠蘇を一息に呷る。これも犬神家で作る特製の屠蘇だ。神饌として造っている酒に屠蘇散を加えて作る為か、実はかなり強力な神性を帯びており、これだけでも邪気を払う効果がある。まず各当主達だけが集まってこれを飲み、その後親族が集まる大部屋へ移動して新年を祝うのが、犬神家の恒例行事なのである。もっとも今回の槐のように、遅れたり仕事でどうしても参加できないパターンもあるので、多少は自由が利くようだ。
「さぁて、里の料理は久し振りだなぁ!これが正月一番の楽しみなんだよ~!」
どしどしと足音を立て、
「全く、
「おらんおらん。外から嫁を貰ってこようにも、あの堅物ではなぁ。知っとるか?アイツ見合いの席で緊張のあまり…ああ、神子さんとこの桔梗さんなんかどうじゃ?歳もそう離れとらんじゃろ」
「
そんな老人達も、あーだこーだと大きなお世話を相談しつつ大部屋に入って行く。既に子ども達や若い世代は準備が整っていて、揃ってご馳走を食べるのを心待ちにしているようだった。
「さて、それじゃあ始めるか」
全員が移動し、拍が合図をしたところで、一斉に宴が始まる。槐はまだ到着していないが、6家族分の大所帯だ。幸せな団欒の時間が、いよいよ始まった。
数時間後、そろそろ陽も暮れようかといった時間に差し掛かった時、ようやく槐が現れた。たった一人、相変わらずの冷たい気配を纏いながら槐は車から降りる。その口元に、薄っすらと邪悪な笑みを浮かべながら。
「ん?おお、来たか槐!遅かったな、何かあったのかぁ?」
庭先に現れた槐に、最初に気付いたのは
「
「なに、を…?えっ?」
痛みを感じた
ちょうど皆に背を向ける位置関係になっていた為に
「え、槐!貴様一体何をしおったっ!?」
真っ先に動き出したのは
「
ちょうど縁側の
「のわっ!?な、なんじゃ!」
「な、なにあれ…?」
それは狛にも見覚えのない存在である。妖怪というより怨霊と呼ぶ方が近いだろう。彷徨う亡霊を何者かが使役している、そんな風に見えた。
「槐、一体どういうつもりだ?何故、
「ふん、
拍の問いかけに、槐は不敵な笑みを浮かべて答えた。そして、呆気に取られる全員の前で、両手を広げ、高らかに声を上げる。
「本日、この時をもって、犬神家の全ては俺が頂く。…蜂起だ!俺達が待ちに待った、ようやくこの時がきたのだ!」
犬神家の長い歴史に、癒えることのない深い傷跡を残す一日が始まろうとしていた。
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