第124話 狛と京介
「いっ、痛ぅ…!な、なぁ…もうちょっとこう、なんとかなんねーか?」
痛みのあまり、猫田の顔が歪んでいる。偽物の狛を倒した二人は、そのまま地底湖の畔で狛と京介を待っていた。今はその合間に、
「動かないで下さい、私の
猫田は全身に傷を負っていた分、治療時の反動がかなりキツイらしい。京介の使う
もっとも、妖怪である猫田は元々自己治癒力が非常に高い。しばらくは痛みが残るだろうが、少し休めば完全に治るはずだ。土の壁にもたれ掛かりながら、猫田は涙目になって痛みを堪えている。
「っつ…!まぁ、欲をいうつもりはねーし、感謝してんだぜ、ありがとな。さすがにあれだけ貰うと、自力で回復すんのはちょっとしんどかったからよ。…イテェ!」
かざされた手の温かみを感じつつ、猫田は感謝の言葉を告げる。
(本当に、
決して内心を表に出さないようにしつつ、
それを望んでいるのは、他でもない、槐自身であるのだが。
(槐様は妖怪を手駒として扱っている。そうでなければ、時に命を懸けさせる命令をすることが出来なくなる…或いは躊躇う事に繋がるから。それが間違っているとは思わない、けれど…)
現在、狛の元に集っている妖怪達は、狛という人間に惹かれ慕っている者達ばかりだ。何の強制も拘束もない関係だが、それだけに強固な信頼関係が構築されていて、いざとなれば、妖怪達は自らの意思で狛の為に命を懸けるような行動に出るだろう。槐と狛のその差が何をもたらすか、
「しかしよぉ、アイツらどうしちまったんだ?全然上がってこねーなんて…やっぱ助けに、痛ってぇ!!」
「…無茶を言わないで下さい。まだ治療も終わっていないのに水になんて浸かったら、ただでは済みませんよ」
動こうとした猫田の脇腹を、
(狛は普段からだいぶ甘やかしているようね。こんなに言う事を聞かないようでは、いざという時に困るでしょうに…)
溜息を吐きながら、
猫田達が偽物の狛と戦っている頃、本物の狛は水中に落とされて身動きが取れずにいた。狛は泳げないわけではないのだが、蔵の地下に入る前に、いつも通り制服の上から
「な、何かに引っ張られてる…!?く、苦し…」
水中に落とされてから、狛の足を引く何かがいるようだった。どうやら地底湖そのものにも潜んでいたらしいが、水中に落とされるまで気付けなかったのは失態だ。しかも水中では霊符を使う事もできず、成す術がない。狛が意識を失いかけたその時、誰かがその身体を抱き締めて、救い上げてくれた気がした。
(ん、んん………なに…?何か口に当たって…え?)
「っ!?」
「うわ!?だ、大丈夫か?」
意識が覚醒し、狛は飛び起きた。すぐ隣には京介が座っていて、どうやら介抱してくれていたらしい。同時に吐き気が来て、思いきり咳き込みながら水を吐き出した。背中をさすってくれている手が温かく、気持ちがいい。少しの間そうしていると、やっと落ち着いたのか、狛は思考を取り戻すことが出来た。
「あ、ありがとう…ございます。すいません、汚しちゃって…」
「気にしなくていいさ。これでも元医者でもあるからね、こういうのは慣れてるよ」
優しく笑いかけてくれる京介の顔を見て狛は安心すると同時に、さきほど目を覚ました瞬間に感じたものを思い出していた。
(さっき目を覚ます前に、口に何か当たってたような…も、もしかして…!?)
それに気付いた時、狛の顔が真っ赤に染まる。狛も無知ではないので、こういう時に何があったかは想像がつく。とはいえ、人工呼吸が人助けだと解っていても、ファーストキスと結びつけてしまうのは、少女ならではだろう。
「あ、あの…」
「ん?どこか苦しいかい?痛い所とかあったら教えてくれ、遠慮はいらないよ」
キス…ではなく、人工呼吸をしましたか?と聞くのは恥ずかしく、狛はそれ以上言葉を続けられなかった。そんな事を聞くのは狛の方が意識をしているみたいだというのに、当の京介は全く気にも留めていないようだ。元医者と名乗るだけあって、純粋な医療行為なのだろう。
(うううう、は、恥ずかしい…!でも、助けてもらったんだし、そんなの気にしちゃダメだよね!)
頭を抱えてブンブンと振っている狛の様子に、京介は訝しんでいるようだ。普段からあまり若い女の子と接する事がない男なので、狛の考えていることはまるで解らないらしい。
(頭が痛いのかな…?特に怪我は無さそうだったが)
彼は本気でそう思っている。それが秋月京介という男であった。
「あの、ここはどこ…なんですか?」
やや間を開けて、気持ちを落ち着けてから狛は尋ねた。意識を取り戻してから今まで、恥ずかしさで一杯だった為にそんな疑問を抱く事すら忘れていた。洞窟の外に出たわけではないようだが、猫田達とはぐれてしまったのも気のせいではなさそうだ。それに気付くと、にわかに不安な気持ちが湧いてきて、身体が震えた。
「どうも少し流されてしまったみたいだ。この地底湖、見た目よりずっと大きかったんだな…」
そう言いながら、京介は焚き火に木をくべている。濡れて冷えてしまった身体が温まるのは嬉しいが、少し火に当たってから狛はハッと気づいた。
「え?焚き火?!どうやって…?」
そうだ、ここは深い洞窟の中なのだ。何故こんな場所で焚き火が出来て、薪になる木があるのか、そんな疑問に狛はようやく気付いたらしい。その様子に苦笑しながら、京介は火の加減を見つつ答える。
「どうやらここは、やはり人工の洞窟みたいだよ。少し奥を調べたら保存食や薪を作る作業場のようなものがあったんだ。さすがに食べられるものは無かったけどね。まぁ、この薪だって一体いつから置いてあるものなんだか…」
通常、薪を薪として使うには、使用期限のようなものがある。大体3~5年ほどで腐るか燃えにくくなるなどの限界を迎えるようなのだが、ここは古代の古墳と、恐らくそれに繋がる洞窟だ。少なくとも千年単位で放置されていたもののはずだが、どうして腐りもせずに残っていて、普通に燃えているのかは謎であった。
京介は首を傾げながら、まともそうな薪を選んで焚き火にくべている。狛も驚きながら、今は温かい火にあたれることが嬉しくて、火の傍で大人しくしていることにしたようだ。
ふと視線を焚き火からずらすと、そこには見知った制服と着物が大きめの石に掛けられ、干してあった。
(あれ、私の制服にそっく、り…え!?)
狛はそこで、ようやく自分の置かれた状況を完全に理解できた。あそこに干してあるのは自分の制服と九十九である。つまり。
「き!キャアアアアアアアッ!」
その時上げた悲鳴は、人生で一番凄まじいものだったと、後の狛は語っている。広い洞窟内に響き、こだまする狛の声が猫田達の耳に届くのに時間はかからなかった。
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