第5話 秋の十六夜はもう出てこない。

 双子の片割れが突然私の方を見た。


「水、買ってくる。」


 いきなり、たった一言だけ残すとその少女は突然走り出した。韋駄天もかくやという速度で。あんなに足、早かったっけ? 小学校のときは同じくらいだったのに。なんて懐かしむのはきっと現実逃避で。隣にいるまーくんの存在を意識しないためだ。


「あのさ。ちょっといい? 」


 急に止まったまーくんが今までに見たことのないほど切迫した顔で私を見た。何が起こるのか検討もつかず、とりあえず愛想笑いを浮かべていた。そんな私に向かって、まーくんは綺麗な直角の礼をしつつ、その骨張った手を差し出した。


「好きなんだ。」


 私を簡単に動揺させる魔法の言葉。でも、まーくんから聞けるわけがないと諦めていた妄想の中の空想。そう、思っていたのに。

 頬が紅潮する。胸が耳元で高鳴って仕方がないのだ。心臓が口から出てしまいそうだと比喩なしに思ってしまう。期待、してしまう。


「春乃。付き合ってくれ。」


 しかし、魔法は所詮、魔法だった。


「まーくん。私は秋乃です。」


 そう口に出した途端、灰被りの少女と自分が同じように見える。人の噂で装って、綺麗に本音を化粧して、純度百%の嫉妬を履いている私が、魔法が消え散って虚しささえも感じられないほど惨めな気持ちになった、あの灰被りと。


「あなたが春乃と付き合うための相談を受けていた秋乃です。そのせいで周囲に付き合ったと誤解された秋乃です。そのお詫びとして今日、お菓子を頂いた秋乃です。残念ながら、あなたが放っておいた噂に悩んでいる春乃ではございません。ご期待に添えず申し訳ないですね。」


 あえて事務的に淡々と述べれば、彼は簡単に顔色を変えて、謝った。下げた頭は告白から謝罪へと変化した。いつもならその頭を撫でてあげたくなるのに、今はもはや殴りたい。 さっきまで必死に抑えていた心臓も、今は何もせずとも平常通り。不思議だ。あれだけ焦がれた人も、気持ち一つで只の雰囲気イケメンに様変わり。なんだか夢から醒めたような気分だ。


何度も謝罪を繰り返す彼に、ため息を一つだけを置いてその場から立ち去った。


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