[ 一章 ]
1999年12月20日。大国ロシアが抵抗をつづけるウクライナに対し核の使用を辞さない構えを表明していた頃、日本列島では27年ぶりとなる冬の台風襲来の異常気象に見舞われていた。台風一過、東京渋谷の夜の気温は摂氏0℃、いたる所にゴミが飛散し、慣れない寒さとはじめて迎える世紀末への不安緊張から行き交う人々の表情は硬く、荒野を流浪するジプシーのようにみえる。そんないつもの年末とは明らかに違う不穏な空気のなか 迷える人群れを裂き、モーゼのごとく縦断する一人の男がいた。
映像記録には残されていないが、当時の事件をずっと見ていたホームレスの永島宏(仮名 56)さんの証言によると、男はリヤカーを引き、陽炎のようにどこからともなく現れたという。極寒のなか裸身に薄い白布を纏っていたので、ホームレスにしては妙だな、流行りのコスプレか何かだろうとみていた。一際目立つ格好なのに、周囲の人間は誰一人気付かぬ様子だったという。気づかぬふりというより、歩きスマホをしたり、仕事疲れで身体が俯いてしまい、ほんとうに目に入らぬようであった。一瞬永島さんは自分にしか見えない幻、幽霊か透明人間のように感じ身震いしたという。
男は終始無言だった。連れもいなかった。永島さんの座っていたちょうど向かいにある鉄柱を背にリヤカーを停めると、大きく伸びをし、深呼吸し、次にリヤカーの積荷から2ℓサイズのペットボトルを取り出し一気に飲み干す。透明な液体だったのでおそらく水と思われる。
永島:
「 巨大な白布を広げると大きく「無人」と書かれてました。達筆な字です。そこに袋から取り出した50センチ四方のQRコードを貼り付けました。私はスマホを持ってませんでしたので、気にはなりましたが、ただただ男の動向を窺ってました。今思えばここからすでに彼の劇場は始まっていたのですね。 」
男の名は「
(ここから「木崎貴之」とは別に、彼の脳内の別人格は、彼の言葉を借り「無人」と呼び分けている。)
事件2週間前、「木崎貴之」は新宿の某整形クリニックで手術を受けている。取材を申し込むと丁重に断られたのだが、施術は認めている。両親が知る顔とはまったく別人なのも無理はない。声も昔の印象とはだいぶ違ったようだが、それも後述する「荻窪アクターズスタジオ」で長年ボイストレーニングをし鍛錬を積み重ねた結果と思われる。
貴之が失踪してからの4年間の足取りを追ってみると狂行に走る前から綿密に計画していることがみえてきた。
'95初夏。貴之は東京の駒込に家賃2万、6畳一間、トイレ共同風呂なしアパートを借り暮らし始める。早朝5時ごろ家を出て深夜の12時をまわる時刻に戻る生活をしており、近隣の住人に出くわす機会はほとんどなかった。住んでいることさえ知らない住人もいたほどだ。家出する際、両親と協議の末、手切金として2千万程受け取っており、さほど生活に不自由はなかったはずだが、その割に当時の一般男性に比べると明らかに生活は地味であった。部屋にはちゃぶ台、布団、使い古しのスニーカー1足。衣装ダンスに服はグレー色のシャツ、ジーンズが2着ほど。飾りっ気がまるでなく、一見引越直前に仮住まいする態であった。流行りに何も関心がなかったのだろうか。まだ何も犯行に及ばぬ時期から注目されぬよう意図的に身を窶し振る舞っていたふうにもみえる。ただ注意すべきは、部屋の実況検分が行われたのは事件後であること。もしかすると決行直前に自ら証拠隠滅を図った可能性もある。契約書類も残っておりPCやスマホが家にないとは考えにくいのだ。
仕事もアルバイトもしていない彼が、熱心にどこへ通っていたかといえば、「荻窪アクターズスクール」である。厳密にいえば土日月週3回スクール通い。土日は主に他の生徒と共通のメニューもこなすが、月曜は他に通う生徒もいなかったので特別メニューのみとなる。火曜木曜がネットカフェ、図書館等の往復でこまめに情報収集をし、水曜金曜が筋トレジム通いで、時折スーパー銭湯やらサウナで汗を流していた。同じ場所に足繁く通い詰めていたので、印象に残りそうなものだが、当時のスタッフに聞いても特に変わった様子はなくお得意さんくらいの記憶しかないそうだ。
「荻窪アクターズスクール」といえば怪しい宗教じみたワークショップを行うことで知られる俳優養成所である。'92 5月 常習的に大麻を使用しているとの通報があり、一度警察にガサ入れされている。ブツは発見されたが、生徒の主張により、個人で所有していたものとして、運営側は放免されている。
ニュースに取り上げられたことで、別に火がついたのが教室の内部であった。ベンチプレスやサンドバック。格闘技で使用するようなリング、カラオケ機材、小道具とされるSMさながらのボンテージ衣装。パソコンや心電図をはかる時に使用するような特殊な機械まである。そして何より世間を驚かしたのは、天井に描かれた巨大な曼荼羅絵図だった。一体どのような訓練が繰り広げられていたのか。ワイドショーが食いつくのも無理はなかった。SNS上でも多くの憶測が持ち上がり、一連の騒動は数ヶ月以上にわたってつづく。その影響で、翌年2月、マスコミを避けるように荻窪駅前から駒込付近に拠点を移している。「 荻窪アクターズスクール」という名は当時の名残である。
会長は「
劇団「
髙井:
「 もちろん木崎のことはよく覚えてます。出会ってひと目みた時から彼は只者じゃないとわかりました。こうなることは、ある程度予感しておりました。
入団を希望されたので、その日のうちに契約を交わしております。訓練では実験的に色々試しましたが、センスが他の生徒とはまったく比べものになりませんでしたので、最終的に特別メニューをご用意しました。 」
気になる特別メニューの内容は機密事項ということで固く口を閉ざされた。しかし後日、非通知で「 荻窪アクターズスクール」の生徒を名乗る者から電話があり、匿名の条件つきで様子を聞くことができた。
生徒:
「 午前メニューは他の生徒同様一般的に行われる筋トレ、ボイストレーニング。午後から単独となり、2階の特別室で瞑想のようなことをしていました。日によっては獣のような大きな叫び声が聞こえたり、泣き叫ぶ声や高笑いもよく耳にしました。喧嘩するようなやりとりも多く、次々声も変わるので本当に一人だけなのか疑問を抱くほどでした。 」
しかし、入室するのは決まって木崎だけだった。扉はひとつしかなく、まるで手品のようだったという。
生徒:
「 ある日、一人の生徒が高木先生に異議申し立てをしたんです。なぜ木崎だけ特別扱いするのか。我々とどう違うのか、一度木崎に実力を示していただきたい、と。
衝撃でした。あの日の即興は、今も目に焼き付いてます。刺すような鋭い眼光、獣のような唸り声。あれは本当の悪魔です。
少なくとも木崎ではありませんでした。 」
私は無人です。
世界の皆さん、どうかわたしの話に耳を傾けていただきたい。
10分間ほどの沈黙につづき、開口一番おもむろこう切り出した。透き通るつぶやくほどの小さな声だったが、スピーカーとつながれているようで対面で遠く離れていた永島さんにもよく聞こえたという。
永島:
「 突然のことでしたので、一瞬街の動きがとまりました。けれどもまた何事もなかったかのように息を吹き返し、男に関心を持った人はまだいなかったはずです。寒い日でしたし、足を止めてまで聞く人はいなかった。暇にしているわたしだけがドキドキしながら観察しておりました。 」
わたしの命は永くありません。
今夜限りの命です。
また亡くなり闇に送られるまえに、どうしてもあなたがたにお伝えせねばなりません。
今すぐ信じてくれとはいいません。
わたしが何者であったかなど、そのうち気づくことです。
ただ今はもう時間がないのです。
耳に流し入れ、聞いてもらえるだけが本望です。
永島:
「 少しずつですが、足を止め、聞き入る人が現れました。それに釣られて一人、また一人と足がとまりました。 」
わたしは無人です。人ではない、かつて人でもあった何者かです。
あいつ何言ってんの?
頭おかしいんじゃない
病院いったほうがいいな
通報する?
永島:
「 はじめは誰も信じてなかった。ただの狂人だろうと野次馬根性での高みの見物でした。 」
でもさ、よくみるとイケメン
キリストみたい
海外のミュージシャンにいそう
怪しい感じがヤバくね
なんか面白そう
永島:
「 まだ通報するほど危険な感じもなかったので、冷やかしながら、しばらく遠巻きに写メを撮ったりしてました。
ですが、真摯に訴えかける、ただならぬ彼の気迫を感じるにつれ、もしかしたら本当かもしれない。無人なのかもしれない。そう思いはじめる連中も現れました。 」
≪ おい、みろよ。≫
永島:
「 誰かが誰かにいいました。スマホからQRコードにアクセスしたようです。
リンク先はどうやら現状をLive配信する映像のようでした。知ってか知らずか、さまざまな書き込みが増えていて、この場にいない人間らも、また別の賑わいをみせていることが話の内容から伝わってきました。 」
(このLive配信は録画され、しばらく視聴可能だったが、噂が噂を呼び、体調不調を訴える者、自殺する者が後を絶たず、管理者判断により一時休止されている)
よっ ノストラダムス!
永島:
「 誰かは知りません。からかい半分野次を飛ばす声がしました。一瞬笑いが起きましたが、微動たりもしない無人を見返し 少しずつ聴衆に恐怖が生まれます。一体この男は何者なのだろうと。 」
・
わたくし同様いづれ皆さんも死にます。
老いも若きも準送りに、例外なくです。
妙なはなしですが、死なないと生の有り難みに気づかない。
死後の悠久の長さに比べれば、一生は一瞬でした。
しかしそう気づくのは、失ったあとです。大切な人を亡くしてから、有り難みに気づく経験は誰にもありますでしょう。
自身の喪失もまったくそれと同じなのです。
「 質問いいかな。 」
永島:
「 後方にいた紺のスーツ姿の男性から声がかかりました。 」
「 もしあなたの言ってることが本当だとして、じゃあ我々も死んだらあなたと同じ道を辿りますか? 」
‥‥死んであなたの意識がどうなるか、それは私にもわかりません。もしかしたら私のように意識が残る可能性もありますが、私だけに与えられた特権のような気もします。
すみません。わからないのです、本当に。私も運命に翻弄されてるうちの一人だからです。
「 死んで誰かに会えました? 」
残念ながらまだ誰ともお会いしたことがありません。神にもです。絶対的に孤独でした。
聴衆に「なにそれくだらね」「嘘だ出鱈目言うな」と動揺が走る。無人は制するように話を続ける。
ですがかえってそれが良かったのかもしれない。自分の人生経験で身につけた智慧だけを頼りに、幾日も幾日も考えつづけました。おそらく人として生きた頃の何十何百倍の問いと解答を得たはずです。もちろんそれでも解けない謎は世界じゅう無数にあるのですが、いまこうして奇跡的に話せる立場となり、要所だけでもお伝えできればと思っている次第です。
数秒の静寂。
謎に包まれた死後の世界。人間誰しも関心がおありなのは重々承知しております。
気休めなのかもしれませんが、わたしはこんな想像をしてます。
生きる生活のなかで、ふと誰かの気配を感じることはありませんか。
これも命を失くした者にしか会得できない感情なのですが、そうそう
あなたは自分の意識と視野でしか世界を見れませんが、もしかしたらあなたの意識の隣に死んだあなた以外の縁人が立ってるかもしれません。じっと黙っていて繋がる関係は断たれてますが、側からあなたと同じ視界で見守っておられる。ご先祖様に見守られているというのは、どの宗教もおなじ考えかたですよね。つまりそれはきっと正解なんだと思う。
永島:
「 聴衆は心を掴まれました。説得力がありました理屈抜きに。その場にいた人間にしかわからない感情ですが、我々が無意識下で期待していた答えを、男は涼しい目で超然と言ってのけた。嘘を言っているようには見えませんでした。今思えば不思議ですが、この時は完全聞き惚れておりました。感動のあまり涙ぐむご年配もいたほどです。どこからともなく手を叩く音がしました。最初は数秒かけてまばらに。しだいに手を叩く人が増え、最終的に大きな拍手喝采となりました。いつの間にやら取り囲み警備にあたっていた警察もいましたが、明らかに動揺してましたね。噂を聞いたマスコミ陣まで駆けつける始末で、当時の映像を観ていただければその熱狂ぶりも伝わるはずです。 」
【 労働の価値 】
人はなぜ本来為すべきことを退き、休みを惜しんでまで働き生きるのか。わたしは人間の折からその行為が不思議に思ってました。生きるため生計を立てなければならない、それはわかります。ですが多くの場合、貯蓄が潤ったとしても、その欲求が飽くことはありません。仕事、仕事、仕事。ひどい人は幼少の頃から将来の仕事に向けての準備作業を強いられ勉学に励みます。成功すれば確かに生活は楽かもしれない。しかしそれだけです。他の為すべき大切なことは何も知らない。人間の中身は無味乾燥なまま、使いきれない金銀財宝を抱え人生を閉じるのです。
古来生きることは食べること、狩ること、耕すことでした。物々交換、商業の発展により貨幣経済に移行した今にも飢餓への恐怖だけが残り生きることは働くことという概念が神格化されてるようです。けれどもここに矛盾が生じます。昔のように一生我武者羅働かずとも食っていけるほど人類は発展を遂げました。余裕が生まれたのです。だのに人はまだ馬車馬のごとく働き続ける。或いは怠け者となり誰かに依存し自分の遊楽に時間を費やす。
長年人間を見てきましたが、大凡ほとんどの人間がこのどちらかの道を辿ってしまってます。凝り固まった人間世界の価値基準 負のスパイラルから抜け出せなくなってしまっているのです。
大局を見ようではありませんか。
控えめに言っても今の地球が良い方向に向かっているとはいえません。それはこうした人間の劇的増殖(人口爆発)、それに伴う中身の薄っぺらさが元凶なのは、目に見えて明らかです。
あなた方のいう神という存在が、これを見たら、さぞお嘆きになるのではありませんか。
(ざわめく聴衆)
期待を裏切るようで申し訳ないですが、私は神でも神の使いでもありません。ですから仏陀やキリストのような預言者とは別物です。
「 あんた 何者なんだ? 」
長い沈黙の末、こう切り出した。
わかりません。
「 わからないってなんだよ 偉そうに
人をばかにするのもほどほどにしろ 」
苛立ちを隠しきれない聴衆からまた罵声が飛び交う。少しも動じず、静観していた無人だったが、蠅の止まるような速さでじっくり両腕を天に掲げると再び聴衆は水を打ったように静まり返った。
わからないことだけはわかっております。もしかしたら私もみなさんと同じように神の手中で操られている劇の一環なのかもしれません。
ですから正直に言います。
私もこれからどうなるのか どうすべきなのか あなた方と同じで 何も見えていません。ただ立場上 すべてを明かしたいと それだけ願っているのです。本当のこと 私が経験し得た すべての事実 考えを できるだけ多く みなさんにお伝えする義務を感じております。
いまは半信半疑で聞いておいてもらって構いません。真実か否か それは後から調べればわかることです。真実でなければ聞く耳持たないというのであればそうなさってください。気のすむまでお調べになればよろしい。
・
人を退いたいま、いかに人であることの固定観念、常識に呪縛されていたかを痛感しました。そうとなれば不思議なものでどうしても人に伝導したいとの思いでいっぱいになった。かつて私も曲がりなりにも人でありましたからやはり情が断ち切れなかったのでしょう。
何年も何百年も待ち続けました。そしてようやくにしてこのような奇跡が舞い降りたのです。
これからわたしの話す考えかたは、皆さん受け入れ難いものばかりです。しかし人外の見知を知る稀有な機会となるはずですので、どうぞ心して傾聴いただきたい。人の生き死にがかかってます。
【 宗教への懐疑 】
神は実在するのか。
もしいるのだとすればそれはどの国の神でしょう。どの宗派の神なのでしょうか。
唯一無二、無人である私さえまだ神を知りません。ここに帰着できた奇跡こそ神の御業かもしれませんがその肝心の神の存在を私はまだ知らないのです。そこでどうしても腑に落ちないのが人の作りし宗教です。
たとえどんなカルト宗教、宗派であれ厳しい苦行をし 極め行き着く先は、自分の内世界の高みであり、現世の世直しに落とし込む所業には至らぬところに人間都合のきれいごとを感じております。
祈りだけでは世直しとはいえません。人のためではあるかもしれませんが、決して世のためにはなっていない。短い人生を賭して自分一人が解脱するため修行に励むくらいなら、 いっそ自然に帰り、自然界のライフスタイルに準じた生き方で極力自然を穢さぬよう自然に近いものを食べ自然に近いかたちで排泄をする。 無に帰するほうがよほど世のため と私は思うわけです。
もし仮に一派の世界宗教だけが世界じゅうで信仰されるような統一化が成されたら 宗教ははじめて世のためとなるやもしれない。世界平和がやってくるかもしれない。しかし現実問題宗派はますます混沌を極めるばかりだし それはあり得ない話です。ですから現状このように分断し合って歪み対立し戦争する宗教というものは、理想とはかけ離れ、個の平穏と引き換えに世を乱す矛盾を孕んだ教義に思えてなりません。
「 冒瀆だ! 天罰が下るぞ! 」
なるほど。大変興味深い意見です。
ご安心なさい。わたしはもうすでに重い十字架を背負っています。もしほんとうにあなた方のいうように神が存在するならば、私は間違いなく地獄ゆきでしょう。
宗教家の方でしょうか。
もう少し詳しくお話しできませんか。できれば挙手願いたい。
(手はどこからも挙がりませんでした)
そうですか‥ 私はそれほど深く、宗教を解しておりませんので、間違っていれば正していただこうと思ったのですが‥
【 世界を愛せ 】
たしかキリストの教えでは「隣人を愛せ」というのがありましたね?
当時その教えはすごく民衆に響くものだったと歴史に記されてますが、わかります。 圧政に苦しめられていた民からすれば、あまりの苦しみに隣人さえ敵に思えたことでしょう。時代に愛された宗教だったのではないでしょうか。
ですが 時代は移ろいました。
キリスト以降、宗教モラルが血肉化したおかげで もはや世界じゅう隣人愛の取り組みで溢れています。溢れすぎそのラブコールは形骸化してしまって どこかしら冷めている感さえある。隣人に対し、近視眼的になりすぎた今の時代 この教えは不釣り合いに思えてなりません。
むしろ複眼的に視野を広げ「世界を愛せ」とすべきじゃないでしょうか。
キリストは隣人から世界へ愛を広めたいと考えていたはずです。しかしその考え方では世界がもたない。人間はキリストの考えるよりはるかに幼すぎたのです。愛が世界に到達する前に 人間は隣人で力尽きている。そのまた次の子も また次の子もまた 先代と同じようにして 途中で生き倒れるのです。
まず救うべきは足もとから。
生きる大地を失っては、愛すべき隣人も何もかも失うことになる。
自然を愛せ 地球を愛せ 大地にキスをせよ と私は説きたい。
【 不都合な真実 】
拝金主義に陥ってはいないでしょうか。
動物はお金を払えません。支払うのはいつも人間。貨幣は人間の作り出したものですから、道理で人間都合にうまく出来てる。しかし取り残された動物たちはどうなるか。絶対的権力を誇る人間に温情してもらうには金を支払えぬ以上、隷属する他ない。食料として命を差出すか、愛玩として飼われるかしか道はありません。
人には花を愛でる習慣があります。花を売り買いするのも、花を隷属させているのと同様です。知性がなくとも生き物であることには変わりないからです。
もはや資本主義は限界にきている。
余裕がなければ、困窮し食べるのが精一杯に陥り、環境保護どころじゃない。かといって余裕が出れば、暇を持て余し人生の大半を娯楽に投じる。
兎角人は闇雲働きすぎなのです。働く時間とそのストレスを吐きだす時間、それらに人は人生の大半を費やしてる。いったいどこに地球に有益な時間があるというのか。せいぜい老後のボランティア活動くらいでしょう。
力の差があり過ぎる故、人々はヒエラルキーの頂点にいることすら忘れている。無自覚な暴君ほど罪深い者はない。われわれは自らの圧倒的力を知らずして他の生き物に対し乱暴を振るっているのです。
文明の利器は諸刃の剣。
人は自然を生け贄に利器を乱用してきた。
生き戻り、自然に帰らねばならない。進化の誤りを正し、一度まっさらな状態に巻き返さねば、恥の上塗りを続けるだけ。軌道ずれした歴史の踏襲は、滅びにむかう一本道なのです。
・
ジブリのアニメ映画【天空の城ラピュタ】のなかにこんなセリフがありました。
《 人は土から離れては生きていけない 》
あなたは今 地上に立っています。
しかし厳密には 地上とはいえません。
先代の人が人工的につくりだした 何層にもわたる 人工物の床の上に生きてます。都会には土がありません。匂いもしません。
いづれ地上に立つことも触れることもできなくなった人類は 自ら生み出した箱庭のなかで 自然を知らず一生を終えるようになる。死ねばまた自然に帰る人間が、です。それは明らかに不自然です。
国連が提唱するエシカル、エコロジーなSDGsの取り組み‥ 近年 「不都合な真実」にようやく気づき 人類は、環境保護の取り組みを急速に進めていますが 事は一刻を争います。人類はもっと過激に自然回帰を推進せねばならない。
もっともっと人間社会を根底から疑い、切り崩し、原始レベルまで初期化せねば間に合わないところまで来ています。
しかし哀しいかな、これだけ世界は広く、世界中に人間が溢れていても、地球のほんとうの悲鳴を聞き分けられる人間は誰一人いない。人間である以上、人間の外から世界を俯瞰できる人間は存在しないからです。科学者、宗教家さえもです。
《 いづれ あなた方にもわかる日が来る あなたが人でいられなくなった日 あなたは人でいたことを思い知らされるでしょう 感謝したり 嘆き悲しんだり 後悔したりするかもしれません そして ようやく気づくのです かつてわたしは人であった者 無人だったのだ と 》
【 性悪の遺伝 】
これはおそらく人間救済の宗教の教えと最も相反する見解です。嫌悪される方も大勢いらっしゃると思います。心して聞いていただきたい。
あなたがたは少子化をどう思われますか。産めよ増やせよで子作り子沢山を推奨する国策に右へ倣えでしょうか。
この考えに無人としてわたしは警鐘を鳴らしたい。
人類を存続させるためには、子孫を残すのが最低条件であるとは理解しているつもりです。しかしただ単純に子を産み続ければ解決する問題でもない。むしろ今のまま子を産み続ければ、意識が刷新されぬまま、悪循環がまわり続けるだけです。
人は今以上、もっと懸命に克己せねばならない。多少命を縮めてもです。それくらい真剣に生きろと言っている。
その力への意志もなしに ただただ子を生産するだけとあっては それは性欲に駆られた野獣、性の
誓って言いますが、わたしは特別子供が嫌いなわけじゃない。それどころか大人以上に子供を愛してます。どこまでも澄む可能性に満ちた子どもの瞳にはいつも救われます。けれども心を鬼にしてわたしは言いたい。易々と子を産むな と。
途上国では格差の激しい貧民が労働の担い手として子を産んでいる。「産んでくれてありがとう」とは言いますが、産まれて傷つくのは子供たちです。粗悪な未成熟の人間が、自分の遺伝子を遺したところで状況は何ひとつ改善しません。
優先すべきは各々人間自身の意識改革です。とはいえ超人的進化を遂げ、博愛にいたるには、遠大な時間が必要ですから 人生賭してもそこに到達し得ずとも、せめて目指す 克己心だけは腐らず持ち続けてほしい。子育ては二の次ということです。
【 自殺の幸福 】
これに付随して自殺に関する価値基準も更新すべきです。先立つ不幸とする遺書の定型がありますが、あれは典型的な誤解を生む例です。死ぬこと自体そんなに悪びれるものじゃない。自殺が不幸と誰が決めるのか。それは遺族です。遺族側に対し不幸と言っているならわかりますが、自殺が本人側の不幸とは断言できない。
善悪を議論するうえで安楽死問題がありますね。回復の見込みがない癌などの病気で延命治療をされている、痛みで苦しまれている場合、本人がそう望むのであれば死なせてあげるべきじゃないでしょうか。自殺幇助となると、これは法律上許し難いことかもしれませんが、しかし硬い決意のもと やってしまったからには その先はもう次元のちがう話で、むしろその蛮勇を讃えてやるべきかもしれない。
生きてさえいればきっと救われる。良いことがある。それは健康な人間だからこそ言える話です。医者から見離され 治る見込みがないと悟った人間からすれば 逆に生きる選択こそ不幸だとお思いになりませんか。
これもまた人間都合の詭弁というわけです。
【 尾崎豊について 】
もうひとつ自殺の例を挙げます。
先刻お亡くなりになった尾崎豊さんの話です。
彼が他のアーティストと異るのは、純粋直向きに社会に抗う音楽家だったから。モテたいなどの煩悩丸出しな不純な動機から発動するでなく、ただただ自分の信ずる道を説くため秀でた音楽の才能を利用し成功した点にあります。
愛と平和を祈ると同時に自由の探求者でもあった彼は 反体制を謳うとともに自由を奪う権力の象徴として学校や社会、大人に刃を向けた。しかし自分もその大人になるにつれ 多くの矛盾が彼を苦しめました。
真実を突き詰めるうち ある時気づいてしまったのでしょう。「すべての解放は死である」という究極の答えに。
ですがそんなことは家族や友人 人間を愛す彼が声高に言えるはずもありません。
人間に自由を謳い続けながらも 皮肉にも彼から自由が遠退いていた現状に嫌気がさし、最期の我儘とばかり 自分自身に最高の自由を与えたのだとわたしは思います。
そんな
一方、受けとる側の人間はどうでしょう。煩悩に塗れ 汚れ生きることに慣れてしまった人々は、彼を冷笑しながら商業ベースの価値だけのために利用したのではなかったか。
しかし僅かながらも純粋さを維持していた中高生たちは、後追い自殺したり、泣き崩れ 胸に彼の言葉を刻んだりもする。
特別死を讃美するつもりはありませんが、純粋な気持ちで死んでゆくのは悪いことではありません。
そもそもそう決めつけるのは常に生き残ったこの世側の人間なのであり、死んだ当人の気持ちではないので誤解が生じているのです。
世を儚み来世を想う前向きな死。はたしてそれは本当に悪でしょうか。
無人のわたしからみれば、色んなしがらみ自己矛盾に蓋をして 自分に嘘をつきながら煩悩まみれで生き続ける あなた方のほうがよほど悪く見えます。
圧倒的人数差であなた方が押し勝ちしているに過ぎません。
自らの力強い意志の下、臨んで人を降りる。そういう孤高の解脱者にこそ、神は本当に微笑みかけるのかもしれません。
「 もういい! やめろ! ペテン師! 」
上階にいた誰かがビールの空き缶を投げつけました。空き缶は無人の顔に命中し、うっすら額から血が流れました。これに火がつき興奮した聴衆がまたワッと騒ぎだします。
「 ひどい!なんてことを! 」
「 誰がやった? 今缶投げたやつ表へ出ろ! 」
「 出る必要ねーぞ! 」
「 無人ってんなら痛みはねーだろが! 」
いよいよ暴動に発展しそうな不穏な空気に包まれました。完全に呑まれていた警察も そろそろ潮時を感じたのでしょう。人波をかき分けぞろぞろ五人ほど警官が登場しました。
「 寄るな! 」
場の空気が一気に凍りつきました。無人は懐から刃渡り20センチほどのナイフを取り出したのです。
「 それ以上近寄れば迷わずわたしはこの青年を斬る。脅しではない。 」
青年を‥ ですか。
はい。たしかにそう聞こえました。周囲には彼の他誰もいなかったので自分を指して言っていたのだと思います。
自分を人質にした ということですね。
そうも言えますが、当時現場にいた人間は皆、彼がほんとうに憑依しているかのように錯覚していましたから複雑でした。背後から忍び寄り取り押さえようにも、死角のない壁を背にして説法してましたし警察もお手上げだったようです。
その時です。無人の表情が一変したのは。眉ひとつ動かず死人のようだったのが、突然、鬼の形相に変わりました。そして詩を詠じるがごとく、先ほどと打って変わって盛大に叫びはじめたのです。
人間! 人間! 人間!
現世にひしめく多くのならず者たち
この世は不完全な人間ばかり
目を凝らし世界をようく見るがいい
見識あるものが余程遠くに目をやっても
見えるのはせいぜい数百年 一世代先
この世の真実は誰も見えはしない
見えもしなければ語ることもない
そうやって狭小な箱庭のなかで
目下のさらに狭小な問題解決だけに注力する
何も変わらない
それでは百年先も何も変わらないのだ
愚かな人間よ
そろそろ気づく頃ではないのか
お前はほんとうは人類など愛していないのだということを
自分の身さえ安全ならばそれでいいのだ
何も起こらず何も変わらず
ごくごく安泰に人生全うできればそれでいい
それでいいと思っているのだ
身の程を知ってると思い込んでる身の程知らずめが!
だが世界はそうはさせない
この地球この大自然はお前だけの国ではないからだ
世界が悲鳴を上げている
世界が唸っている
今こそ世界の声をきく時である
死ね 死ね 死ぬがよい
もう終わりにするのだ
このような愚行の繰り返しは
醜態を百年先まで持ち越すのはもう終わりだ
この悪癖を 腫瘍を
今ここで断ち斬ってみるがいい‼︎
・
この状況を打開する究極的な解決策は
もはや二択しか残存しない
一、ひとつは文字通り命を絶つ、死ぬ道である。ただし殺しは厳禁とす。殺しには必ず私利私欲の恨みがつきまとう。それらが山積してまた次の殺しが生まれる。それは人間だけの殺しで終わらない。効率良く血を流すため武器を利用することで 大地や環境など多くの生態系を壊す。その最たるものが「戦争」。戦争は、人間どうしが争う事象にちがいないが、その被害は人間だけにとどまらず 自然環境に甚大な被害をもたらす。
水面を揺らし波紋を拡げることなく いかに静謐に 一人独りこの世を去ることができるか。終い支度をしっかり整え 後世に禍根を遺すことなく ただただ沈着にこの世に別れを告げる。各々が完遂することで 塵が積もり 山となってゆくであろう。
二、ふたつは生きながらにして、死ぬ道である。仏典の「心頭滅却」という言葉通り 雑念を排し 超越した境地に達せれば、いかなる苦境に陥ろうと、いづれ苦しみは去る。艱難辛苦の彼岸に 希望の火がともる。
人類発展だけのエゴを棄て、地球共存の道を探す。深刻、真剣に人生一番、最大の一大事として入魂する。人をやめ 人でなしの無人として 生き返す 求道の道なり!!
・
罵声怒声にかき消され、終盤うまくききとれませんでした。ただ無人が、渾身で我々に大切な何かを伝えようとしていること その何かが我々をとても恐れさせ不快にしていることが 聴衆の反応から読み取れました。
辺りが急に鎮まりかえりました。無人の身に何かあったことは予想できましたが、白熱した聴衆らが前へ前へと雪崩れ込んでおり、よく見えませんでした。しばらく緊迫した状態が続きました。が、次の瞬間、警官の一言でわたしは全てを察したのです。
「 だめだ!死んでる! 」
ゴォーンゴォーンと どこからともなく不気味な鐘が鳴り響きました。耳が張り裂けるほどの大音量です。しかし各々救急車を呼べだの、誰か医者の方いらっしゃいませんかだの言っていて、どこから鳴り響くのか調べる余裕のある者など誰一人いません。泣いたり悲鳴をあげたりの集団ヒステリー状態となり、阿鼻叫喚の地獄絵図が生まれました。
・
一方その頃オンライン上でも騒動は最高潮に達していた。聴衆の背後が画に映り込むほど遠方から〝引き〟で撮影されていた画角が突然切り替わり、画面いっぱい無人の顔の大写しとなる。ずっと固定カメラで撮影されているだけと思い込む連中がほとんどだったので、その変化により書き込みが爆発的に増えた。
当時の書き込みの一部:
「ん、どした?」
「なんかエ変わった??!」
「なにこれwww」
「こんな顔しとったんやΣ(,,ºΔº,,*)」
「キリスト乙ww」
無人が豹変し声を増したあたりから〝ふざけ半分〟に書き込みしていたユーザーたちの反応に変化が生じる。
「おいおいマジか((((;゚Д゚)))))))」
「ナイフ持ってやがる」
「
「死ぬ気かな」「みんな離れろ」「気をつけて」
映画「イントゥーザワイルド」のラストさながらに瞳孔が開きゆっくり昇天していく無人の顔が克明に映し出される。
「これ死んでるの?(・・?)」
「ぎゃーーーーーーーーー」
「ヤバいぞ放送事故!!」
「人間死ぬとこはじめてみた(>人<;)」
「トラウマや」「みんな消せ!」「見ルナ!」「閉じろ!!」
・
これがわたしのきいた世にいう「無人劇」の一部始終である。
死因はいまだ不明。結局所持していたナイフは人を寄せ付けないブラフに使用したのみで、殺傷していない。服毒した説が有力だったが、検死の結果、毒物も検出されておらず健康状態にあった。突発的虚血性心不全死とされているが、それも医学的にあり得ない話らしい。奇跡的な確率で息を引き取ったというのだ。
この劇的な自殺(?)が彼を伝説に導いたのは言うまでもない。瞬く間に彼は「無人」として一躍有名となり、世界じゅうを好奇と恐怖、不安の渦に巻き込むことになる。
その後支持層は「無人派」と呼ばれ、好奇の目で面白がる若い世代だけでなく、死期の近い老人、病人、仕事や家庭、学業に迷いが生じはじめている学生、中高年と広範囲に及び、世紀末を無事に終えた今でも、アンチヒーローとして、ノストラダムス以上に語り継がれている。
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