第76話 白木彩の甲府入りと鳴海殺害計画

 白木彩は一人、甲府にある鳴海宗家に来ていた。今回は一人の護衛も付けずに。


 しかし陰から自分を見守っている者が何処かにいる事は彩にも分かっていた。それはそれでいいと思っていた。


 しかし今はそんな事はどうでもいい。少なくとも当面の脅威はなくなったのだから。


 それもまた鳴海がやってくれたのだと理解していた。正直あの妖怪と言われた大槻源蔵が本当に倒されるとは思っていなかった。しかし確かに鳴海は倒したのだ。


 ただ彩にはまだ腑に落ちない事があった。十数年前に会ったあの鳴海正人と今の鳴海正人とは何処か違う様な気がして仕方がなかった。


 それでそれを確認する為に正人の母、鳴海冴音に会いに来たのだ。


 彩もまたここは勝手知った家、横木戸から中に入って行った。すると奥の道場から木刀の打ち合う音が聞こた。


 彩は不思議に思った。今の鳴海家にはもはや剣を使える人間は残っていないのではないかと。


 長兄の鳴海賢人(ケント)も次兄の鳴海勇人(ユウト)も既にこの世を去っている。三男の鳴海正人(マサト)がいなければもう剣を振れる者はいないはずだと彩は思った。


 そう思って道場を覗いてみると用人の雁時と一人の少年とが打ち合っていた。どちらもかなりの腕に見えた。勿論雁時の方が上に見えたが。


 この少年、年の頃なら14、5歳と言った所か。彩の知らない少年だった。ただ用人の雁時は良く知っていた。


 彩が二人の修練を眺めていると雁時が気が付いて彩の方にやって来て礼をした。


「彩お嬢様ではありませんか、またどうしてこちらに」

「雁時さん、お久しぶりです。実は叔母様にお会いしに参りました」

「そうでございますか、きっと奥様もお喜びになられる事でしょう」

「ところで雁時さん、そちらの少年は誰ですか」


「そうか、彩お嬢様はご存じなかったのですね。このお坊っちゃまは良人様とおっしゃって、正人様の弟君、鳴海家の第四男になられるお方です」

「鳴海家の四男ですか、存じ上げませんでしたわ」


「でしょうね、最近まで他所で生活されておられましたので。詳しくはまた奥様からお聞きください」

「わかりました。そういたします。初めまして良人君、私は白木彩、君とは従妹に当たる者よ」

「初めまして、彩お姉様。良人と言います。宜しくお願いいたします」


 彩は上二人の兄とは似ずに折り目正しい真っすぐな少年だなと思った。そしてその面影は正人によく似ていた。


「では彩様、奥様の所にご案内いたします」


 彩は初めて見る鳴海家の四男、良人と少し話をして鳴海家の現宗家、鳴海冴音と会った。


「どうなさったの紗さん、突然にまた」

「はい、実は少しお聞きしたい事がありまして」

「どんな事かしら」

「正人さんの事です。あの方は正人さんでしょうか」

「またおかしな事を聞くんですね。正人は正人ですよ」


「でも私が知っている正人さんと今の正人さんは何かが違う様に思えて仕方がないのです」

「貴方も関西のドンと言われる白木泰三のお孫さんなら、今の正人が何と呼ばれているかはご存じですよね」

「はい、地上最強の傭兵でしょうか」

「その通りです。ここを離れて10年余り、あの子もそれなりに変わったのでしょう」


「確かにそれは理解出来ます。でもあの方は私の未来視でも何も視えないのです」

「そうですか、貴方には未来視が宿ったのですか」

「はい」


「ならば良いでしょう。お話ししましょう。巫女の伝え事として。今の正人の魂はかっての正人の魂と同じではありません」

「それはどう言う事でしょうか。別人と言う事でしょうか」

「それは私にも分かりません。肉体は確かに正人のままですが魂が変わってしまったのです。それも途方もなく大きなものに。私でも理解出来ない程の大きさに」


「そ、そんな、叔母様にわからない魂なんてあるのですか」

「それが今の正人なのです。ですから『地上最強の傭兵』と聞いた時私には直ぐに納得出来ました」


「分かりました。これで納得出来ました。何故正人さんに大槻源蔵を倒す事が出来たのか」

「正人があの大槻源蔵を倒したのですか」

「はい、一人ではありませんが、正人さんの仲間2人の方と一緒に」


「そうですか、正人が。それが事実なら大金星ですね」

「はい、これからこの日本も変わると思います」

「でしょうね」


 彩は礼を言い、そして良人の事を聞いて鳴海宗家を後にした。


『でもこの後、鳴海宗家はどうなるのかしら。継承順位で行けば正人さんと言う事になるけど、まさかあの人が宗家を継ぐとは思えないし、ならあの良人君かな。それもいいかも知れませんね』


 しかし流石の彩の未来視を持ってしても、この後に起こる未曽有の事態を視通す事は出来なかった。


 首相と法務大臣、それに内調の松前は今後の事に不安を抱えていた。


 日本の闇のフィクサー、いや、闇の総理と言われた大槻源蔵が死んだのだ。これがもし鳴海の手によるものだったとしたら次は我々が危なくなると。


 そこで首相の麻崎は秘密裏に合衆国と連絡を取って、鳴海を殺せる秘密武器の提供を打診していた。


 合衆国もこれには乗り気だった。鳴海にはこれまで散々煮え湯を飲まされている。


 しかも実験場所が日本と言う事になれば仮に失敗しても自国に影響はないだろうと。


 そして提供されたのは劣化ウラン弾だった。これならどんな化け物でも殺せると合衆国のお墨付きだった。しかも1,000丁もの銃と共に。


 問題はこれをどうして鳴海に当てるかだった。今までも鳴海は多くのやくざ組織と戦争をして倒して来た。


 その時に相手が銃を使わなかった事はないはずだ。それも何丁も、何十丁もの銃の前で鳴海は生き延びている。


 だから確実に当てて倒す条件が必要だった。なので内調で更に詳しく鳴海の周辺を調査してみた。


 鳴海はもとより、身近にいるリンとリカと呼ばれる者達もその周辺に弱みになる様な物は一切見つからなかった。


 しかしただ一人、鳴海の側近でその家族構成がはっきりしている者がいた。


 それは長谷川組組長の娘、矢野詩芽だった。彼女は今は大学生になって東京の大学に通っているが今でも鳴海との関係は維持されてる。


 鳴海との関係がどうあれ、父親との情は今でも通っているだろう。付け込むとしたらここしかないと松前は思った。


 その事を首相に報告して矢野詩芽を囮にして鳴海を誘い出す計画を立てた。


 勿論その前に矢野詩芽そのものを誘い出さなければならない。その為に彼女の父親を使う事にした。


 これは到底やってはいけない事だ。政府が一般人を囮にして一人の人間を政府の力で殺す。


 しかもその為に親子の情を利用してなど鬼畜にも劣る行為だろう。


 しかしその計画は着々と進んでいた。まず第一段階は長谷川組組長の誘拐だ。


 これには専門の工作員達が動いた。勿論本人達には計画の全容までは知らされていない。当然の事だ。


 しかしそう言う非合法活動に関しては優秀な者達だった。見事に長谷川組組長の誘拐に成功した。


 初めは組長が何処に行ったのか分からなかった組員達も、おもしいと思い出し捜索に当たったが何処にも組長の姿は見当たらなかった。


 これはきっと敵対勢力の仕業だろうと各やくざ組織に探りと脅しを入れていた。


 しかしそれでも組長の所在は杳として知れなかった。この事は東京にいる組長補佐の神原には知らされていた。


 それは同じ東京に組長の娘さんがいるからだ。今回の事を娘の詩芽に知らせるかどうかは神原に任されていた。


 基本は娘さんには出来るだけ心配掛けたくないので、余程の事がない限りは知らせないと言う事にしていた。


 当の組長は工作員達の手で東京まで運ばれていた。あとは場所の設定をして娘の矢野詩芽をを呼び出し、更にはその娘を囮にして鳴海を呼び出すだけだった。


 そして松前達はその場所を青山墓地とした。ここなら少々騒ぎを起こしても隠し通せると言う事だろう。


 そして先ずは矢野詩芽に父親を誘拐したとの連絡をして「父親を返して欲しければ身代金5,000万円を要しろ。そして警察にも仲間にも知らせるな。知らせればお前の父親の命はない」と書かれてあった。


 詩芽はこれはかなり自分の事情を知った者の犯行だろうと思った。今の詩芽なら5,000万円位は何とかなる。


 しかしここで詩芽が銀行等に引き出しに動けば勘の良い鳴海の事だきっと気づくだろう。


 だから詩芽は敢えて鳴海に伝えずに父親の補佐をやっていた神原に相談に行った。


 要は組にも関わった事だ。取り敢えずは神原に5,000万円を立て替えてもらおうと。


 神原にその話をすると神原の方でも組長誘拐の件は既に聞き及んでいたとの事だった。それなら話が早い。


 ともかく鳴海には知らせないで神原に現金を用意してもらった。


 誘拐犯の方でも詩芽の銀行口座位はとっくに把握していて詩芽に払えるギリギリの額を要求していた。


 それはこの時点ではまだ鳴海に介入させないためだ。この時点で鳴海に介入されたら全てがご破算になってしまう。


 そして無事詩芽を青山墓地まで呼び出す事に成功した。

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