第74話大槻源蔵との対決

 あの燐蛾(リンガ)を退けてから、しばらくは大人しい日々が続いていた。


 流石の大槻源蔵も直ぐには第二段を送り込む事は出来なかったようだ。きっとそれなりに準備もあるんだろう。


 燐蛾と言う男はそれなりには出来る男だった。あれ以上の者と言う事になると、やはり連星と言う事になるのかと鳴海は思っていた。


 それに相手はあの大槻だ。一筋縄ではないかないだろう。まして向こうには例のローがいる。まだどんな手を持っているかわかったものではない。


 そう考えれば、ただ待っているのは得策とは言えない。それにそれは鳴海の性格からしてもあり得なかった。


 そんなかったるい事やってられるか。『悪即斬』が鳴海の信条だ。しかし正直な所、どっちが悪かと言えば少し判断に困る所もあるが。


 ともかく鳴海はこの際決着を付けようと考えていた。そこでその事をリンとリカに話した。


 丁度その時、ドアがノックされて、一人の人物が入って来た。それは鳴海の従兄弟、白木彩だった。ちゃんと四天王の内二人が護衛として付いてきていた。


「どうしたんだい。彩。何か用かい」

「いえ、そろそろかと思ったもんですから」

「それって。俺達の喧嘩の事かい」

「そうです。大槻源蔵との」

「どうしてわかったんだい。と言うのは野暮か」

「はい、私の啓示に出ていましたので」

「神のお告げと言う事か」


「それでおやりになるつもりですか」

「やるしかないだろう。俺は売られた喧嘩は買う主義なんでな」

「それはわかってます。でも今回は少し厄介な相手です。それはおわかりなんでしょうね。今までのやくざの様には行きません。あの男を相手にすると言う事は、表の権力全てを敵に回すと言う事になります。それをご承知なんですね」

「ああ、わかってるさ。その時はこの国を相手に喧嘩してやるさ」


 何ともあっさりとした物言いだが、トンでもない事を口にしていると本人はわかっているんだろうか。


「ならば何も申し上げる事はございません。ただお爺様が、四天王で役に立つなら使っていただいて結構だと申されていました」

「心遣いは感謝すると爺さんに言ってくれ。ただ今回は俺達だけでやる」


「鳴海さん達だけでと言いますと、詩芽ちゃんもですか」

「俺もそれを今考えていたんだがな、今回は詩芽は外した方がいいかなとな」

「かもしれませんね。彼女にはまだ未来がありますから」

「おいおい、それじゃなにか、俺達にはそれがないとでも」

「いいえ、そう言う訳ではありませんせんが」

「ああ、わかってるよ。言いたい事は」


「そうですか。それでは私はこれで失礼いたします。でも鳴海さん、本当にお気をつけて。皆さんも」

「ああ、ありがとうよ」


「さてリン、リカよ。虎の尻尾を踏んでしまったのはどっちか教えてやるか」

「所長、それを言うなら竜の尻尾と言った方が私達にはピッタリでしょう」

「まぁ、そうだな。はははは」


「それで今回は本気になっていいんですね」

「勿論だ。思う存分やってくれ」

「久し振りですね。本気を出すので。あの戦闘以来ですか」

「かも知れんな」


 そもそも彼らの言う本気とはどう言う事なのか。その事実を知る者はいなかった。


 そして3人は鳴海の車で東京に向かった。時間はかかるが向こうでの機動力を確保する為だ。それに東京にはもう一台鳴海の車がある。それも使う事にした。


 さっきも話した通り、今回は詩芽を入れずに戦う事にした。


 鳴海やリンやリカは既に一度死んだ人間だ。だからこの先何が起こっても大した事ではない。


 しかし詩芽は違う。今ここで生きて大学生活を送っている普通の女の子だ。


 普通と言うのは少し語弊があるかも知れないが、少なくともまだ死んではいないと言う事だ。


 ならこの世でやりたい事もまだ色々あるだろう。そんな子に警察や自衛隊、更には政府機関を相手に喧嘩させる訳にはいかない。


 そんな事をすればこの国で生きて行く場所がなくなってしまう。それはやはり酷だろうと鳴海は考えた。


 鳴海達はいい。行く所がなくなればまた戦場に戻ればいいだけの話だ。


 それにリンが言うには、今の『北斗安全開発協会』はリンやリカ、まして鳴海がいなくても、ちゃんとやっていけるだけの基礎は出来ているとの事だった。


 それなら俺達がいなくなってもやっていけるだろうと鳴海は結論付けた。


 そして東京の『マルサン・プロダクション』にも一応は話をしておかなければならないだろうと思っていた。


 帰って来るかどうかがわからないのだから。ただしそれは鳴海達が死ぬと言う事ではない。


 太陽が西から上がってもそんな事はないだろうが、ただ以前と同じ様な状態でいれるかどうかは疑問だからだ。


 いや、むしろこれは言わない方がいいか知れない。何も知らない方がいいだろう。成り行きに任せて見るかと鳴海は思った。


 そうと決まれば鳴海に逡巡はない。即行で大槻源蔵の屋敷に車で乗りつけた。


 屋敷は広い。多少の事では騒ぎが外に漏れる事もないだろう。それに鳴海は中で結界を張るつもりにしていた。これなら中で何が起こっているか外の者にはわからないだろう。


「さて、いくか、お前等」

「いいでしょう」

「もちよ」


 鳴海達は車から降りて、正面から乗り込む事にした。鳴海が正面門横の潜り戸に手を掛けた。


 当然ここは施錠されているはずだが、鳴海には用をなさなかった。鳴海がドアの取っ手を捻ると同時に鍵が解除されてドアが開いた。


 鳴海達は普通の訪問客の様に、自然体でそのドアから中に入って行った。その直ぐ横にある見張り小屋には二人のガードマンがいたが、鳴海達の侵入には全く気が付かなかった。


 放置してもいいのだが、後で騒ぎに気が付いて騒がれてもなんなのでリンが音も立てず、影の様に忍び寄ってその二人を眠らせておいた。


 途中で4匹のドーベルマンが飛んで来たが、鳴海の鬼気に恐れて、尻尾を丸め込み、顔を地面につけて動かなくなってしまった。本当に動物は素直で良い。


 流石に母屋近くまで来ると鳴海達に気が付いた護衛達がバラバラと飛び出して来た。


「何だ、お前達は。どうやって入ってきた」

「どうやって入ってきただ。馬鹿かお前は。こうして堂々と入って来てやってるんだ。正面の入り口からに決まってるだろうが」

「しかしあそこには門番がいたはずだ」

「まぁ、あんな役に立たない門番は首にするんだな。二人共寝てるよ」


 その時一人が鳴海の事を思い出した。前回ここに来た男だと。


「おい、直ぐに御前様にお知らせしろ、鳴海が来たと」

 そう聞いた一人は飛んで母屋に入っていた。


「ほー大槻はいるのか。それはラッキーだったな」

「お前達に取ってはアンラッキーだ。こんな時に来るとはな。今日はあの方もおいでになる」

「あの方?もしかしてそれは連星の事を言ってるのか。それは益々あり難い」


 鳴海の襲撃と聞いて、何処にこれだけの人数がいたのかと思えるほどの護衛達が手に手に武器を持って出てきた。その数凡そ60名。


 そして4人の人間に囲まれる様に大槻が出て来た。おそらくこの4人がここでは最強なんだろう。


 そしてその大槻の右隣にいる者こそ、最強の中の最強、連星だろうと鳴海は思った。


「随分と不躾な訪問じゃの、鳴海よ」

「そうでもないだろう。喧嘩を売ってきたのはそっちだからな。買いに来てやったぜ」

「何の事を言っておる」

「お前とこのイモリみたいな奴が、うちの大事な看板娘の胸に傷をつけてくれたんでな」

「ほーそこにおるのがその娘と言う訳か。しかしそれにしてもピンピンしておるではないか」


「あんたね、何言ってるのよ。あんな事しておいて。やっぱり一回死んで見ないとわからないみたいね」

「随分と物騒な事を言う娘じゃの。しかしわかっておるのか、わしに喧嘩を売る事がどう言う事になるのかと言う事が」

「日本を相手にする事になるとでも言いたいのか」

「その通りじゃ。ただではすまんぞ」

「嬉しい事を言ってくれるね。じゃーそのただではすまんと言うのを見せてもらおうか」


「おい、殺さぬ程度に遊んでやれ」

「おいおい、聞いたかリンよ。殺さぬ程度に遊んでやれとよ、どうする」

「それならこっちもその程度で遊んでやりますか」

「だめよ、それじー。やっぱり皆殺しがいいんじゃない」

「好きな事ばっかり言いやがって、皆やっちまえ」


 そう言ってその60名が鳴海達4人に向かって襲い掛かってきた。しかし鳴海達は誰一人として歯牙にもかけてはいなかった。


 この瞬間3人から放出された圧力、鬼気とも言えるものは、いとも簡単に60人の動きを止めてしまった。正に蛇に睨まれた蛙以上の格差を持って。


 リンが言った本気とはこの状況の上で戦うと言う事だった。この土壌にも乗れない者には戦う資格もないと言う事だ。


 手に武器を持った者達があまりの圧の為硬直して身動きすら出来ないでいた。


 ここから先は戦いとさえ言えない蹂躙の場だった。3人は触れるものから片っ端から弾き飛ばして行った。無抵抗の者をなぎ倒すが如く。


 このあまりの戦力差に大槻はただただ怯えを感じて後ろに下がるしか方法がなかった。これは予想だにしない事だった。


 この相手がこれ程の者達だったとは。100年に及ぶ人生でこれ程恐怖を感じた事はなかっただろう。


 こんな60人ほどは木偶の坊同然だった。


「なるほど、燐蛾(リンガ)から聞いてはいたが、聞きしに勝るものだな。所詮並みの奴らでは話しにもならんと言う事か。ならばこちらも本気を出させてもらおうか」


 無理やり恐怖を押しとどめながら、大槻はこう言った。


「へーまだ、本気なんてものがあるのかい」

「あるさ、お前達の為の取って置きがな。ローよ」


 ローと言う名を呼んだ。すると闇試合と『ライドラ』の時のセコンドとしていついていた男が9人の人間を連れて現れた。それも今回は筋肉隆々とした正に闘士の様な者達を連れて。


「こいつらは、あのお前の試合に出た出来損ないとは違うぞ。一人一人があの帝王にも匹敵する奴やじゃ。さて勝てるかの」

「お前等、わかってるのか。その帝王は俺達が倒したと言う事を」

「知っておるよ。しかしその数が9人ともなればどうじゃ。もはや容易くは勝てんぞ。覚悟するんだな」


 3人がそれぞれ3人を相手にする戦いになった。しかもあの帝王級を。するとそこで鳴海達はそれぞれが気刀を出した。


「おいおい、素手に対して武器を使うのか、『やくざ狩り』ともあろう者が」

「なんか難違いしてねーか。これは戦闘なんだよ。戦闘に反則なんてないんだよ。それにさっきはお前達も武器を持ってただろうが」


 そう言って気刀を引っさげて、それぞれが武人達の敵三人に向かって行った。


 例え相手に木刀があったも、この者達なら軽く勝てると思っていた大槻は信じられないものをみる思いだった。


 一閃する度に一人が倒された。それも再起不能にされて。これはもはや戦いではなかった。蹂躙に過ぎない。


 まさか、これだけの者達が指一本触れる事無く、あっさりと壊れた人形の様にされるなど、大槻もローも想像しただろうか。


 たった一本木刀を持っただけで。今の彼らには真剣ですら刃が立たないと言うのに。


 鳴海達が気刀を使ったのは何もこの方が強いからではなかった。


 ただ手足を使うのが面倒だと言う理由からだけだった。素手でもその気になれば簡単にけりはつけられたのだ。


 どうやら強さの次元が違ったようだ。ここに来て大槻もローも初めてその事に気が付いた。こいつらは決して敵に回してはいけない者達だと。


「連星、お前がこいつらを倒せ」


 そう言って大槻とローは逃げるように家に引き下がって行った。


「おい、逃げるのかよ。まだ終わったわけじゃないぞ」

「俺が終わらせてやる」


 そう言って連星が道を塞ぐ様にずいと前に出た。大槻を逃がす為だろう。


「なぁ、連星よ。お前はそれで良いのか。あいつの人殺しの道具でよ。峰子が泣いてたぞ」

「俺には関係ない。ただ俺は命じられた事をやるだけだ」

「そうかい。心変わりはないのか。人間に戻りたいとは思わないのか」

「くどい」

「なら仕方ないな。峰子の思い敵えてやるか」

「所長、それは俺がやりましょう」

「リン」

「わかってますよ。所長にはちと辛い立場ですからね」


 リンは鳴海が何をしようとしているのか理解したようだ。だから敢えてその泥を被る事にした。


 そしてリンと連星は命を賭けて対峙した。ロー大人が一体どんな力を連星に付与したのか。リンはそれに勝てるのか。二人の内なる力が高まって行った。

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