第71話 詩芽とリカの再戦

 詩芽も藤堂も共に『古法流水拳』皆伝の免許を得た者同士だ。どう言う戦いになるのか。しかしこの二人は以前に一度戦っている。


 師匠の金高源水が藤堂の天狗を危惧して詩芽と戦わせてみた。自分と同等の相手がいるとわかれば少しは謙虚に修行に身を入れるだろうと思ったからだ。


 その点詩芽は良くやってくれた。詩芽は見事に藤堂の鼻っ柱をへし折った。それ以来藤堂は打倒詩芽を目指して修行に励んでいた。


 それがようやく実現したのだ。しかも今回は『ライドラ』の絶対王者とも引き分けた。


 今度こそ何とかなると藤堂は思っていた。俺も伊達に喧嘩を繰り返して族のリーダーになったのではないと。


 詩芽に個人的な恨みはない。藤堂に取っては詩芽は好ましく持ってる相手だ。


 いや、むしろ恋していると言ってもいいかも知れない。それだけに武術では負けたくなかった。男の意地か、面子とでも言うものだろうか。


 ともかく今回が二度目の対決となった。

「なぁ、兄ちゃん、どう思う。築根は詩芽に勝てると思うか」

「そうじゃの。わしも詩芽を見るまでは勝てると思うとったよ。しかしな」

「そうじゃな。今の詩芽じゃ難しいかも知れんの」

「じゃが、あやつも一つの天才じゃ、正直な所、蓋を開けてみんとわからんかも知れん」

「そうじゃな」


 二人は静かに対峙した。流水拳の戦いはある意味精神の戦いと言えるかも知れない。


 気を静め、自らを流れる水と同化し、型に囚われる事無く、自在に流れ、相手の変化を飲み込みそして返して行く。それこそが極意だ。


 双方がその極意に達した者同士の戦い。それは正に華麗な舞を見ている様な動きだった。


 何処にも滞る事のない、しかしその中に時として途方もない激流が迸る。もし間違って中に入れば、何処に弾き飛ばされてしまうかわからない凄さだ。


「大したものよの二人共。そこまで習得しておったか」


 今の築根は益男と戦った時以上の技の高みに達していた。それは同じ流派の技だからか、それとも相手が詩芽だからかはわからないが技の極地に自らを置いていた。


 双方の流れる様な攻防の中で、築根は勁を用いた技を織り交ぜていた。しかしそれでも詩芽には流されてしまう。勁を用いた攻撃も詩芽の引流に上手く吸収されてしまうのだ。


 以前にもこの展開はあった。しかしあの時は、詩芽はぎりぎりの所でこの技を使っていた。


 しかし今の俺はあの時の俺ではない。遥かに上達しているはずだ。だから誌芽を上回れると思っていた。しかし誌芽はまるで余裕で引流を使っている様にも見える。


 築根はこの差は何だと思った。しかし今はそんな事を考えている時ではない。自分の出来る事をするしかない。


 そして機を見て接近戦に持ち込み、自らの掌を誌芽の喉の下、胸の部分に押し当てて、築根の最大の必殺技『烈破流』を放った。これは益男でも耐え切れなかった技だ。


 しかし詩芽はそれをも相殺して見せた。馬鹿なと思った。これは流水拳の秘奥義、誌芽はまだ伝授されてないはずだと。


 それとも詩芽の内気はこの技をも上回っていると言うのか。そして詩芽は益男が使ったあの技を使って来た。


 益男は直接触れずにあの打法を使った。確か3センチは離れていたはずだ。


 そう思って築根は後ろに飛ぶ浮身を使って間合いを切った。確かに間合いは切ったはずだ。少なくとも20センチは。


 しかしそれでも詩芽の攻撃を外す事は出来なかった。実に30センチの空間を抜けてその技は飛んで来た。


 これが鳴海が詩芽に伝授した『零勁』の最終形『竜波』だった。


「そんな馬鹿な。この距離で当たる勁などあるのか」

 それが築根の最後の言葉だった。


「ねぇリン。何あの技。あんな技、先輩持ってたの」

「まぁな」


 今度はそれを見た高根がリングに飛び込んだ。そして築根を介抱しながら、


「『族狩り』今度はわしが相手や。この前の借り、きっちり返させてもらうで」

 と言った。


「あのね、悪いけど、それは私じゃないのよ。リカさん出番よ」

 そう言って詩芽はリカを呼んだ。


「いいの、あたしがやっちゃって」

「いいんじゃないのか」

「リンがそう言うのならいいわよね」

 リカは浮き浮きとリングに上がって来た。


「お待たせ。それじゃこの前の続きをやりましょうか」

「誰や、あんた」

「誰やはないでしょう。連れないわね。もう忘れたの。大阪での相手を」


「えっ、ええっ、あんたが『族狩り』や言うんかいな。そう言えばこっちの方が出るとこが出てるような」

「何言ってるんですか、あなた。ぶっ潰しますよ」

「おおこわ。藤堂の彼女は怖いなー」

「私は築根君の彼女ではありません。勝手に決めないでください」

「そうかいな、それはええ事聞いたわ」


「それはいいんですけど、高根さん。やるんですか、やらないんですか」

「そんなもん。やるに決まってるやないか。ほな、はじめよか『族狩り』はん」


 そして今度は高根とリカの戦いになった。これもまた因縁の対決だ。高根が大阪で『浪速バスターズ』と言う暴走族のリーダーをやっていた時に、この『族狩り』のリカと一度対戦している。


 しかしその時は手も足も出ず高根は負けてしまった。だから今度こそ、必ずあの時の屈辱を晴らして見せると高根は思っていた。


 今回『ランドラ』に出たのも、この『族狩り』の誘いもあたが、それよりも自分の腕の進歩を確かめたくって出た様なものだ。


 そしてそれなりの手ごたえは掴めたと高根は思っていた。今度こそ、こいつには負けないと。


 前回の詩芽と築根との戦いもそうだったが、これらは通常の試合ではない。詩芽と築根とは武門上の戦い、そして今回は『族』と『族狩り』の決闘の様なものだ。


 共にルールに乗った戦いではない。お互いのルールはお互いが知っていた。


 だから試合を開始するゴングもなければ3分たったからと言って止めるレフリーもいなかった。


 どちらかが倒れるまで。そう言う暗黙の了解がなされていた。ただ場所がこのリングの上だと言う事だけだ。


 だから高根は様子見も何もない。最初から全力で行った。いや、そうしないと勝てる相手ではないと高根自身が一番よくわかっていた。


 高根は金剛拳を全開にした。自らを剛体と化し、指を鉄と化す金剛熊手掌で攻めて行った。


 しかしこれは前回も功を奏しなかった事は高根も分かっていた。だからこれは囮だ。


 指で攻撃すると言う形で近間を維持した。相手にそれを受けさせながら隙を見て腕を交差させてリカの首に掛けた。


 これは首を絞めに行ったのではない。むしろ首の前を交差させて首の両横の肩に手を置いたと言う様な形だった。


 これで一体何をしようと言うのか。首を絞めなければ何の用途がある。そこに高根は気を集めて両手に集中させ、そこから零勁を打った。


 両肩から体内に押し込む様に零勁だ。これは体格差があるからこそ出来る、相手の全身を上から破壊する勁だ。こんなものをもらったら、いくらリカでもたまったものではないだろう。


 しかしリカも並みの人間ではない。死線をいくらも潜り抜けて来た猛者だ。


 その瞬間、自分の両手で高根の両の前腕に手をかけ、流れて来る気勁を吸収し、そしてその気を高根の腕に逆流させた。


 これは詩芽の得意技、引流と破流の引用だった。前回の戦いの時に築根が化勁と寸勁と言った技だが、基本は詩芽から来ていた。


 前回は高根は弾き飛ばされたが、今回は自分が勁を使った分、その勁を倍返しで返されてしまった。


 その為両腕がマヒして動かなくなってしまった。これが普通の人間だったら両腕は完全に粉砕されていただろう。高根の金剛拳の剛体化が辛うじてそれを防いだと言う感じだった。


 ほぼ決着が付いたかに見えた。リカもこれでもう終わりだと思ったその瞬間を狙て、高根が体当たりをかけた。流石のリカもこれは予想していなかった。


 高根のあの巨体の体当たりだ。しかもそれだけではない。剛体化した体当たりだ。


 コンクリート壁ですら粉砕する。それをモロにもらってリカはロープまで飛ばされてしまった。


 しかし後ろのロープにぶつかったのが幸いしたのだろう。多少ダメージが分散され、大事に至る事はなかったが、しかしもしこれが普通の人間だったら、当たった瞬間に全身の骨折か、内臓破裂位は起こしていただろう。高根の体当たりはそれほどの威力だった。


 しかし流石はリカだ。当たる瞬間に内気功でダメージを中和していた。それでもまだそのダメージはリカの足にきていた。


 立ってるのがやっとと言う感じだった。ただそれだけですんでいるだけでも、脅威的な体力だと言えるだろう。


「参ったわね。こんなドジを踏むなんて。またリンに何て言われるか」


 今度こそ最後のチャンスと思ったのだろう。高根は追い打ちの体当たりをもう一回行う為リカに向かって突進した。


 それを見たリカは後ろのロープに倒れ込み、その反動を利用して自らの気を足に集めて前方に空中回転し、その回転力を使って胴回し回転蹴りを行た。


 その胴回し回転蹴りは前傾姿勢だった高根の後頭部に見事に炸裂した。普通の胴回し回転蹴りなら剛体化した高根にはハエがとまった様な物だろう。


 しかしリカの胴回し回転蹴りには強力な勁が込められていた。流石の高根もこの技にはどうする事も出来ず、そのまま意識を失ってしまった。


「いやー、こいつ強くなってたわ。あはは、危ない危ない」

「何をやってるんだリカ。あの程度の相手に詰めが甘過ぎるぞ」

 とリンにダメ出しをされてしまった。


 しかしあの高根をしてあの程度と言わせるリンとはどれ程の男なのか。


 勿論リカにしても殺し合いならこんな無様な真似はしなかっただろうがたかが喧嘩と侮った結果だった。反省の余地は十分にある。


 その結果を見届けて益男が詩芽の所にやって来た。


「詩芽師匠、師匠が強いのはわかってましたが、何なんですかあの人は。バケモンですか」

「えっ、あはは、そうかもね」

「何か知らんけど、師匠の周りはほんまに化け物だらけですね」

「そんな事はないと思うよ。今のお前だって十分化け物だよ。あははは」


「参ったの、源次よ」

「そうじゃの、兄ちゃん。こんな化け物みたいな若い奴らがこんなにいるとはの。いや、面白いと言うか、楽しみじゃの」

「確かにな。ふほほほ」


 黒沼は黒沼で思っていた。こいつら闇試合の連中より強いんじゃないかと。勿論鳴海達は規格外なので鳴海達を除いての話だが。


 こうして多少の波乱はあったが、東と西の練習試合は無事に終わった。


 武藤と羽賀は気を引き締めると共に、藤堂と高根もまた新たな目標に向かって前進する決意を固めた様だ。


「しかし藤堂、お前の彼女、滅茶苦茶強いな。あれじゃーお前、いつも尻の下に敷かれっぱなしやで」

「違うって言ってるだろうが」

「ほな、わしがもらおうかな」

「殺すぞ、高根」

「あはは、わかった。わかったって」


 こうして関西から来た賑やかな連中は引き上げて行った。

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