第70話 4人の決勝戦2

武藤和義、養武館所属、192センチ、94キロ。

高根友則、暴走族、196センチ100キロ。


供に巨漢同士だ。だからと言って彼らの動きが鈍重な訳ではない。下手なミドル級選手よりも速い動きをする。


しかも驚異的な破壊力を持った攻撃力だ。こんなものをまともに食らったら堪ったものではない。


その二人がリングに上がった。それだけで周囲は重い圧力を感じる程だ。だが双方に緊張感はない。静かにお互いを見詰め合っていた。


「築根よ、お前は以前にあの高根と言う男と戦った事があると言っておったの。どうじゃ、あのチャンピョンに勝てそうか」

「そうですね。あの時よりは強くなっている様ですがわかりません。あのチャンピョンの本当の実力を前回の大会では見る事が出来ませんでしたので」

「そうか。だが二人共良い気を放っておるわ。これもまた見ごたえのある試合になりそうじゃの」


片や益男陣地でも、

「益男、お前はいつもあのチャンピョンと練習しておったのじゃろう。どうじゃ、チャンピョンの調子は」

「調子はええと思います。ただ相手の実力がもう一つわかりません。前回の試合から見て、相当な実力者やと言う事はわかってますが」

「なるほど、良い試合になると言う事か。面白いの。こやつらはお前や築根とは全く違うタイプの技を使う者達じゃ。良い勉強になるぞ」

「はい。そう思います」


リンもまたリカに聞いていた。

「リカ、お前はあの高根と言うのとも戦った事があったんだよな」

「うん。戦ったわよ。勿論あたしが勝ったけどさ。あいつはやっぱり体に似合った豪快な技使ってたわよ。それに防御が凄かったかな」

「そうだったな」

「えっ、なにそれ。じゃー何、見てたと言うの」

「部下の心配をするのは上司として当然だろう」

「ちょっと、ちょっと。それってあたしを信用してないって事」

「まぁ、気にするな」

「するわよ」


「ただね、あいつあの時よりもかなり進歩してると思うのよ。大分力が増してるみたいだしね」

「その様だな」


そして第一ラウンドのゴングが鳴り響いた。二人はゆっくとお互いの間合いを詰めて行った。


武藤はアップライトの構えを取っていた。だがしっかりと脇を締めて。高根は八双の構えだ。


構えと言うよりは何が来ても受けてやると言う態勢だろう。余程防御に自信がある様だ。


武藤は前足を送ってそのまま順足で下段蹴り、いやむしろ高根の右足を刈る様に、内の膝下を蹴り込んでそこから順手で高根の顔面にフックを飛ばして行った。


高根は右足を引いて武藤の刈り足をかわしそのままスウェーで後ろによけた。それを予測していた武藤はそこから後ろ蹴りに繋いで高根の中段に蹴りを入れた。


連続動作で勢いの乗った蹴りだ。リングの端までふっ飛ばされてもおかしくはない。だが高根は腹筋を引き締めてその蹴りに耐えた。


普通ならこれは不可能だ。武藤の蹴りはそんな事で止まる様な生易しい蹴りではない。だがこの時高根は内功を使ってダメージを相殺していた。


そして高根はその中段に来た武藤の足首を掴んで、足首の関節を捻じり潰しに来た。


武藤はその動きに合わせて空中で回転し、もう一方の足で高根の頭部を蹴りに行った。それを高根はギリギリでかわして足を離した。


その攻防が一瞬で行われた。これはもう重量級の選手のやる攻防ではない。軽量級の動きだ。彼らにはそれを可能とする強靭な筋肉が備わっていると言う事だろう。


間合いを取り直して両者は再びにらみ合った。そこから武藤のラッシュが始まった。


怒涛の様なパンチが高根の上半身を襲った。高根はそれを巧みに受けていたがやはり受け切れず幾らかは貰っていた。


一、二発はいいが、それが重なって行くと体力が削られる。既に高根は常人では耐えられない程のパンチを受けていた。


しかし何故か高根の動きは衰えなかった。そして頃合を見計らって高値が武藤のパンチを見切って間合いを切った。


パンチは受けてはいたが上段だけはしっかりガードしていた。当たっていたのは中段だけだ。


普通なら青アザだらけになっていてもおかしくないのに肌の表面には何の変化もなかった。それは高根が内気功と硬気功を使って防いでいたからだ。


高根の防御力はリカと戦った時よりも更に高まっていた。


「凄いわね。あいつ、あの時よりも頑丈になってるわ」

「あれでは武藤も苦戦しそうだな」

「そうね。倒せるのかしらね、武藤さん」


誌芽もこの様を見ていたが、こっちはそれほど心配はしてない様だった。まだ攻撃の手段があると言う事か。


「チャンピョン、今度はわしの番や。覚悟してもらうで」


そう言って、あの巨体からは信じられない様な拳脚のラッシュが始まった。実に上手く上下に振り分けて攻撃してくる。


上段に意識を持たせて中段や下段を攻撃し、更にはその逆も狙ってくる。実に実践慣れした攻撃だ。これがこの巨体から繰り出される攻撃とはとても信じられなかった。


だが武藤も歴戦の兵だ。それらの攻撃を全て防いでいた。それでもドズンドズンと高根の打撃が響く。


まともに受けていたら全身の骨が粉砕されているだろう。それでも武藤は立っていた。


武藤もまた高値のパンチを見切って距離を取った。

「あんたも丈夫やな。これでも倒れへんのかいな。わしのパンチは受けてもその上から壊して行くパンチなんやけどな」

「みたいだな。大したもんだよ。だがな内気功と硬気功を使えるのは何もお前だけじゃないんだよ」

「まさか、そんな。あんたも使える言うんかいな」

「ああ、そうだ。師匠に教えてもらったんでな」

「あちゃーシャレにならんな。あんた」


こうして第一ラウンドは互角のまま、こちらも第二ラウンドに進んだ。


「今の所は互角と言う所か。しかしどっちも頑丈じゃの。あれは壊し甲斐があるぞ」

「師匠、なに言うてはるんですか。師匠が戦う訳やないんやから」

「だがな、益男。あやつの防御能力、ちと厄介かも知れんぞ」

「そやかて、武藤はんかて同じもん持ってますよ」

「見た目は同じじゃがの。中身が違うかも知れん」


第二ラウンドも静かな立ち上がりから始まったが、いよいよ高根は取っておきを出す気でいた。


これは前回の大会では使わなかった。それは余りにも危険な技だからだ。ただし以前に一度『族狩り』には使っている。


何故使う気になったかと言うと、武藤が自分と同じ内気功や硬気功が使えるとわかったからだ。これなら致命傷にならずに体力を削れると考えたのだろう。


その技と言うのは金剛拳と金剛熊手掌。つまり鋼体化と鉄の指だ。これで相手を手当たり次第に引き裂く。『族狩り』には通じなかったがこの男にならと思った。


その攻撃に武藤は硬気功を腕に宿して受けたがそれでも肉が浅く削がれていた。


「おいおい、まじかよ。こんなのありか。俺は猛獣と試合をしてるのかよ」


その高根の金剛熊手掌が情け容赦なく襲ってくる。この試合に引っかいてはいけないと言うルールはない。


普通そんな事をする者はいないから入れなかったのだが、今度からは入れておくかと黒沼は思っていた。


武藤の体は至る所に引っかき傷が出来てきた。このままでは体力まで削られる。何か手はないのか。その時黒沼が合図を送った。やれと。


「了解」と今度は武藤が反撃に出た。それはかって黒沼が闇試合で使った彼の得意技、『鋼鉄の足』だ。


通常この技を体得するには長い年月を必要とする。それを誌芽の提案で、内気功と硬気功を使う事によって短時間で習得を可能とした。


今度は金剛体となった高根の足に武藤の『鋼鉄の足』が襲い掛かった。


同じ条件下で戦った場合、足に集中打を受けるとやはりローキックに勝敗が上がる。流石の高根も膝が折れた。


膝を折って体が下がった所を狙って武藤の回し蹴りが高根の頭部を襲った。


高根は咄嗟に頭部をカバーしたが、それでもその衝撃で高根はダウンした。流石の高根もこの攻撃には耐えられなかった様だ。


鳴海がカウントと取った。高根は辛うじてカウント8で立ち上がったがそれでもなかり足に来ていた。


高根がロープを背負ったのでチャンスとばかりに武藤が襲い掛かった所でゴングが鳴った。


勝負は最終ラウンドに持ち込まれた。


「どうだ武藤いけるか」

「大丈夫です館長。次で決着つけてきます」


高根のセコンドにはまた藤堂が付いた。

「大丈夫か、高根」

「ああ、なんとかな。しかしあいつ滅茶苦茶やな。あんな頑丈な奴今まで見た事ないわ」

「お前といい勝負だよ。だけどあのキックまた食らったまずいぞ」

「それはわかってる」

「何か方法があるのか」

「まぁ、みててや」


それぞれの思いを胸に第三ラウンドが始まった。


双方供に体力はかなり落ちていた。だからお互いの鋼体もその強度が落ちて来ている。ここで大きなモノをもらうとどちらも危ない。


武藤はやはりローキックで相手の動きを封じて、極めに行こうと思っていた。


高根の右足を狙って来た武藤の左ローキックに対して、高根は膝を曲げ前傾姿勢で右の前腕に左手を添えて、キックのインパクトの瞬間に最大勁を打ち込んだ。


流石にこれには『鋼鉄の足』も耐え切れず弾き飛ばされてしまった。足は折れなかったものの痺れて動かす事が出来なかった。


高根はそのチャンスを逃さずタックルして、そのまま自分の後ろに反身投げをうった。


背中から落ちる武藤にかぶさる形でマットに付いた瞬間に、同時に武藤の胸にあてがった自分の拳で零勁を放った。これは藤堂の「烈破流」に似た技だった。


武藤も倒れた時に咄嗟に剛体にしたが、それでも上からの勢いを防ぎ切れず、高根の零勁をもろにもらってしまった。


流石の武藤もノックダウン。鳴海がカウントを取り武藤が立ち上がったのは10カウントを数えた後だった。


それで結果としては高根のOK勝ちと言う事になるのだがそれに黒沼から物言いが入った。


この大会のルールでは倒れた者への打撃は反則とされている。この場合、高根の攻撃がそれに当たるのかどうかと言う事だ。正直微妙な所だ。


ただ言える事は、あの技は空中にある内では効果がないと言う事だ。


やはり相手を固定するか、安定した状態でないと威力が浸透しない。となればあれはやはり床に着いてからの打撃と言う事になる。


と言う事で高根の反則負けと言う事になったが、正直な所勝負では完全に武藤が負けていた。


それは武藤も自覚していたので自分の勝利を放棄した。その代わりこの決着は次回の大会でつけると。


この結果に双方とも納得した。つまり今回の全ての勝負は次回に持ち越しと言う事になった。それだけ実力が肉薄していたと言う事だ。


だが高根は気づいていた、自分の左横腹に拳の痕がある事を。高値が零勁を打ち込んだ時、武藤も同時に似たような技を打ち込んでいたのだ。


ただ体勢が良かったので高根が勝ったが、逆の立場なら結果は逆転していたかも知れない。


「そら恐ろしいオッチャンやで」と高根は言った。


ともかくこれで全てが終わった。後は帰るだけとなった時に、築根が源次の所にやって来て、


「源次師匠、俺に誌芽ちゃんと、もう一度戦わせてもらえませんか」

と言った。


「おい、築根。何言っとるんじゃ」

「兄ちゃん、それもええんじゃないのか。おーい、誌芽。築根がこう言うとるがどうする」

「私は構いませんが」

「そうか。やっぱり武士の血は争えんか。ふはは。良かったの築根。思う存分やってみい」


と言う事でここで急遽、誌芽と築根が試合をやる事になった。レフリーはそのまま鳴海が引き継いだ。


「なんや藤堂、友達や言うとったけど、同門の友達言う事やたったんかいな。ほな、手出したら危ない言うのは本当やったんか。そんな事は先に言わんかい」


今度こそ正真正銘の同門の従兄弟弟子対決だ。供に『古法流水拳』皆伝の免許を得た者同士。さてどう言う戦いになるのか。

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