第69話 4人の決勝戦1
前回の『ライドラ』から2ヶ月が経った。いよいよ約束の練習試合だ。形式は練習試合だが、これは事実上の前回の決勝戦と言ってもいい。
京都からはミドル級準優勝者の藤堂築根がやって来た。そして大阪からはヘビー級第三位の高根友則が。
ただし前回の試合に準優勝はなかった。だから実質的には高根が準優勝者の様なものだ。
迎え撃つのはヘビー級絶対王者の武藤和義、ミドル級絶対王者の羽賀益男だ。
今回は藤堂築根のセコンドとして京都からは師の金高源水が、羽賀益男のセコンドとして奈良からは金高源次がやって来た。まさに兄弟弟子対決と言う様相だ。
ただ高根友則にはこれと言った師匠はいない。だからセコンドには族の副リーダーが付いて来た。
勿論高根には敵わないがそこそこには出来る男だ。No2を名乗っているだけの事はある。
そして今回のレフリーは誰がするかと言う事になったが、養武館の館長ではやはりちとまずいと言う事になり、詩芽は詩芽で武藤と益男との関りがある。だから今回は誰とも関わってない鳴海がする事になった。
更に今回はリンとリカが面白そうだと言って付いて来た。勿論こっちは野次馬だ。
「なんや、兄ちゃんも来たんか」
「そう言うお前もな、源次。どうだ、その益男とか言う男の出来栄えは。築根の相手になりそうなのか」
「それは見てのお楽しみと言う所じゃ。しかし楽観は危ないぞ、兄ちゃん」
「そうか、それは楽しみじゃの。しかし源次、あれはなんじゃ。あれは本当に詩芽ちゃんなのか」
「わかったか、兄ちゃん。わしも驚いとるよ」
「それにあのリンとか言う男も、リカとか言う女もそうじゃが、それよりなによりもあの鳴海と言うのはなんじゃ。あれは人間か」
「兄ちゃん、あれがわしが言うとった化け物よ」
「なるほど化け物か。確かにの。こりゃ勝てんわ」
「おいおい、兄ちゃん。勝つ気でおったんか」
「まぁな、しかし止めたわ」
「それが賢明じゃて」
試合は大会と同じルールで、3分3ラウンド制で引き分けの時のみ、もう1ラウンドを戦う。そして今回の為に特設のリングを組んでいた。
第一回戦は羽賀益男と藤堂築根からだ。供に古法流水拳を学んでいる。
と言っても羽賀益男の方は、2ヶ月間だけの付け焼刃かもしれないがそれでも益男の才能がそれをカバーしていた。
片や藤堂築根は古流流水拳のサラブレッドだ。果たしてこの差が勝負にどう影響するのか。試合のゴングは鳴った。
益男は上下のコンビネーションを上手く使って息をつかせぬ速攻で攻めていた。しかもその突き蹴りの一つ一つが鋭くて重い。相当な修練を積んだんだろうと藤堂は思った。
藤堂は流水受けで何とかやり過ごしていたが、それでも時々は軽いのを貰っていた。それほど益男の攻撃は絶妙だった。しかもタフだ。中々攻撃の手を緩めない。
ここはどうしても一旦間合いを切りたい。そう思った藤堂は一歩飛び退って、それから前に倒れこんで前方回転をした。しかも身体を起こした時には両手を床について回転して足で益男の足を払いに行った。
流石の益男もこれには間合いを切らなければならなかったが、益男はそこから上に飛んで刈り足を外し、上から藤堂目掛けて下段踏み足蹴りで潰しに行った。藤堂は更に回転してこの難を逃れた。
どちらも甲乙付けがたく、一瞬の隙も目を離せない攻防になった。
しかも藤堂が何か仕掛けよう思ったら、即益男が攻撃を仕掛けて来るので、藤堂は十分な体勢を確保出来なかった。
「おいおい、これでは築根の得意技、瀑流が使えんではないか」
そう言ったのは、築根の師、源水だった。
「源次のやつめ、瀑流封じを教えおったか。しかしあれは普通の者には出来ぬはずじゃ。あ奴ほどの技量がなくてはな。羽賀益男か、中々のものだな」
藤堂も少し焦っていた。自分の相手、羽賀益男がここまでやるとは思ってもいなかった。
流水拳の奥義を使う為には、どうしても気を溜め練らなければならない。その為には若干の時間がいる。
その間隙をこの男は潰してくるのだ。それは体内の動きだ。よほど流水拳の事を知ってなくては出来ない。
益男がこの2ヶ月間で教え込まれたのは、流水拳の実体だった。仮に流水拳が使えなくても、技の成り立ちがわかればその技を破る事は出来る。
勿論その為にはかなり高い技量が要求されるが、この男なら出来ると踏んだ源次はそれを叩き込んだ。
「源次のやつめ、味な真似をしおるわ」
藤堂に流水拳が使えなければ後は拳と拳の勝負になる。それは益男の領分だ。
この打撃戦ではやはり藤堂が押され始めた。しかしそれで藤堂に使える技がなくなった訳ではない。やはりこの男は天才だった。
益男の攻撃を巧みに流水で受け流し、益男の会心のストレートパンチに被せてクロスカウンターを打った。
しかもその拳に勁を乗せて。これには流石の益男も堪らず後ろにふっ飛んだ。
このクロスカウンターで難しいのは前に入って行って打つクロスカウンターだ。
スウェーで後ろによけてから打つのではなく。しかし藤堂はこれを流水受けの要領で見事にやってのけた。
益男はカウント8でようやく立ち上がった。しかしかなり足に来てる様だ。
続行と鳴海が言った時、これがチャンスだとばかり藤堂が襲い掛かったが、益男は辛うじてゴングに救われた。
「益男どうじゃ、いけそうか」
「はい、師匠。まだ大丈夫です」
「そうか、なら一発かまして来い」
「はい」
「築根、どうじゃ、あやつは」
「思ったより強いですね。でも次で決着つけてきます」
「そうか、しかし気をつけろよ。源次のやつがこれくらいで終わらせておるとは限らんからな」
「わかりました、師匠」
それぞれの思いを胸に、二人は再びリングに立った。ゴングと供に藤堂はすーと流水拳の構えを取った。今回は初めから流水拳で行くと言う事だろう。
そして益男は、何と益男もまた流水拳の構えを取ったではないか。まさか益男も流水拳で戦おうと言うのか。
「そんなにわか仕込みの流水拳で何とかなると思ったか」
そう言って藤堂は流れる様な攻撃を仕掛けてきた。それに対し益男はこれまた見事な流水受けで攻撃を流していた。
まさかと藤堂は思った。どうしてあんな短期間でこれだけの流水受けが出来るんだと。
決して短時間ではなかった。それ以前から益男は散々誌芽にしごかれていた。
益男が身に付けた流水拳は誌芽の流水拳だった。まさにこれは同門対決だ。打てば流し、流せば打つ。波が寄せ引く様な見事な攻防だった。
門下でここまでの流水拳を使える者は、今までは誌芽と築根のみ。しかし今はもう一人、益男と言う男が加わった事になる。
「まさか、あやつがここまで流水拳を使えるとは思ってもみなかったぞ。誌芽のやつめ。相当仕込みおったようじゃの」
「まさかこれ程のものとはの。築根よ、気を抜くなよ。気を抜けばもっていかれるぞ」
2ラウンドは互角のまま終わった。いよいよ最終ラウンドだ。果たして藤堂が勝つのかそれとも益男が勝つのか。
「ねーリン、どっちが勝つと思う」
「わからんな。双方とも良い腕だ」
「あたしは藤堂ちゃんに勝ってもらいたいと思ってるだけどさ」
「何故だ」
「だってさ、大阪ではあたしが勝ってしまったじゃない。それに益男は先輩の弟子みたいなもんだしさ」
「おい、そう言う事じゃないだろう」
2ラウンドを見て驚いていたのは、何も彼らだけではなかった。武藤もまた黒沼もだ。
「おい、武藤、どうなっとるんだ、あれは。いつからあいつはあんな技が使える様になったんだ」
「俺も知らないっす。でもよく誌芽師匠と稽古やってましたから。そこで覚えたんじゃないっすか」
「これはお前に取っても脅威だぞ」
「わかってます」
その点武藤は誌芽から流水拳は教わらなかった。戦うスタイルが違うと言ってしまえばそれまでだが、それよりも戦い方そのものを教わったと言っていいだろう。
間合いの取り方、当然これには間合いの潰し方も入る。そして攻防のタイミング、虚実の取り方、打撃の時の力の入れ方。特にこれには勁の乗せ方が入っていた。
だから今の武藤の技は、以前の力任せの技からは考えられないほど、精密で効果のあるものになっていた。
益男や藤堂の技が静の技とするなら、武藤の技は高根友則と同じ剛の技と言う事になる。しかしただ単に剛と言うだけであるはずがなかった。
それは高根友則にしても同じだ。ここにまた一人のライバルを見つけたと思っていた。
こうして羽賀益男と藤堂築根の戦いは最終局面に入って行った。ここには会場を揺るがす観衆もいなければ、眩く光るスポットライトもない。
しかしそれぞれの中には眩しく光る熱い魂があった。これは己の魂そのものを燃やす戦いだ。二人は自分の持つ全てを出してぶつかり合った。
藤堂はこの回から勁を乗せた攻撃を多用しだした。益男はそれを何とか流し受けているが、一発でも当たればかなりのダメージを受ける。
勁を使うと言う事はそれだけ動きが大きくなる。そこにつけ込んで益男は藤堂のバランスを崩した。
そしてチャンスと見た益男はそこに会心のパンチを打ち込んだ。しかしこれは藤堂の罠だった。
バランスを崩したと見せかけて益男の攻撃を誘い、益男の会心のパンチを引流で引き込んで破流に勁を乗せて打ち込んだ。普通ならこれで終わるはずだった。
しかし益男は打ち込まれた破流を手の平で受け止めていた。しかしそんな事でどうこうなる打撃ではなかったはずなのに藤堂の拳はそこで止まっていた。
「何故だ。どうなってる」
「悪いな、藤堂。相殺させてもろたで」
「馬鹿な、勁を勁で受けたと言うのか。そんな事が出来るのは師匠くらいのものだろう」
益男は握った自分の手に気を集めて寸勁の態勢に持っていった。しかし藤堂もまた天才。手の平で受けられている拳に気を集めていた。そして同時に放たれた技は。
益男の放った技は誌芽が得意技とする「竜破衝」だった。そして藤堂が放った技は古法流水拳の秘奥義中の秘奥義、「烈破流」。
秘伝「瀑流」の上を行く技だ。これが藤堂が言っていた伝授されてない秘伝だった。
「ちょっとあれってひどくない。あれは先輩の得意技でしょう。あんなものを使うなんて」
「しかし相手も似たような技を使ったぞ。まぁ、お相子と言った所だな」
「そんなー」
供に強烈な技を受けた両者はそのまま倒れてしまった。そして両方とも動かない。鳴海はダブルノックアウトとして両者の引き分けを宣言した。
「なんじゃ今のは。あんな技、わしゃ誌芽に教えてはおらんぞ。しかも威力は『烈破流』と同等ときたか。いや、それよりも上じゃな、あれは」
源水もまた驚いていた。
「まさか、あんな技があろうとはな。なんじゃあれは。源次が教えたのか。いいや、そうではあるまい。我が流派にはない技じゃ。すると誌芽ちゃんが開発したとでも言うのか」
「確かに技は似ておる。しかし『烈破流』は相手に接触した所からしか打てん。しかしあやつの技は目標から3センチは離れておったぞ。それで尚、同等以上の威力だと言うのか。恐ろしい技じゃの」
今の益男にはそれが限界だが、誌芽なら30センチ離れた所からでも打てる。しかももっと威力のあるものを。
そして次はいよいよヘビー級の戦いだ。
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