第68話 亜里沙の友達の危機
横浜での問題が片付いたので、鳴海はまたいつもの業務に戻った。と言っても雇われ社長の様なものだ。これと言ってする事はない。
だからと言って鳴海の存在が邪魔になってる訳ではない。やはりここ一番と言う時には鳴海が頼りになる。鳴海とはそう言う存在だった。
そんな時、また亜里沙が鳴海の所に来て、
「ねぇねぇ、鳴海さん。ちょっと助けてあげてよ」と言う。
「何を助けるんだ」
「あのね、あたしの知り合いのタレントなんだけど、ちょっとセクハラされてるらしいのよ。だから」
「セクハラって言っても色々あるだろう。プロダクションの社長か何かか」
「そうじゃないんだけど、業界の先輩かな。無理な事言ったり意地悪するんだって」
「お前達の業界って、そんなとこじゃないのか」
「まぁ、そうなんだけどさー、それだって程度ってもんがあるでしょう。ちょっとひどいのよ。それにどうやらあっち人達も絡んでるみたいだし。だから誰も何も言えないのよ」
「そう言う事か。それで俺に掃除でもしろと」
「まぁね。だからお願い」
「わかったよ。じゃーちょっと行ってみるか」
そのタレントと言うのは最近売れ出してきた、個性派のアクション女優、薗麗華だった。
本人も空手の有段者らしく、けっこう切れの良い演技をする事で有名だった。
それにどんな過激な演技でもスタントマンを使わないで、全て自分でするらしい。その代わり生傷が耐えないと言っていた。
スタイルが良いのは勿論だが、顔も個性的でチャーミングな顔立ちをしている。
普通の人間ならどうにかしてみたいとは思わないかも知れないが、暴力を生業にする人間に取っては相手が多少なりとも武道の心得があるだけに、苛めてかしづけせその上で陵辱してみたいと思うのかもしれない。
その手先になっているのが大物と言われる女性歌手の吉野マリカだ。
その傲慢さは業界でも有名で、しかも実力もありまた裏社会との関わりの噂もあるので、誰も何も言えなかった。彼女に逆らって業界から干された人間も何人かいる。
今回はどうやらその対象が薗麗華になった様だ。事あるごとに呼びつけては難題をふっかけているとか。
いずれは何処かのやくざ組織の幹部にでも引き渡すつもりでいるのかも知れない。または向こうから指名されている事だってあるだろう。
そう言う事で今まで犠牲になった女性タレントも少なからずいると言う話だが、誰もその事を公表しようとはしない。そんな事をしたらいつ殺されるかわからないから。
それで鳴海は亜里沙に頼んで、薗麗華のアシスタント・マネージャーと言う事にしてもらった。
休みの日などによく呼び出されると言うので、しばらく営業のない時に鳴海が一緒について歩く事にした。
「あのー鳴海さんって、亜里沙さんの何なんですか。恋人さんですか」
「何でそう思うんだい」
「亜里沙さんが、とっても頼りになる人だから安心して相談に乗ってもらったらいいって言われたんですが、その後で、だけど絶対手を出しちゃだめだからねって言われちゃったので」
「あいつがね。しかしあいつの彼氏になりたがる男がいるとは思えんが」
「どう言う意味ですか、それは」
「いや、何でもない。ところで君は空手の有段者だそうだね」
「はい、高校生の時に型の部で全国優勝しました」
「それは凄いね。それは何処で習ったんだい」
「千葉にある道場です」
「誰か目標にしてる選手でもいるの」
「はい、『ライドラ』のミドル級チャンピョンの羽賀選手です」
「益男ね。何処がいいんだい」
「えっ、益男。いえ、はい。凄くカッコいいじゃないですか。羽賀選手って。それに技が物凄く切れて、華麗で動きが凄くスムーズなんですよ。私の理想の動きなんです」
「あれがね、まぁいいか」
今日は夕食まで付き合ってその後は引き上げるつもりにしていた。その食事が終わる頃、その女性歌手から彼女の行きつけの店に直ぐにおいでと連絡があった。
これは断る訳にはいかないので、鳴海も薗麗華と一緒にその店に出かけた。嫌だからと言って行かなかったらまだどんな意地悪をされるかわからない。
その店には彼女の取り巻きのタレント達が多くいた。彼らは言わば女王の僕みたいなものだ。
誰も逆らわない。彼女の言う事をそのまま実行するイエスマン達だ。
そしてそこには見慣れない客もいた。ただ何処となく嫌な感じがした。
「来たわね、麗華。先ずは駆けつけ3杯よ。飲みなさい」
と言われて彼女の飲んでいたウイスキーのロックグラスを渡された。そこで鳴海が、
「別に麗華さんは遅れて来た訳ではありませんので、ご容赦を」と言ったが、
「何言ってるのよ。私がここにいて、後から来たら遅れて来たに決まってるじゃない。余計な事を言うんじゃないわよ。それにあんたは誰。見慣れない顔だけど」
「はい、新しいアシスタント・マネージャーの川崎と言います。よろしくお願いします」
「マネージャーの利根村はどうしたの。何であんたみたいな下っ端が一緒に来るのよ。舐めた奴ね。仕置きが必要ね」
もう完全に女王様気分だ。
「ともかく飲みなさい。嫌なの。わたしの酒が飲めないとでも言うんじゃないわよね」
「いえ、そう言う訳では」
麗華は覚悟を決めて飲んだ。正直彼女はそんなに酒が強い訳ではない。
しかも大きなグラスに注がれたウイスキーのロックのダブルを3杯も立て続けに飲んだら、一気に酔いが回ってしまう。
それが狙いだったのかも知れない。その上で、その女性歌手は麗華に、
「向こうのお客さんもお前に注いでもらいたいってよ。注いであげな。わたしの大事な客さんだ。粗相のない様にね」
そう言われたのは先ほどの陰険な客達だった。どうみても普通の客ではない。恐らく裏社会の人間達だろう。
やはりあの噂は本当だったのかと麗華は思った。しかしここまで来たらどうする事も出来ず、その客の所に言ってしゃくをした。
「悪いね、有名なタレントさんにしゃくさせちまってよ。じゃー返杯だ。ぐーっと行ってくれ」
そう言ってその客は、これまた大きなグラスになみなみとウイスキーを注いだ。
こんなものを一緒に飲んだらそれだけで麗華は酔いつぶれてしまう。おそらくそれが狙いなんだろう。ここで泥酔させてあられもない姿にする。
ここいる客はみんなサクラだ。と言うよりその女性歌手の身内ばかりだった。
そしてみんなはその様子を見てニヤニヤとしていた。この先薗麗華のどんな醜態が見れるかと。
「お客さん、それくらいにしてもらえませんかね。うちの麗華はホステスじゃないんで」
「何だと、てめぇ、誰に言ってるかわかってんのか」
「ええ、わかってますよ。馬鹿なやくざにだと」
「てめぇー、良い度胸だな。死ねや」
そう言ってその男は、ウキスキーのボトルの首の部分を握って立ち上がり、鳴海の頭を殴ろうとした。
その時、もうこれ以上ないと言う様な綺麗な動きの回転後ろ廻し蹴りがその男の頭部に炸裂した。
その男はその場で一回転して床に落ちた。勿論もう立ち上がって来る事はなかった。
それを見た残りの二人が椅子を蹴って鳴海に向かって行った。
しかし二人目の男は鳴海の中段蹴りで入り口の扉辺りまで吹き飛ばされた。これまた文句のつけ様のない見事な中段蹴りだった。
三人目は、腰からヤッパを抜いて腰だめに鳴海を刺しに来た。しかしこれも相手が悪かった。普通なら確実に刺す事が出来ただろう。
しかし鳴海の体に届く瞬間、鳴海は体を捌いてその外側に入り、相手の手を押さえながら自分の右の手掌を相手の顎にあてがい、そのまま仰向けに後頭部から床に落とした。
これは脳震盪以上の効果があっただろう。鳴海に刃物を向けた罪だ。これくらいは仕方ないだろう。
この間10秒とかかってはいなかった。3人が倒された後、店はしーんと静まり返っていた。誰一人と口を開く者はいなかった。
「では、用事も終わった様なので私達は帰らせていただきます。麗華さん。帰りましょう」
「ま、待ちなさいよ。こんな事してただですむと思ってるの、あんた達」
「どう言う事でしょうか。暴力を振るって来たのは向こうですから、一応正当防衛ではないかと思うのですが」
「そう言う問題じゃないのよ。あんたこの人達が誰だか知ってるの」
「いいえ、知りませんが」
「この人達は安野組の組員で、特にあんたが最初に倒した人は、東野さんって言ってそこの幹部なのよ。どうなっても知らないわよ」
「それはあなたの方じゃありませんか。これであなたがやくざと付き合ってると言う事が証明された事になります。それに今回の事は今の言葉も含めて隠しカメラで撮らせてもらいましたのでよろしく」
と言った。
その大物女性歌手は呆然となってしまった。まさかこんな事になるとは夢にも思ってなかった。しかしまだ手はある。安野組に頼んで何とかしてもらえばいいと思った。
何とか組に辿り着いた3人は、その店で何が起こったか安野組長に報告していた。流石に三人目は病院に送られた。
「お前もつまらん事したもんだな。それで恥かくのはうちの代紋だろが。わかってんのか」
「はい、すんません」
「この落とし前はちゃんとつけて来い。いいな」
「はい、わかりました」
そう言った時、表が騒がしくなり、そして静かになった。
「おい、何だ。見て来い」
そう言われた東野が表に出て見たものは、あの時の薗麗華のアシスタント・マネージャーだと言っていたあの男だった。そして組の者達はみんな床に倒れていた。
「何しにきやがった。てめぇ」
「まだ話がついてないと思ってな」
「なんだと」
「そっちだってあのままじゃ面子が立たんだろう」
「良い度胸だな、てめぇ、ここまで乗り込んで来るとは。覚悟は出来てるんだろうな」
「なんだ、東野。おまえ、そいつにやられたのか」
そう言ったのは出て来たのは安野だった。
「はい、すいません。こいつです」
「てめぇ、いい度胸だな。何しに来た」
「決着をつけてやろうと思ってさ」
「素人があんまり調子に乗らん事だ。怪我ではすまんぞ」
「俺もそう思うよ。怪我ではすまないとな」
そう言って鳴海はメガネを外し髪の毛を逆立てた。そして『やくざ狩り』の気を流した。
その瞬間、部屋の温度が10度ほど下がった。そして鳴海の体からは北海の冷気が噴き出していた。今回はいつもの気より少々強め目に出した。
「あ、あんた。まさか『やくざ狩り』か」
「そうだ。喧嘩売って来たのはそっちだ。覚悟は出来てるんだろうな」
「まっ、待ってくれ。待ってくださいよ。知らなかったんだ。うちの若いもんがそんな事やってたなんて」
「そっちのクズ、確か東野とか言ったな。どうするんだ」
東野は余り事に口も聞けずそこで固まっていた。心拍は上昇し、冷や汗が出て、このままでは殺されると思った。
その次に東野のした事は、床に頭を擦りつけてただ震えていた。
それほど鳴海から流れ出る冷気は凄かった。組の全員が南極の地に立たされている思いだった。
このままでは凍傷どころではない凍死してしまうとさえ思えた。
鳴海はソファーに腰を下ろし冷気を解いた。すると部屋の温度も通常に戻り全員が生き返った思いだった。
この男に逆らう事など出来るものではないと、心の底から思い知らされた瞬間だった。化け物だと。
特に安野はあの時、勝篠崎に手を貸さなかって良かったと思った。もし貸していれば、今頃安野組はこの世から消えていただろう。
「で、この落とし前、どうつけるつもりだ」
「何でもお望みのままに。まずはこいつのエンコを飛ばします」
「いるか、そんな汚い指なんか。しかしそれなりの事はしてもらうぞ。俺に喧嘩売って無傷では今までの奴に申し訳ないだろう。それとな、俺は今、薗麗華のアシスタント・マネージャーも兼ねている。今後薗麗華へのちょっかいは一切許さん。その時はこの組が消えると思え」
「わかりました」
「ところでお前のとこと、あの歌手の吉野マリカとは繋がりがあるのか」
「つながりを持ってたのはこいつです。うちに連れて来た事がありますので。一応応援はしてやってます」
「おまえら、あのメスネコを通して随分と良い思いをしたそうだな」
「それほどでも。いや、すいません」
「その証拠になる写真やビデオ全部出せ。少しでも隠してから許さんからな」
「わかりました。おい、全部持って来い」
「はい」
「それからあのクソ女には二度とこんな事が出来ない様に脅しをかけとけ。そして薗麗華の所に謝りに来させろ。いいな」
「はい、わかりました。必ずそうします」
それだけの事を約束させて鳴海は去ったが、残った者達は、それこそ生きいた心地がしなかった。そして東野にはこの後更に地獄が待っていた。
その後何日かして、例の大物歌手からそちらに伺って是非薗麗華さんにお会いしたいのでアポを取りたいと言う電話があった。
その日その歌手は、マネージャーと共々最高級のシャンパン、ドンペリニオン、俗にドンペリと言われる酒を持ってやってきた。その時は鳴海も連絡を受けていたので薗麗華と同席した。
応接間に入るなり、二人は土下座して謝った。その背中は震えていた。よほど怖い目に合わされたんだろう。
やくざ達に取って表面には傷をつけず拷問をする方などいくらでも知っている。
しかもそのやくざが謝って来いと言った相手だ、疎かに出来る訳がなかった。
更に言うなら、薗麗華のアシスタント・マネージャーには何が何でも平謝りして来い。絶対に口答えや生意気な態度は許さん。
もし機嫌を損ねる様な事があれば、東京湾に沈めると言われていた。それでは震えもするだろう。
鳴海は一言、
「今まで同じようにして騙してやくざの餌食にしたタレント達がいたでしょう。その全員に謝ってください。全員のリストは私が持ってます。私の言った事が実行出来なければ、あなたを安野組に送り返します」
と言った。
この歌手は更に震えて唇が白くなっていた。そしてその後マネージャーに支えられる様にして薗麗華の事務所を後にした。
「今回は本当にありがとうございました。会ったら私かもお礼を言いますが、亜里沙さんにも宜しくお伝えください」
「わかった。そう伝えておくよ」
「あのー一ついいですか」
「何だい」
「貴方の空手は凄いですね。あんな見事な技を見たのは初めてです。良かったら教えていただけませんか」
「ん?いいのか。君は羽賀選手のファンではなかったのか」
「えっ、あっ、そうですが。それはそれこれはこれです」
「おいおい、二股かよ」
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