第67話 ロシア狼4

 今回の事件は周囲に色々な課題を残す事になった。警察に取っては最悪だ。


 会社員狙撃事件にしても、その会社の社長への拷問殺人事件にしても、またやくざの組を襲った怪奇殺人事件にしても、何一つ事件解決に結びつく材料を引き出す事が出来なかった。


 これは警察の黒星、失態と言っていいだろう。また上司から大目玉を食らう事になるが、実際問題、これほど理解に苦しむ事件はなかった。いや、違うなと幾人かの刑事達は思っていた。


 渋谷周辺の麻薬に絡んだハングレ達が殺された事件あたりから、何となく捜査の行方が自分達の手から離れている様に思えて仕方がなかった。


 何か刑事と犯人と言うファクター以外の物が、事件に介入しているんではないかと思う刑事も出てきていた。


 しかしだからそれは何んだと言われても、答えられるものは何もない。ただそれは刑事としての勘だ。


 事件そのものの動機も殺害方法も、今までの常識には当てはまらないものばかりだった。俺達は一体何を追っているんだと思う刑事もいた。長谷部もその一人だ。


「なぁ、吉住よ、俺は老いたのかな」

「何です急に」

「今までの俺のデカとしての経験や推理が当てはまらん事件が多過ぎるんだよ、最近は」

「いや、それは何も長さんだけじゃありませんよ。俺だって何が何だか。みんなだってそう思ってますよ」

「最近の事件のあり方に、何か異質なものを感じるんだよな」

「異質なものってなんですか」

「良くわからんが、別の何かと言うか、人の手に余るものと言った感じのな」

「それはありませんよ。人が人を殺す以上、基本は同じじゃありませんか」

「まぁな、そうならいいんだがな」


 そう思っていたのは何も刑事だけではなかった。新聞記者の朝巻もまたそう思っていた。


「何なんだ、最近の事件はよ。何がどうなってやがる」


 朝巻にしてみれば、渋谷、横浜、お台場に、また横浜と、不可解な事件が続いていた。それらの中で見え隠れしている名前が一つあった。それは鳴海と言う名前だ。


 彼が全ての事件に関係があるとは言えない。まして今回の様に、数十名のやくざを惨殺した怪奇殺人事件などは完全に無関係だろう。しかしそれでもまだ朝巻には引っかかるものがあった。


 最近まで知らなかった事だが、お台場で狙撃された会社員の第一発見者が鳴海だと聞いて、朝巻はまさかと耳を疑った。


 この名前は表には出て来なかった。無理もない。場所は土曜の午後、公園とし言う公の場所だ。


 多くの人がいて誰もが第一発見者となり得る。だから特定された発見者の名前など公表されていなかった。


 鳴海が第一発見者と言う事は狙われた訳でもなく、また鳴海がどうこうした訳でもないだろう。だがと朝巻は思った。何故ここにこいつの名前が出て来るのだと。


 今回は本当の偶然だったんだが、朝巻にしてみれば以前からの絡みでどうしても偶然とは思えないものがあった。それは朝巻の思い過ごしもいい所だが、結果としては鳴海が絡む事になった事件には違いなかった。


 そしてロシア大使館では、所属する2名の武官が姿を消した。何処をどう探しても消息が掴めない。しかもその一人がゲゾンともなれば話が違ってくる。


 言ってみれば彼は第一級品の秘密兵器だ。それが何処に行ったかわからないでは済まされなかった。


 しかし地下組織本部の情報により死んだかも知れないと言う連絡があった。しかしこの事が表ざたになる事は最後までなかった。


 結局は東京と神奈川の合同捜査本部も、これと言った進展がないまま、これもまた迷宮入りになってしまった。


 長谷部と吉住刑事はもう少しで何かが掴めそうだと思っていたが、肝心の関係者が全員死んでいてはそれを立件する事は不可能だった。


 ゲゾン達に拉致された島本貿易の従業員は、鳴海に記憶を消されて家に帰された。


 その日の事は何も覚えていないだろう。ただその日一日の記憶も一緒に消えてしまったがそれはそれで幸いだろう。


 その後の島本貿易は、社長と腕利きの課長を亡くし、ロシアからの入荷もなくなれば会社を閉めるしか方法がなかった。


 取り敢えずはこれでこの横浜での騒動は終わった事になる。勿論警察当局は終わったとは思ってないだろうが、これ以上事実が何も出てこない以上は終わったも同じだ。


 鳴海とリンにはまだこれからやる事があるが、鳴海はまずミクスチャーズの所に行って色々役に立ったと礼を言った。


「ありがたいと思うなら、何か形で見せてよ」

 とリーダーの昌平がませた事を言った。


「そうだったな。じゃーこれで何か食え」

 そう言って鳴海は昌平に5万円渡した。


「いいのか、こんなに貰っちゃって」

「何言ってる。欲しいと言ったのはお前だろう。それにな情報と言うのは金になるんだ。それも覚えておけ」

「うん」


 鳴海は思っていた。何かあれば直ぐに金を要求する。その姿を浅ましいと思うだろうかと。いや、そうじゃない。こいつらにはそれしかないんだと。


 暖かい家庭がある訳でもない。何かあった時の預金もない。身体を壊した時に助けになる保険もない。


 着ている物だって古着の寄せ集めだ。時たま働いてる奴らに、余分な金が入った時しか買えないだろう。


 それこそ毎日食う事で精一杯だ。それでも生きて行かなくてはいけない。


 成人になればそれなりに生きて行く方法もあるだろう。しかしそれは決して安定した生活ではないだろう。


 まして子供では、この確定された学歴社会では邪魔者でしかない。義務教育と言えども彼らには、さげすまれた目で見られるだけの針のむしろみたいなものだろう。それが彼らの現実だ。


 彼らにとって人生とは一体何なのか。しかしまだ戦場の子供達よりはましかもしれないが、それでも今のこの社会では、生きて行く事そのものが、彼らに取っては戦場なのかもしれないなと鳴海は思っていた。


「お前ら、負けたくなければ強くなれ」

 そう心で言って鳴海はその場を離れた。


「次は架橋のボスか」


 一応経緯は説明しておいてやろうと、鳴海は耀梓轩(ヤオ・ズーシェン)に会いに行った。


「あんたの事だ。もう大方の事はわかってると思うが、一応の脅威は去った」

「らしいな。しかしあんな奴らがおったとはの」

「まぁ、世の中は広いと言う事だ。それにあれで完全に終わった訳ではない。奴らだって馬鹿じゃない。きっと改良して新しい人間兵器を作り上げてくるだろう」

「それまでの平和と言う訳か。面倒じゃの」


「まぁ、そう言う事だ。後はよろしく頼む」

「わかった。で、お前さんはこれからどうするつもりじゃ」

「まだ後始末が残ってるんでな」

「そうか、では気を付けてな」

「ああ」


 最後に残った実験体の1体だが、ロシアの周辺国家との紛争に投入されたが、やはり時間制限の問題で強化出来なくなった所を狙われて命を落としたと言う。


 これで人間兵器の全員が消滅した事になる。しかしまだオリジナルのゲゾンのDNAと研究レポートは残っている。


 今直ぐは無理でも、時期が来ればまた再開出来るだろうと科学者達は考えていた。


 ゲゾンの記憶を元に、地下組織の場所を割り出した鳴海とリンは再びロシアに飛んだ。今度の場所はモスクワだ。


 ロシアの首都モスクワ、ここもまた長い歴史を持つ町だ。町の近代化は進んでいる。


 しかし基本的に町の構造そのものは古いままだ。だから至る所で補修工事が行われている。


 ウラジオストックでは日本の古い車がまだ多く走っていたが、ここモスクワでは流石に近代的な世界の車が所狭しと走っている。しかし交通状態の悪さは日本以上だろう。


 モスクワの中心地から南西の方角にモスクワ大学と言う最高学府がある。そこは高台の上に立っていて、モスクワ市内を一望出来る。


 大学正面から左手の方にはルジニキ・スタジアムが見え、近代的なビル群も一望出来る一つの観光スポットになっている。


 かっては政治の中心と言われたクレムリンも今では一部を除いて観光名所となっている。


 政治の中心は新しいビルに移った。しかしクレムリにはまだ大統領執務室と言うのがそのままあって時々は大統領もいる様だ。


 ロシアの地下鉄は思ったよりも綺麗だ。ニューヨークの地下鉄と比べると雲泥の差がある。


 ゲゾンの記憶からわかった地下組織の場所は、モスクワの中心地から北西にあるベラルースキー駅の近くにあるはずだった。その駅は薄緑のヨーロッパ風の綺麗な駅舎だ。


 その裏通りを入った所のビルの地下らしい。鳴海とリンが乗り込んだ時には、その場所の全ての機材は撤去され、もぬけの殻になっていた。敵もさる者、危険を察知していち早く撤収したのだろう。


「まぁ、いい。いずれは追い詰めてやる」と鳴海もリンもそう思っていた。そしてそこから再びウラジオストックに飛んだ。


 二人は機上でシベリア山脈を通過した時、

「ロシア狼達よ。お前達の仇は取ってやった。シベリアの雪の大地で安らかに眠れ」

 と言った。


 そして今回の最終地、ウラジオストックで二人はセルゲイの墓の前に立ち、


「これでやっと終わったぞ、セルゲイよ。約束は果たした。安らかの眠れ。そして後の事は俺達に任せておけ」

 と一言告げた。


 例え鳴海達が今回、この地下組織を叩いていたとしてもそれで全てが終わる訳ではない。


 所詮はいたちごっこに過ぎない。一つがなくなればまた新たな一つが立ち上がる。


 何処の国でも同じだ。軍事に対する研究に、諦めや終着と言う言葉はない。


 更に言うなら人間が人間である以上、この世から、闘争や殺戮と言う言葉がなくなる事は未来永劫にない。


 人間とはそう言う因子を持って生まれて来た種だと鳴海は思っていた。人の性とは悲しいものだ。


 ともかくこれで一つの脅威が去った事になる。ただ鳴海に取っては、ある意味これからが始まりなのかも知れない。


 帝王や黒社会の番犬達を育てたローがいる。そして日本の政財界の影のドン、大槻源蔵。


 そして今回のロシアの地下組織。それぞれが鳴海に取って脅威となり得る存在だ。


 だからと言って鳴海が四面楚歌になってると言う事ではない。鳴海には頼もしい仲間がいる。それも世界最強の。


 そしてバックアップになってくれる者達も現れた。関西の影のドンと言われる白木泰三と巫女の血を引く彩。横浜の華僑のボス耀梓轩(ヤオ・ズーシェン)もその一人だ。


 そして鳴海が『やくざ狩り』として屈服させたやくざ達も、今では鳴海の手足として使える。


 そう言う意味では、大きな戦への準備が徐々に揃いつつあると言ってもいいのかも知れない。


 この先鳴海は何を目指して何処に行こうと言うのか。それこそ『死神』のみぞ知ると言う事だろう。


「だからこそ、この世は面白いと言えるのかも知れんな。暇つぶしには持って来いだ」

 と鳴海は悪魔の微笑みを浮かべていた。

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