第15話 館長黒沼とリカの復活

 夕食も終え、またいつか会おうと武藤と別れて鳴海達はホテルに戻った。


 その後豊洲や瀬能とも話はまた明日しようと言う事にして別れた。


 鳴海が自分の部屋に戻ってしばらくした頃、フロントからお電話ですと言う知らせがあった。


 出てみるとそれはさっきまでいた養武会の館長、黒沼からだった。


 申し訳ないが少し話したい事があるので外までご足労願えないだろうと言うものだった。


 言葉に少し真剣な響きがあった。鳴海はまぁいいかと出かけた。


 ホテルの表で落ち合って、少し先の公園まで歩いた。


「それで俺に話って何だい、黒沼さん。まさか俺と野試合をしたいなんて言うんじゃないだろうな」

「そのまさかなんだがね。いかんかな」

「遅かれ早かれそうなるんじゃないかとは思ってたけどね」

「ほー、それはまたどうして」


「あんた『マルサン・プロダクション』の加治木の援助を受けてるだろう」

「よくわかったな。その通りだ」

「金か」

「まぁ、そうだ。あのビル一つ維持して行くにも結構な費用がかかるんでね。それに色々なイベントの費用や宣伝費もいる」

「その面倒みてもらう代わりに裏の仕事を請け負ってたと言う事かい」


「まぁ、そんな所だ。そして今度はあんたが邪魔になった」

「それは良いんだが、この事を武藤は知ってるのかい」

「いいや、あいつは空手バカだ。空手以外の事は何もわからん。それにあいつは俺も巻き込みたくないと思ってる。こんな汚れ仕事は俺一人で十分だからな」


「だろうな。それにあんたの空手は武藤のとは違うしな」

「わかるのか」

「ああ、あんたの身体からは染み付いた血の匂いがする」

「よくわかったな。あんた、闇試合と言うのを知ってるか」

「地下でやられてると言う、賭け試合の事か」

「そうだ、武器を使う以外は何でもありの試合だ。殺しても構わない。そこで俺は引退するまでチャンピオンをやっていた」


「それは大したもんだ。それだけの力があれば武藤を大会に送るより、あんたが出た方が優勝出来るだろう」

「それは違うな。俺は裏の人間だ。表の試合は表の人間が出るべきだろう」

「へーあんたにそんな殊勝な気持ちがあったとは知らなかったよ」

「こんな俺でもまだ武術家の端くれなんでな」

「そうかい、わかったよ。で始めるかい」

「ああ、そうしよう」


 こうして二人の戦いは始まった。勿論この日本で野試合や決闘と言うものは法律違反になっている。


 しかし本人同士が納得して始めたものを誰が止められると言うのか。


 黒沼の攻撃は鋭い上に重かった。武藤のそれよりも。流石は闇試合のチャンプをやっていたと言うだけの事はある。


「ほー驚いたな。俺の攻撃を全て捌くとはな。今までここまでかわされた事はないんだが」

「引退して腕が落ちたんじゃないのか」

「馬鹿言え、俺は今でも現役だ。次はあんたの手足をへし折ってやるよ。今まで俺に折れなかったものはないんでな」

「そうかい。それは結構な事だ」


 確かに言うだけの事はあった。闇試合で黒沼は受けた相手の手足をことごとく叩き折っていた。


 「鋼鉄の足を持つ男」とまで言われた男だ。


 黒沼は渾身の力を込めて鳴海の首を狙って右廻し蹴りを放った。何故頭を狙わなかったか。


 それは避けられ易いからだ。微妙な位置だが首なら誰もが腕で防ごうとする。それが狙いだった。


 そうして防いだ腕を今まで何本もへし折って来た。それほど黒沼の蹴りは強烈だった。


 鳴海も黒沼の読み通り左腕で防ぎに入った。もらったとばかりに黒沼は更に蹴りを加速した。


 そして黒沼の蹴りは鳴海の腕を折ったかの様に見えたが、折れていたのは黒沼の足の方だった。


 足首の上辺りからポキリと折れていた。そんな馬鹿な、何故俺の足の方が折れると黒沼は思った。


 鳴海は黒沼の蹴りを受けた瞬間、全身の気を左腕に集めた。そしてインパクトと同時に気を放出しながら腕を外に捻った。その力が黒沼の足首をへし折った。


「不思議か、黒沼さんよ。あんたは発勁と言うものを知ってるか」

「中国拳法なんかでよく出て来るやつか。あんなもの言葉だけで単たる普通の力だ」

「そうとも言える。確かに一種の力だ。別に不思議な力ではない。しかしな、使い方次第では自分の力の限界を超える事が出来るんだよ」


「まさか、そんな事が。ではあいつが使ってたのは」

「何を言ってるのかわからんが続けるかい」

「いや、俺の負けだ。これ以上やってもあんたには勝てんだろう。止めるよ」


 そう言って黒沼は折れた自分の足の応急処置だけをやって闇の中に消えた。流石は武術の達人と言うべきか。


 翌日の日曜日、鳴海と詩芽は夕方には大阪に帰る事になっていたので、その前に用事を済まそうと鳴海の部屋に集まった。この部屋だけは少し広い部屋だった。


「所長、ずるい。自分だけ良い部屋取って」


 と詩芽が文句を言っていたが無視した。


 大事な所はみんな押さえたと弁護士の瀬能が言っていた。


 ただまだ細々とした事が残っているので、それは豊洲と相談しながら片付けて行くと言った。


 鳴海もそれで良いと思った。後は豊洲が何とかやってくれるだろう。こいつはまだ心が折れていないからなと鳴海は思っていた。


 それでは祝杯代わりに昼食をしようと言う事になって、ホテルのダイニング・ルームに12時に集まる事にした。


 鳴海と詩芽、そして瀬能が先に来て待ってると豊洲がやって来たが後ろに誰かいるようだった。


 突然前に飛び出して来たのは亜里沙だった。亜里沙は駆け出して鳴海に抱きついた。


 その時豊洲が

「おい、亜里沙止めろ、ここは公衆の面前だ。何処で誰が見てるかわかんないんだぞ」

「いいじゃない。そんな事。鳴海さんはあたしの白馬の王子様なんだからさ」


 亜里沙の目がうるうるしていた。これは前回とは違う嬉涙だ。


「ありがとう鳴海さん。本当にあたしを救ってくれたんだね。信じてたけどさ」

「それと詩芽ちゃんも励ましてくれてありがとうね。でも鳴海さんは渡さないわよ」

「私もです」

「おい、おまえら、良い加減にしろ」


 あれから亜里沙と豊洲は話し合って、また一からやり直す事にしたらしい。


 それもあの出発点の下北沢に戻って。幸い『マルサン・プロダクション』からは3億と言う金が入ってくるので活動資金は何とかなるだろうと言っていた。


 それに豊洲にしても『マルサン・プロダクション』の資料室でただくすぶっていた訳ではない。


 それなりに人脈を作っていたらしい。流石は腕利きのマネージャーだ。


 それで一つ頼みがあると豊洲が言い出した。


「なんだい」

「実は鳴海さんに、うちのプロダクションの代表になってもらいたいんです」

「代表とは社長と言う事か」

「そうです」


「しかし俺はこの業界の事は何も知らんぞ」

「それは俺達でやります。鳴海さんは形だけでいいんです。それに鳴海さんがいれば揉め事が少なくてすみますから」

「なるほどな。俺をこっちでトラブルシューティングに使おうと言う事か」

「だめですよ所長。所長には大阪で仕事があるんですから」

「ちょっと何よ、詩芽ちゃん。邪魔する気」

「まぁ、待て、おまえら」


「鳴海さんには週末の時間の取れる時だけこっちに来てもらえればいいと思ってるんです。こう言う仕事では週末にも結構イベントが入るんですよ」

「それじゃー俺の休みの日がなくなるじゃないか」

「すいません」

「しかし面白そうだな」

「所長、そんな」


 最終的には大阪に帰って、検討して返事をすると言った。


 鳴海は考えていた。


「大阪と東京か。今ならまだ何とかやって行けるだろうが、この先東京へ出向く事が多くなれば両立は難しくなるな。ではそろそろあいつらの出番かな」


 その前に一つ片付ける事があったなと鳴海は思った。


 鳴海は今度は自分から長谷川組に出向いた。長谷川組ではそれこそ蜂の巣を突いた様な騒ぎだった。


 鳴海と長谷川のつながりを知らない組員達は「やくざ狩り」の鳴海が来たと。


「長谷川さんいるかい。俺は鳴海だ」

「は、はい。少々お待ちください」


 そう言って対応した組員は飛ぶように奥の部屋に駆けていった。


 それ以外の者達はみんな、遠巻きに鳴海を見てオドオドしていた。いつ『災厄』が降りかかって来ないかと。


 出て来たのは神原だった。


「これは珍しいですね。鳴海さんが自らお起こしになるとは。どうぞこちらへ、長谷川が待っておりますので」

「ああ、悪いな」


 そう言って鳴海は応接室に向かった。組員達は何がなんだかわからなかった。


「どうなってるんや。鳴海ってわしらの敵とちゃうんか」

「何でそんなんとオヤジが会うんや」

「それに神原さん、なんか親しげやなかったか」


 応接室には組長の長谷川と頭の東郷がいた。


「で、鳴海さん。今回はどんな用事です」

「こっちに『弁天プロダクション』と言うのがあるだろう。その後ろについてる組とその関係を洗ってもらえんかな」

「それはどう言う事です」


「東京でちょっとした揉め事があってな。そこのプロダクションの兄貴分と言うのがここの『弁天プロダクション』だと言う事がわかったんだよ」

「それってお嬢さんのアイドルがいると言うプロダクションの件ですか」

「そうだ。向こうのバックは潰してきたが、そのプロダクションに指図してたのがどうやらこっちの『弁天プロダクション』らしいんでな。ちょっとお灸をすえて、そのバックは潰してやろうと思ってる」


「ただ、あんたらもただ働きは嫌だろう。だからバックを潰したらその後釜に納まればいいんじゃないのか。芸能界って結構甘い汁が吸えると聞いたが。そして『弁天プロダクション』をコントロールしてくれたら助かる」


「ただし興行関係だけにしてくれ。あんまり欲張って俺とぶつからないようにな。バックの組織は俺が潰してやる。これでどうだ」

「わかりました。そう言う事なら協力させて頂きます」


 これで長谷川組との共闘が出来た事になる。


 長谷川組が調べて行くとろくでもない事が一杯出てきた。


 タレントの収入搾取に、対抗するタレントやプロダクション潰し、それもバックの組織を使って暴力も使ってる。その上バックの組織と組んでタレントに売春をさせている事もわかった。


 報告を聞いた鳴海は


「本当にろくでもないプロダクションだな。で代表は?」

「谷本敦夫と言う男です。それと副社長が曲者ですね。

こいつは鵜飼と言うのですが組織から回されてます」

「それでその組織と言うのは何処だ」

「それがちょっと厄介な組でして。神戸の山河会の直系で洲本組と言うんです。結構力を持ってるので我々もちょっと手の出し難い組です」

「なるほど、そう言う事か。わかった。そっちは俺が何とかしよう」


「洲本組と言うのは確か俺が潰した佃組の親筋じゃなかったか」

「そうです。親子の関係にあたります」

「洲本組と言うのは俺との対戦を上手く逃げた組だったな。向こうにしてみれば子の敵は討ちたいだろう。なら討たせてやるか」


 プロダクション内の事は少し手を出し難いが、暴力と売春ならこっちの仕事になりそうだなと鳴海は考えていた。


 それで長谷川組に暴力の被害に合った者や売春させられた者達を探してくれと頼んだ。


『まずは外堀からだな』


 中には『弁天プロダクション』を逃げ出して細々と東京でタレント業をしている者もいた。


 そこでそう言う者達にそれとなく事情を聞いてくれと豊洲と亜里沙に頼んだ。


 そうしておいて鳴海は、いよいよあれを使う時が来たかと、ある場所に向かった。


 ここは鳴海しか入ってこれない場所だ。まるで死体安置所の様な。


 そこに四つの死体が安置されていた。特にドライアイスもホルマリンも使ってないのにその死体は瑞々しさを保っていた。まるで生きている様に。


 ただ魂が入ってなかった。その魂は虚空をさ迷っていた。鳴海はその魂に向かって呼びかけた。


「よう、おまえら元気だったか」

「鳴海さん、何やってるのよ。何時になったら私達を復活させてくれるのよ。いい加減こんなの飽きたんですけど」

「そうでもないだろう。そこでだって戦える相手はいるだろう」

「だめよ、みんな弱過ぎて。殆ど殺しちゃったわよ」

「まぁ、そう言うな。直ぐに戻してやる」


「ほんとなの。二人揃って?」

「いや、今回は一人だけだ」

「なーんだ。やっぱりリンが先か」

「いいや、リカ、お前が先だ」

「うそ、何でよ。何でリンが先じゃないの。私は嬉しいけどさ」


「リンには後で大事な仕事を任せたいんでな。先ずはおまえだ」

「何か、それってさー、私はどうでもいいって聞こえるんですけど」

「そんな事はないさ、これはお前にしか出来ない仕事だ」


 そう言って鳴海は魂復活の儀式を始めた。亜空間にさ迷う魂に鳴海が戦場で刈り取った魂を加えて自身の気で繋ぎ止める。そして肉体へと混入した。


 これには物凄い気が必要だった。そして媒体となる魂も大量に必要だ。


 流石に鳴海と言えどもこの儀式をやった後では体力までもが枯渇していた。と言っても鳴海の事だ、少し休めば元に戻る。


 鳴海が元に戻った頃にはリカと呼ばれた者の身体に魂が戻っていた。アーアーと伸びをして、


「これって、本当に私は生き返ったのよね。本当だよね、鳴海さん」

「ああ、本当だ。お前は生き返ったんだよ。リカ」

「嬉しいわ、リンには悪いけど」

「リンはわかってるさ」


 そしてリカは横にある死体を見て目を丸くしていた。


「ちょっと何よ、鳴海さん。これって私の身体よね。何でまだここにあるのよ。それにこれは・・・アッ私の身体じゃない。何なのこの貧弱な身体は、私のナイスバディはどうしちゃったのよ」

「まぁ、我慢しろ。それは仮の肉体だ。本体はまだここで眠ってる」


「どうしてそう言う事になるの」

「ここは日本だ。外国人のお前達が活動するには色々と制限が出る。だから仮の日本人の身体を与えたんだ。それにだ、これだと仮にお前達が殺されて焼かれて灰になっても死にはしないさ。本体に戻ればいいだけの話だ」

「そう言う事なら仕方ないわね。これで我慢するわ。ただもう少しボリュームのあるボディにしてもらいたかったんだけど」

「贅沢を言うな。さてそれじゃー行くか、久しぶりの娑婆に」


 こうして一人の女性を連れて鳴海は事務所に帰ってきた。


「ここがこれからお前が働く場所だ」

「ええー、戦場じゃないの」

「お前は今日からOLになるんだよ」

「そんなー、私がOL.冗談でしょう。死んだ方がましよ」

「ならもう一回死んでみるか」

「いや、いい。いいって。働くわよ。働かせていただきます」


 こうして鳴海の事務所に二人目の従業員が出来た。

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