第14話 亜里沙の解放
東京の『マルサン・プロダクション』のバックを受け持ってるやくざと、大阪のやくざとのつながりは直接はなかったが、こっちの大手芸能プロダクションとのつながりはあった。
つまり向こうはこっちのプロダクションの舎弟分だと言う事だ。
「それであの大阪の件以、未だに根に持って邪魔をしてたと言う事か。下らん奴らだ。なら向こうもこっちも改心さた方がいいだろう」
と鳴海は心に決めた。
関東のやくざ組織についてはやはり地域が違うのであまり詳しい情報は入って来なかった。それはそれでいいと思っていた。
豊洲が何か掴んでいるかも知れないと連絡を取ったら『マルサン・プロダクション』のバックには目黒をしまとする『勇源会』と言うのがついていると言う事がわかった。
それで鳴海は、先にそっちの始末をしてやろうと木曜日に一人で『勇源会』に乗り込んだ。
今回はもうチンタラとやっている気はない。俺のやり方で終わらせてやると決めていた。
ある意味『勇源会』は災難だったかも知れない。何処から現れたかわからない男に壊滅状態にされたのだから。
組長に至ったては胸に死の刻印を押された。もし鳴海が治さなければいつ死ぬかわかったものではなかった。
そして事務所にあった非合法の証拠物件がごっそりと鳴海によって持ち去られてしまった。
これでは表立っては何も出来ない。そんな事をしたら自分達の手が後ろに回る。
専属の弁護士も今回はお手上げだと言っていた。
しかしあいつはどうして秘密の隠し場所を見つけたのか、それどころか金庫さえあっさりと開けてしまった。
それよりも恐ろしいのは、あの男と対峙した時の事だ。あいつの身体から噴出した暴風の様な殺気、いや、あれは何だ。
鬼気と言ったらいいのか、数分もその場にいたら悶死していたかも知れない。そんな男の前に立つくらいなら何でもすると組長の時沢は思った。
そしてあいつはこう言った。
「お前達は『めかじめ料』とか言って一般の店から金を取ってるそうだな。なら俺もお前たちから回収してやるよ。組の存続料だ」
「嫌なら構わんがお前達の組はないものと思え。どうする払うのか払わないのか」
「一体いくら払ったらいいんだ」
「そうだな、5億だ」
「5億だと。そんなべらぼうな」
「じゃーおまえ、直ぐに死んでみるか」
そう言って鳴海は時沢の胸に手を置いた。すると心臓が急に急縮して息が出来なくなった。口をいくらパクパクさせても空気が入って来ない。
「どうした、後1分で心臓麻痺で死ぬぞ。それでもいいか」
時沢は首を激しく横に振って両手を合わせて嘆願した。そこで鳴海は手を緩め
「じゃー5億払うんだな」
「払う、払うからもう止めてくれ」
「なら銀行発行のお前個人の5億円の小切手を作れ、支払先はここだ」
「まさか、なんでここに」
「いいから作れ。明日の朝もらいに来る。いいな」
そう言ってその男は去って行った。
仕方がないので時沢は小切手を作った。5億で『災厄』を祓えるのなら安いものだと。翌朝、約束どおりその男はやって来た。
「では約束の物をもらおうか」
その時一人の組員がその男の前に立ちはだかった。この男、組では兄格になるが昨日は用事で組にいなかった。そこで今回の事を聞いて頭に来ていた。
「お前か、うちで好き勝手な事やってくれたと言うクソ野郎は。死ねや」
そう言ってこの男、佐野はヤッパを抜いて、刃を上に向け、腰ダメにして突っ込んできた。
その男はただそこに立っていた、そして人差し指を伸ばし腕を真っ直ぐ佐野に向けた。
佐野のヤッパの切っ先がこの男に刺さる直前、延ばされた人差し指がやや前かがみになった佐野の額に触れた。
その瞬間「ビッシ」と言う音と供に空気を震わせて佐野は数メートル後ろの壁に激突した。
ピクリとも動かない。この先この男がまともな生活が出来るのかどうか、それは誰にもわからなかった。
「で、次は誰だ。まだ俺に挑戦したい奴はいるか。ただし次は手加減しないぞ」
これで手加減した。冗談は止めてもらいたい。誰一人、指一本動かす者はいなかった。
「そうだ言い忘れたが俺は鳴海と言う。この名前、忘れるなよ」
そう言ってその『災厄神』は去った。
その週末もまた東京に出張した。勿論詩芽も一緒に行くと言ってついて来た。ただ今回は一人増えて三人になった。
これは鳴海が長谷川に誰か芸能プロダクションの契約関係に詳しくて、胆の据わった弁護士を一人紹介して欲しいと言ったら、この瀬能と言う弁護士を紹介して来たので一緒に東京に来てもらった。
今度のホテルは『マルサン・プロダクション』の近くが良いだろうと言う事で目黒にした。
今回はもう一人いるので流石の詩芽もシングルがどうのこうのと言う文句は言わなかった。
金曜の夜に弁護士も入れて豊洲と会って今後の計画を立てた。
『マルサン・プロダクション』のバックににいる『勇源会』と言うのは何某の金を払って揉め事処理をしてもらっているんだろう。そうとわかれば話が早い。
豊洲が『エリハルコン・プロダクション』とかわした書類の事で大事な話がある。
他の人の耳に入ると貴方もお困りでしょうから是非土曜に会社でお会いしたいと『マルサン・プロダクション』の社長、加治木に申し込んだ。
『エリハルコン・プロダクション』との書類の件と言われたら無視する事も出来ないので『勇源会』に応援を頼んでおいて会う事にした。
向かったのは鳴海と詩芽、それに豊洲と弁護士の瀬能の4人だった。
社長室に入ると、人相の悪いのが四人、それと社長の加治木と総務部長の坂出がいた。
向こうは万全の態勢で捻り潰すつもりでいた。ただしその4人のやくざ達は包帯をした者も数人混ざっていた。
まず瀬能弁護士が曽根亜里沙の労働条件に関して不当強制労働だと訴えた。
それは借金返済の為の正当なものだと総務部長が言ったが、労働収入に対する会社側の搾取が不当利益に当たるとその明細書を提示した。
「こんな物を一体何処から」
と総務部長も驚いた。これは豊洲が手を回して手に入れたものだった。
これは見られたらまずい書類だ。そこでその問題を逸らす形で借金の5億、今直ぐに支払ってもらおうかと居直ってきた。そこにやくざ達が口を挟んで脅してきた。
「金を借りてるのはお前らだろうが、ゴタゴタ言わずに引っ込みやがれ」
「その原因になった不渡りの手形だがな、こんなのが出てきたんだよ」
それは架空名義の会社からのイベント依頼、こんな物を信用して金をつぎ込んだら破産もするだろう。
それを後押したのがこの『マルサン・プロダクション』だった。そして架空の会社を作ったのが『勇源会』。これは両者の覚書だった。
「いいのかい、こんな物が世間に出回って」
「おい、これは一体どうなってるんだ。何故こんな物がここにある。時沢さんはどうなってるんだ」
そう言われて組員達は驚いた。それは昨日あの男が持ち去った書類の中の一つだった。
「何でこんな物がここにある。おい、てめぇ、これを何処で手に入れた」
「うるせぇんだよ。ゴチャゴチャと」
「なんだと、てめぇ」
その時鳴海は伊達メガネを外して、『やくざ狩り』のスタイルになった。
「まだ文句があるのか、お前達は。次は手加減しないと言ったはずだがな」
「おまえは、いや、あんたは・・・」
やくざ達は息が詰まってしまった。こいつには逆らえない。逆らった殺されるだけでは済まないだろう、組長も、いや組そのものが消えてしまうと。
「いえ、何も」
「なら黙ってろ」
社長の加治木と総務部長の坂出は目を白黒させていた。一体どうなってるんだ。何故やくざ達がこの男を恐れる。
「加治木さんよ、こんなものが世間に出回ってもいいのか。それじゃーあんたの会社、困まりゃーしないか」
「な、何をしよと言うんだ。これを世間にばら撒こうと言うのか」
「そうしてやってもいいんだが、ここはひとつ合法的に話をつけないか」
「どう言う事だ」
「さっき言ってた5億。払おうじゃないか。それで話はチャラにしようぜ。そのかわり亜里沙はこちらに返してもらう。それでいいだろう」
「何を勝手な事を」
「勝手な事をしてるのはお前らだろうが。嫌ならいいんだぜ。その代わり覚悟するんだな」
「ま、待て。本当に5億払うんだな」
「そうだ、ここにもう用意して来てる」
「い、いいだろう。それならそれで手を打とうじゃないか」
鳴海は懐から小切手を取り出して加治木に渡した。
「何だ、これは」
「『勇源会』の時沢が立て替えて払ってくれるそうだ。そうだったな、おまえら」
「は、はい。そうです」
「そんな、こんな物が受け取れるか」
「だってよ、困りゃしないか。こいつが受けとらないんじゃ。つまり時沢が払うと言った約束を無かった事にするのも同じだ。おまえら、その責任取れるんだろうな。時沢に言っとけ、覚悟して待っとけとな」
「ちょ。ちょっと、待ってください。それは」
「社長さん。それを受け取てもらわないと困るんですよ。でなかったら俺らあんたを的に掛けなくっちゃならなくなる」
「どう言う事だ」
「おい、時沢に電話しろ。そして事情を話してやれ」
「はい」
事情を聞いた時沢は今度は加治木を脅した。金を受け取らないのなら命はないものと思えと。それを聞いて加治木は青くなってしまった。
「わかった。いえ、わかりました。これを受け取らせてもらいます」
「それでちゃんと領収書と亜里沙との解約解除の種類もな」
「わ、わかった。そうしよう」
「おまえらはもういい。帰れ」
「そうだ、忘れてた。亜里沙への監視を今直ぐに解けと言っとけ。指一本触れたら命はないと伝えろ」
と鳴海はやくざ達に言った。
「わかりました。失礼します」
と言ってやくざ達は飛び出して行った。
そして鳴海は支払い小切手や領収書、その他の種類をちゃんと写真に収めておいた。
「さて社長さんよ。話しはもう一つあるんだが」
「この上になんだ。いえ、なんです」
「亜里沙の収入についてだが。先生頼みますよ」
弁護士の瀬能によるとあれには加重搾取があったので正規の契約条件ではない。
よって不足分の請求をすると言うものだった。今までの分を清算すると3億円の不足になるのでその支払いを請求すると言うものだった。
「そんな馬鹿な」
「いいのか、そんな事を言って。今さっき「『勇源会』の時沢の個人小切手で5億円も受け取っただろう。そんな事が表沙汰なって困るのはどっちだ」
「しかしあれは」
「あれが何の金であれ、領収書を書いたんだ。やくざから金を受け取った事に変わりはないだろう」
つまりここで二重の罠が用意されていた事になる。こうなったら払うしかない。
「わかった。不足分を払おう。坂出、用意をしてくれ」
「後はこの瀬能弁護士と豊洲が引き継ぐので、二人と話をしてくれ。だが忘れるなよ。もし約束を破ったら俺と『勇源会』を敵に回す事になると言う事をな」
「詩芽、行こうか」
「いいんですか」
「ああ、後は彼らに任しておけば大丈夫だろう」
「じゃー後は頼む」と言って鳴海と詩芽は先に引き上げた。
「ねぇー、所長、所長、何やったんですか。まさかまた奥の手使ったんですか」
「何だ、その奥の手と言うのは。何もやっちゃいないよ」
「そんな訳ないじゃないですか」
「ところで私達はこれから何処に行くんですか」
「武藤の所に行って見ないか。今頃なら指導してるかもな」
「武藤さんですか。いいんですけど、あの人なんか、ちょっとむさくるしいんですよね」
「おい、それを言っちゃ可哀想だろうが」
養武会に行ってみるともう練習は始まっていた。今日は何だか黒帯が多い。特訓か何かやってるのかなと思った。
入って来た鳴海と詩芽を見つけた武藤は「待て」と号令を掛けて二人の元に飛んで来た。
「鳴海さん、良く来てくださいました。そして詩芽師匠も」
「な、何ですか、その師匠と言うのは」
「俺に取って貴方は師匠ですよ。俺よりも強いし」
「ちょっと待ってくださいよ。武藤さん」
訳のわからない内に、詩芽は武藤の師匠にされてしまっていた様だ。
「今日は何か特別な事でも?」
「はい、全国大会が近いので、その特訓です」
「ここにいるのがその参加者と言う事かな」
「はい、一応候補も入れてと言う事ですが」
「ところでどうですか師匠、一つこいつらに活を入れてやってはくれませんか。世の中には自分よりもずーっと強い人間がいるとわかればもっと気合を入れて練習するでしょう。ここでは俺しか見えてませんので」
「そんな、私なんか。それに私は空手はやりませんよ」
「いいんですよ。それで刺激になれば」
「所長、何とか言ってくださいよ」
「いいんじゃないか。相手してやれば」
「何ですか所長まで」
「決まりですね。ではお願いします。師匠」
と言う事で詩芽は道場の門下生達の相手をさせられる羽目になってしまった。
一応女子事務員のジャージーの様な物があったので、それを借りて道場に立った。
「この方はな、若いが強いぞ。俺の師匠だ。滅多にない機会だから相手してもらえ」
その言葉で奮起した門下生達が詩芽に襲い掛かって行ったが誰一人としてかすらす事も出来なかった。
既に次元が違うと言う感じだった。武藤ですらこんなに強かったのかと唖然とした。しかも詩芽は汗一つかいてない。
「じゃーあの時は、俺にまだ手加減してくれてたと言うのか。化け物だな、まったくこの人達は」
練習が終わった後、武藤が是非俺におごらせてくださいと言って、行きつけの焼肉屋に連れて行ってくれた。
しかし詩芽にしてみれば、服はこれしか持ってないのに匂いが染み付いちゃうじゃないよとブツブツ言っていた。
ただ詩芽が稽古をつけていた時、奥から密かにその様子を伺っていた人物がいた。今は留守でいないと言われていた館長の黒沼だった。
しかしこの時の黒沼は、いつもの柔和な顔付きとは違い、真剣なそして怖い顔をしていた。
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