第11話 傭兵との決着そして

 鳴海との話し合いの時間は終わったと、マサキはまた気配を消して樹木の中に溶け込んだ。余程隠遁の術が得意で自信を持っているのだろう。


 鳴海が音を立てずに林の中を進んで行くと何処からともなく銃撃された。銃声の方を見たがそこには既に誰もいなかった。


 また空蝉の声がした。

「無駄ですよ。僕の居場所は誰にも見つける事は出来ません。でも僕にはあなたが丸見えです。これがどう言う事かわかりますか。僕はいつでもあなたを撃てると言う事です。こう言う風に」


 今度は反対側から弾丸が飛んできた。とっさに伏せて弾丸をかわしたが危なかった。


「どうしました。伝説の傭兵もそこまでですか。やはり年には勝てませんか」

「面白い事を言う奴だなお前は。確か俺の事を『イエロードラゴン』と言ったな」

「ええ、我々に取っては栄光の憧れのコードネームですよ」

「それはお前がまだ二流だと言う事だ」


「何を言ってるんですか。負け惜しみですか」

「お前は俺のもう一つの名前を知ってるか」

「何ですか、あなたの本名だとでも言いたいのですか」

「『イエロードラゴン』は俺の表の呼び名だ。そして俺にはもう一つ、裏の呼び名がある。ただしその名を聞いた奴は誰も生きてはいないがな」


「脅しですか。そんな事で僕の戦意を削れるとでも思っているなら笑止ですね」

「では見せてやろう。俺の本当の姿を」


 そう言った途端鳴海の姿と意識が消えた。マサキ以上に完璧な無だった。


「何処に行った。僕に感知出来ないなんて、そんな事が」


 その時、マサキは自分の後頭部に接する硬質の物体を感じた。それは紛れもない銃身だった。


「なぜ、ここに。いつ動いたのだ。僕には何も見えなかったぞ」

「当たり前だ。おまえの様な二流に俺が捉えられる訳がないだろう。教えてやろう。俺の二つ名は『戦場の死神』と言う」


 その時デザートイグルの凶弾がマサキの頭を貫いていた。頭部の1/3は吹き飛んでいた。しかし不思議な事に鳴海は一滴の返り血も浴びてはいない。それもまた『戦場の死神』の成せる技か。


 それから鳴海はここの処分をした。何一つ証拠が残らないように一切合財を消滅させた。もう死体はない。これでは警察も手の出しようがないだろう。


 鳴海はそのまま踵を返して山小屋に戻った。


「詩芽、帰るぞ」

「でも所長、ここからどうやって」

「あいつらだってここまで歩いて来た訳じゃないだろう。車をその辺に隠してあるはずだ。探せ」

「探せって、そんな」


 車は茂みの中に隠してあった。キーはなかったがそんな事は問題にはならなかった。鳴海は配線を弄ってスタートさせた。


 人質の野洲峰雄を親元に送り届けて一応何処のやくざ組織がこんな事を仕掛けて来てるのかを聞いた。


 それは神戸を根城としている九和会だと言う。まぁ、いい。それは後で始末をつけておいてやろうと鳴海は思った。それよりも温泉だ。


「おい、詩芽、有馬温泉に行くぞ」

「え、ええっ、温泉ですか」

「当たり前だろう。ここまで来て温泉に入らない手はないだろう」


 温泉にこれから行くと予約を入れてタクシーを拾った。


「良いですね、所長。混浴しますか」

「馬鹿かおまえは。まだ早いわ」


 鳴海達は一晩ゆっくりと温泉に浸かって翌日帰ってきた。事務所の後片付けもある。そして事務所に向かおうとした所で刑事達に捕まった。


 事情をお聞ききしたいので署までご同行願えないかと言葉は丁寧だったが、何が何でもと言う意志が感じ取れた。まぁ、仕方ないかと言う事で鳴海は付き従った。


「鳴海さんでしたよね。貴方はどうして狙われたんですか。何か心当たりでも」

「さー何もないですが」

「何もないと言う事はないでしょう。あなた、ロケット砲で狙われてるんですよ。わかりますか」

「そう言われましてもね。わからないものはわからないのですよ」


 そこに入って来たのは川北刑事だった。


「久しぶりですね、鳴海さん。今回はどちらに」

「ちょっとした仕事と避難ですよ。また狙われたら堪りませんからね」

「また狙われる可能性があると?」

「さーどうでしょうかね。それは相手次第でしょう」


「何か相手に心当たりがあるような言い方に聞こえますが」

「まぁ、僕のような仕事してますと色々恨みも買いますので」

「では狙った相手もわかるのでは?」

「いえ、多過ぎて見当もつきません」


「ところでそのお仕事と言うのは?」

「一応個人のプライバシーに関した事ですのでお話出来ませんが、僕は事務所を壊された被害者でしょう。そちらこそ早く犯人を捕まえていただきたいですね」

「その為にも色々と事情をお伺いしなければなりません」


「何故爆弾ではなくロケット砲だとお考えですか」

「確実性の問題ではないですかね」

「ロケット砲だと確実にあなたを殺せると」

「そう言う事だと思いますが」

「では何故あなたは、いえ、あなた方は助かったのでしょうかね」

「多分運が良かったのでしょう」

「運ですか」

「そうじゃありませんかね。あの状況で他に何があると言うんですか」

「そうですね、普通なら即死でしょうからね」


「ただあの時、貴方は奥のトイレの前に机でバリケードを築いておられますよね。どうしてですか。どうして攻撃される前にわかったのですか」

「はぁ、あれですか。何と言えばいいか。虫の知らせみたいなものですかね」

「虫の知らせですか」


 これ以上は供述が取れないと観念した川北達は鳴海を解放した。


「あいつめ、のらりくらりと」

「川北さん、やっぱり尻尾は出しませんか」

「そうやな、一筋縄ではいかんな。それに今回もあいつが被害者や。突っ込み難いわ。やっぱり背景洗うしかないやろう」

「それに今回は犯人の死体も出てませんしね」

「それや、何で今回は死体がないんや」

「それは犯人が逃げたからでは」

「そんな訳あるか。ロケット砲まで使う相手やぞ。第二弾、第三弾の攻撃があってもおかしないやろう。それが何でないんや」

「もしかしたらどっかで」

「それや。あいつの足取りを調べるんや、きっと何かある」


「総理、今回はちょっと大事になりました」

「そうだね、ロケット砲とは。マスコミはどう言ってるかね」

「まだ何とも事実を掴みかねているようです。一時はテロ説も流れたのですがそれは消えたようです」

「今回も一般人に被害がなかったのは幸いだね」

「そうですね、ただ今回は結構大きな被害が出てますので」

「ビルの一部屋の破壊ですか。それで犯人の目星は」

「それが皆目見当もつきません。ただ専門家の意見では恐らくプロ、それもヒットマンレベルではなく戦闘のプロではないかと」


「と言う事は、やはりあの男と同類と言う事ですか」

「そうですね、誰かが鳴海を抹殺する為に雇ったのかもしれません。ならば恐らく一人ではないと思われます。少なくとも二人ないし三人は」

「それにしてもロケット砲とは驚きました。そんな物が簡単に手に入るとは」

「やはり例の闇ルートではないかと」

「そこもまた問題ですね。何とかなりませんか」


「難しいですね。恐らく軍関係者も関わってるかも知れません」

「軍ですか。困りましたね」

「ともかくあの男もそうですが、今回の犯人も無視出来ない相手でしょう。是非検挙してください」

「承知いたしました」


 密談に集まった例の三人は

「どうなってるんや」

「それが全然連絡が取れんのや」

「さまか、全員やられた言う事はないやろうな」

「もしそんな事になったらえらいこっちゃで。今度はわしらがどんな目に合うかわかったもんやないで」

「ともかく神戸の兄弟のとこに連絡取ってみるわ。あの一家がどうなったか。それでちょっとはわかるやろう」


「えらいこっちゃで、人質にして鳴海の呼び出しの餌にした息子が無事に家に帰っとるそうや」

「どう言う事やそれは。計画が失敗した言う事か」

「もしそうならあいつらもやられたかも知れん」

「アホか、それですむか。俺の兄弟かて危ないと言う事や。もしかしたらそこから情報が漏れてここまで来よるかも知れんぞ」

「どうしたらええんや」

「わかるか、そんなもん」


 川北達も襲撃があった夜、鳴海達がリッツ・カールトン大阪に宿泊した事は掴んだ。


「えらい豪華なとこに泊まっとりますな」

「なんでもスィートルームやそうや。一泊10万はするそうやで」

「何処にそんなお金があるんや。事務所かて閑古鳥が鳴いてる言うのに」

「その辺もいずれは調べてみんといかんかも知れんな」

「ただここから先がわからへんのや、何処に行ったのか」


「どうやら、中二日抜けて4泊しとるようや」

「それならその二日間何処にいっとったかですね」

「あの助手の女の子は」

「あの子も一緒や、鳴海によう教育されとんのやろう。

個人のプライバシーに関わる事なのでお答え出来ません言うとったで」

「あの子ってまだ高校生ですよね、ええんかいな」

「まぁ、買春しとる訳やないからええやろ」


 川北達もここで詰まってしまった。人質の件にしても警察には通報されてない。


 そこに関わった弁護士と言うのも九和会の回し者だったので何処に連絡する事もなく鳴海に連絡を取らせた。


 そして息子が無事に帰って来たのでこれが事件になる事はなかった。つまり何もなかったと言う事だ。


 ただ有馬口周辺で乗り捨てられてあった盗難車のランドクルーザーが見つかったと言う報告があっただけだった。


「川北さん、また手詰まりになってしまいましたね」

「そうやな。またまんまと逃げられたと言う気がするわ、あいつに」

「しかし警察としてはこのまま終わらせる訳にはいかんでしょう」

「そらそうや、ロケット砲打ち込まれてんるんやからな。このままわからんでは警察の威信にかかわるやろ」


 ところがおかしな展開になった。あれは老化したガスのホースから漏れたガスに漏電で引火した爆発事故だと発表された。


 そして所轄の刑事部の課長から鳴海に間違った情報を与えて申し訳ありませんでした言う謝罪があった。これで警察は幕引きを図った。


 またマスコミもそれで何となく納得をしてしまった。鳴海にしてもその方が都合が良かったのでそれを了承した。


「川北さん、これって何ですのん」

「こっちもお手上げやと言う事やろう」


 ただ鳴海はこれで全てが終わったとは思ってはいなかった。もう一つある。それは神戸の九和会だ。


 大阪の何処の組かは知らないが、そこに協力して動いていた組だ。これは潰しておいた方がいいだろう。大阪への威圧にもなるしなと考えていた。


 そして鳴海は九和会へ乗り込んだ。やり方は同じだ。それで決着のつかなかった組は一つもなかった。今回も組員全員を叩きのめして組長の胸に死の痣を付けておいた。


 治して欲しかったら治療費と今回の情報を準備して待っていろと伝えた。それがいつかとは言わずに。


 その方が恐怖はつのると言うものだ。それは同時に大阪側への脅しにもなる。


「あかん。もうお手上げや。神戸の兄弟とこもやられた。これ以上何かしたらわしらかてどうなるかわからんで。今後一切あいつには手出さん事にしよう。なぁ、兄弟」


 それから鳴海は今の事務所を引き払って新しい所に移った。今度の事務所はそこそこにモダンなビルの一室だった。場所は天満橋と言われる辺りだ。


「さー、詩芽、『北斗トラブルシューティング』の再開だ」

「いいんですけど、今度のこの部屋前より高いんじゃないですか」

「お前は若い癖に心配性だな」

「はい、私苦労してますので」


「あのなー前も言っただろう。俺は意外と金持ちなので気にしなくてもいいんだよ」

「だからいいじゃないですよ。収入がなければそんなもの直ぐになくなってしまいます。もっと働いてもらわないと」

「ほんとお前は小姑みたいだな」


 ただ最近はそこそこには依頼が来るようになった。有馬の件で野洲さんが推薦したくれた話もあるし、それ以外の所からも口コミでと言うのがそこそこにあった。


 ただ鳴海も、あんまり詩芽を心配させてもなんだから、少しは安定した収入を得る方法も考えてやるかと思っていた。やくざ絡みで楽して儲かる方法ないかなと。


「そう言えばあったな」

「おい、詩芽、出張だ。東京に行くぞ」

「はー、何ですかいきなり。そんな仕事入ってませんが」

「だからこれから取るんだよ。これは市場調査と言うやつだ。行くぞ」


 2泊3日の旅だった。金曜の午後に出て東京で2泊、日曜の夕方には帰って来れる。それなら詩芽も翌日学校に行ける。


 行く先は曽根亜里沙の所属するプロダクションだ。名前は確か『エリハルコン・プロダクション』と言ったか、マネージャーは豊洲靖男と言う男だった。


 一応マネージャーの名詞と亜里沙の携帯電話の番号は持っている。


 鳴海は、久しぶりだがあのはねっかえりはどうしてるかなと思った。


 はねっかえりと言えばここにも一人いるかと鳴海は笑っていた。


 『死神』でない時の鳴海は、まだ人並みの感情を持っていた。

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