第10話 傭兵との戦闘開始
「なぁ、マサキ、本当にあいつは来るのか。俺達が待ってるこの山に」
「ああ来る。絶対にな。あいつはそう言う奴だ」
「もしそうなら自殺志願者かクレージーだな」
「予定通りの配置についてくれ。僕は山小屋で迎え撃つ」
「わかった」
そう言って彼らはそれぞれの場所に向かった。
山小屋に向かうには三つのルートがある。一つは正面の道だ。二つ目はサイドの峰を超えて、最後は裏山からだが、ここは絶壁の連なる所でまずないだろう。あまりにも危険過ぎる。
普通こう言う場合は、サイドの峰からと言うのが常套手段だ。しかしそれが常套手段なだけに裏をかいて正面からと言うのもある。
アルジェリア人のムハンド・ラムースは森林地帯でのトラップの名人だった。彼の作るトラップは見つかり難く、また引っ掛かりやすいと言う事で有名だった。
ここでも幾つものとトラップを仕掛けていた。正面は彼の持ち場だ。ここを通って来る可能性は少ないがないとは言えない。
そして待っているとやって来た。本当に正面からあの日本人がやって来たのだ。「馬鹿かあいつは」とムハンドは思ったほどだ。
しかしその足取りはしっかりしていた。このうす闇の中で、どうして見えるんだと思うほどしっかりした足取りで登って来る。しかも躊躇がない。まだ完全な闇はおりてはいないが鬱蒼とした森林では夜に近い。
ムハンドは暗視ゴーグルをつけているから暗闇でも見えるがあの日本人は何もつけていない。なのに何故あんなに進めるんだと不思議でならなかった。
鳴海にしてみれば、気のセンサーを使えばどんな暗闇であろうとも真昼同様に見る事が出来る。その上トラップなど丸見えだった。
そして第一のトラップの所に来た。ここで引っ掛かるはずだった。草紐に足を引っかけて隠してある楔に身体を突き刺される。ムハンドにはその光景が見えていたのに何故かその男は回避しトラップを解体した。
「どうしてわかったのだ。あれがわかるはずはない」
とムハンドは信じられない気持ちだった。そして第二のトラっプも第三のトラップもかわされ解体された。
「何故かわせる。そんな事は不可能だ。あいつは何者だ。野生動物の生まれ変わりか」
そうこうしているうちに、いつの間にかムハンドは男の姿を見失った。
「何処にいったのだ、あいつは」
「俺はここだよ」
とその日本人はムハンドの後ろに立っていた。そして流ちょうな英語で
「随分と厄介な物を色々作ってくれたな。解体するのが一苦労だぞ」
「どうしてだ。どうしてお前にはわかるのだ」
「俺は鼻が利くんだよ」
と言いながら鳴海は既に戦闘態勢に入っていた。
ムハンドもまた戦闘態勢に入った。彼もまた現役の傭兵だ。ここで躊躇する様な事はない。
彼は全身の筋肉をバネの様に使って攻撃して来た。得意な獲物はナイフだ。
左右に持ったナイフで息もつかせない連続攻撃をかけて来た。
彼の手足の長さが武器の間合いを見誤らせる。普通なら届かないだろうと言う所からでも届いてくる。
しかし鳴海は片手でそれらの全てを防いでいた。しかも余裕を持って。
ムハンドに焦りの色が濃くなってきた。何処をどう攻撃しても全て防がれてしまう。まるで何処を攻撃するか見えてるかのように。
ムハンドは切り付けると見せかけて右手のナイフを鳴海に向かって投げた。
それが顔の手前まで来た時に2本の指で挟み取られてた。嘘だろうと思った。こんな事の出来る人間がいるはずがないと。
そして投げ返された自分のナイフが自分の胸に突き刺さっていた。見事に心臓の真上に。
「こいつは人か。そう言えば世界最強の傭兵と言われた日本人がいたと聞く。まさかこいつがそうなのか。俺達は貧乏くじを引いたと言う事か」
ムハンドは笑いながら息を引き取った。
「面倒な奴だ。後でトラップの後始末をしないといけないじゃないか」
その頃サイドの峰をよじ登る一つの人影があった。黒ずくめの衣装を着た小柄な人影だ。
それを頂上の木の上から眺めていたのはブルガリア人のバルト・ガネッテイだった。
「やはりこっちから来たか。しかしあの体型は少し小さくはないか、あの男。そんなに小さな男ではなかったはずだが。まぁいい。ここまで来ればわかる事だ」
サイドの峰を登っていたのは詩芽だった。
鳴海には来るなと言われたが、やはり心配でじっとしてはいられなかった。怒られるのを承知で出て来た。
地元で誘拐された息子の親御さんにも会った。そして場所を聞いてこの道が最良の道だろうと判断して登っていた。
ともかく頂上の山小屋には息子さんが囚われていると言う。
先ずはその息子さんを助けるのが第一だと詩芽は思っていた。いや、鳴海もきっと同じ事を考えるだろうと。
頂上に辿り着いて詩芽は息を整えた。古流の調息法を用いた。
すると頭の中がすっきりして意識が鋭敏化してきた。恐らくこの山の気と言うものが助けになっているのだろう。
そしてそこに異質なものを感じ取った。それは目の前の大木の上にいた。
動物か、いや違うあれは人間だ。しかも悪意のある気を発している。では敵か。
そこまでの判断をした詩芽は即座に草藪に身を隠した。
その直後、詩芽にいた所に数本の手裏剣が刺さった。これはバルトがマサキから習った忍者の手裏剣だった。
「ちっ、逃がしたか、素早い奴め」
バルトは一本のツルにつかまって木から木に飛び移った。そして彼もまた姿を消した。
今この林の中で、二匹のオスとメスの獣がお互いを狙い合っている。詩芽は更に自分の意識を広めた。
まさか自分にここまでの事が出来るとは思わなかった。師匠に基本的な事は習ったが実践で使ったのは今回が初めてだった。
その時自分の後ろに危険信号が灯った。とっさに前方に回転して逃げた。
そこにナタの様な物が空気を引き裂いて一閃した。もしそこにいたら首が飛んでいたかも知れない。
詩芽に冷や汗が流れた。回転しながら反転して後ろに目を凝らした。
するとそこに大きな影があった。まるでマウンテン・ゴリラのような。身長は195センチ、140キロの巨体だ。しかも野生動物の様に俊敏に動く。
そして右手には大ナタを握っていた。これが私の戦う相手だと詩芽は悟った。果たして勝てるのか。
体格では圧倒的に不利だ。恐らく体重では3倍位の差はあるだろう。こんな化け物とどう戦う。詩芽は思案していた。
しかし良案は浮かばなかった。後は当たって砕けろしかないかと思った。また鳴海に叱られそうだと。
ただ手がない訳ではない。ただし一度しか使えないかもしれないが。詩芽は自分の手に気を貯めた。
師匠が一度だけ教えてくれた事がある遠当ての術だ。ただしこれで倒せない事位はわかってる。だが突破口にはなるはずだ。
詩芽はゴリラと対峙して自分から突っこんで行った。これはどう見ても自殺行為だろう。
そして相手が届くと言うぎりぎりの所で立ち止まり、相手の目に遠当てを当てた。一瞬相手は目を押さえて動きが止まった。
その虚に乗じて詩芽は右の肘を身体ごと相手の水月に叩き込んだ。
これで倒れなければもう手はないと思っていた。流石にこれは効いたか、相手は膝をついた。
これで身長差を消せる。相手の頭部に向かって回し蹴りを放った。蹴りは見事に側頭部に炸裂した。
しかし相手はナタを捨てて手をついて体を支えた。何と言う丈夫な体をしている事か。
今度はその顎に向かって蹴りを入れたが、その足を掴まれてしまった。
このままでは足を折られてしまうと思った詩芽はその体勢からもう一本の足で反対側の側頭部にまた蹴りを入れた。流石にこれにはたまらず握っていた詩芽の足を離した。
しかしこれで仕切り線に戻っただけだ。相手は大したダメージは受けてない様子だった。「本当にこれは人間なの」と言いたかった。
今度は怒ったゴリラが詩芽を捕まえようと両手を広げて襲ってきた。確かに打撃では体格差が威力を左右する。しかし投げは違った。
相手の力を利用する事が出来る。ゴリラの動きをそのまま利用して前方に巻き込んで投げた。これにはゴリラもたまらず地響きを立てて倒れた。
更にもう一度、投げでは詩芽が有利だ。ただこれは詩芽位の力量があって初めて出来る事だ。
しかしここ一発と言う極め技がない。これではじり貧になってしまう。どうしたものかと悩んでいると
「馬鹿かおまえは、頭を使え」と鳴海が言った。
「ええっ、頭って何」
「遠当ては距離がある分、力が半減する。もし距離がなければどうだ」
「距離がないってどう言う事ですか」
「直接遠当てを打ち込めばいいだろう」
「直接ですか」
「ともかく気を貯めろ」
「はい」
「いいか、次に相手が向かて来たら懐に入り込め。そしてお前の最大限の気を打ち込んでやれ」
ゴリラが向かってきた。その合間を掻い潜って懐に入った。
相手に捕まる前に手の平を水月に当て思いっきり気をぶつけた。その時相手がかぶさって来て一緒に倒れてしまった。
「しまった」と思った。これで私は倒されるのかと。
「詩芽、おまえの勝ちだ」
「え、ええっ」
上にかぶさっていたゴリラは白目をむいて気絶していた。
「詩芽、覚えておけ。今のが零勁と言う技だ」
「発勁ですか」
「そうだ」
「俺は大人しく待っていろと言わなかったか」
「所長、もう遅いですよ。私はここにいますので」
「ほんとに、とんでもない助手だな。仕方がない、頂上に行くぞ」
「はい」
鳴海は気のセンサーで詩芽がここに向かっている事は知っていた。そしてバルトと戦闘状態に入った事も。
鳴海は見定めてみようと思った。詩芽の実力がどれ程のものか。
このプロの傭兵相手に何処まで迫れるか。一応合格ラインには達したようだ。
少し行くと山小屋らしき物が見えてきた。急いで行こうとする詩芽を鳴海は止めた。
「どうしたんですか」
「罠だな」
「罠って」
「確かに中には人質がいる。しかし」
「しかし、何です」
「まぁ、いい行くぞ」
二人は小屋の窓まで辿り着いた。そして中を覗いてみると、人質の野洲峰雄が椅子に括り付けられ、体の周囲には6個の手榴弾が巻き付けられていた。
「恐らく、あれのどれ一つでも取り外そうとすると、どれかが爆発する様になっているんだろう。面倒な事を考える奴だ」
「詩芽、確か向こうのバーベキューをする所に水道があったはずだ、この袋に水を一杯汲んで来い」
「水ですか、水でどうするんですか」
「面白い事だ」
詩芽は鳴海に言われた様に袋に水を汲んで来た。
「詩芽、時間合わせをするぞ、時計を出せ。19時00にこの石をこの窓から投げ込め、俺は正面のドアから突入する」
「わかりました」
二人は左右に分かれた。そして時間が来たので詩芽は石を窓から投げ入れた。
ガラスが割れる音と同時に鳴海はドアを蹴り破って中に突入した。
その時鳴海の頭の上をマシンガンがなめて行った。それを予測していた鳴海は回転して弾丸をかわし、相手に指弾を撃ち込んだ。
何をされたかわからない相手に一瞬の虚が出来た。その隙を逃さず鳴海は相手の足を刈った。
倒れた相手の頭に踵を打ちつけたが相手はそれをかわして裏のドアから逃走した。そして
「向こうで待ってます」と言い残して。
「なめた野郎だ」
その時詩芽も中に入って来た。
「所長この爆弾(手榴弾だが)どうするんですか」
「さっきの水を全部の手榴弾に掛けろ。ワイヤーの部分もだ」
そして鳴海は持ってきたスプレーをそれぞれの手榴弾の周囲に吹き付けていった。するとそれは瞬間に氷になった。
鳴海が使ったものは液体窒素のスプレーだった。そしてそれぞれのワイヤーを切っていった。連動して他の手榴弾が爆発する事もなく解体された。
解放された野洲峰雄は疲労困憊と言う感じだったが体に異常はなかった。
「詩芽、ここで俺が帰って来るまで、この人を頼む」
「所長、何処に行くんですか」
「まだ仕事が残ってるんでな」
「しっかり守るんだぞ」
「わかりましたよ。もう」
そう言って鳴海は最後の一人と決着をつけに行った。
マサキの後を追って林の中まで来た時、突如としてマシンガンの連射を受けた。鳴海は身を低くして草むらに身を隠し周りの様子を伺った。
「ん?あいつはさっき詩芽が倒した奴か。息を吹き返したんだな。タフな奴だ」
草むらが動いた。そこに向かってまたマシンガンの連射が始まった。勿論それは鳴海が糸を使って誤魔化した空蝉のの術だ。
その隙に相手の後ろに回って相手の手首を取って投げ飛ばした。勿論マシンガンは排除してある。
「よう、マウンテンゴリラ、第二戦と行くか」
「お前を殺す。そしてあの女もだ」
「結構な事だな。もしお前に出来るならな」
バルトは大ナタを振り回して切り刻みに来た。しかしそのどれもが鳴海にはかすりもしなかった。
手の甲にすーっと手を添えられるだけで軌道を変えられてしまっていた。まるで水か空気を相手にしているように。
「見せてやるよ、あいつが使った『零勁』の最終形を」
「なんだと」
真上から唐竹割りにしようと思ったのか大ナタを振りかぶって来た。
その時鳴海は大きく一歩を踏み込んで震脚と共に相手に対し完全な半身になり掌から『発勁』を放った。
それはバルトの体にすら触れてはいかなった。しかしバルトの体を十数メートルも弾き飛ばし木の幹に打ち付けた。恐らく肋骨の十本前後、内臓もなかりダメージを受けているだろう。
「俺の得意技『竜波』だ覚えておけ」
その時手榴弾がバルトに投げつけられて炸裂し、バルトは死んだ。そして鳴海にも。勿論鳴海は避けた。
「その容姿、一度だけ見た事があります。『イエロードラゴン』まさか伝説の傭兵と戦えるとは思ってもみませんでしたよ。僕はついてますね。あなたを倒して僕が世界最強の傭兵になります」
「倒せるのか、この俺を」
「ええ、倒せます。それにあなたはもう現役ではありません。現役の僕の敵ではないと言う事です」
「面白い事を言う。まぁ、やってみるんだな」
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