第9話 傭兵の襲撃
詩芽(しのめ)は学校が終わると、鳴海の事務所で助手兼雑用係としてバイトをしていた。
鳴海の仕事は大体理解していたが、こんなに暇でどうしてやっていけるんだろうと、詩芽は不思議で仕方がなかった。
詩芽は母親の家計を助け、また自分一人になてからは自分で家計を工面してきた。だからその内情がよくわかる。
たまに仕事の依頼はあるがそんなもの知れている。ここの家賃に光熱水費、それに電話代等を考えたらとても維持して行けるはずがないと思えるのだが、支払いに困ってる所は見たことがない。しかもちゃんと詩芽のバイト代も払ってくれる。それも結構良い値段で。
ただ以前に一度だけ心配になって、
「所長、うちももう少し宣伝なんか出したらどうですか。そうすればお客さんも増えるかもしれませんよ」
「俺はさ、あんまり働くのが好きじゃなんだよ」
「だけどそれじゃー」
「大丈夫だよ。俺ってさ、意外と金持ちなんだよ」
と言っていた。
鳴海は自分の車も持ってるし、ちゃんと駐車場との契約もしている。一体それらの費用は何処から出てるんだろうと詩芽は思ったが、自分が心配する事ではないだろうと気にしない事にした。
そんな時、「詩芽、仕事だ。行くぞ」と鳴海が言った。
「私も行くんですか」
「そうだ、お前には持って来いの仕事かもしれん」
鳴海はそんな事を言っていたが「何だろう」と思った。
そこは古ぼけた解体寸前のビルの様に見えたがまだ中に人がいるので、ビル主はビルを処分出来ないでいるらしい。
いくら立ち退きを要請しても聞いてくれないとの事だった。しかも相手がやくざでは強くも言えない。これなんかは典型的なやくざの仕業だ。
そこに組員を送り込んでごねて立ち退き料をふんだくろう言う算段だ。行ってみると確かに人相の悪いのが四人ゴロゴロしていた。
「なんや、おまえらは、わしらは出て行けへんど。居住権と言うのがあるんでな」
「おまえらに居住権なんてねえよ。直ぐに去れ」
「なにぬかしとるんじゃ、われ死にたいんか」
「詩芽、こいつらを叩き出せ」
「いいの、やっちゃって」
「かまわん」
「それじゃー行くよ」
「くそガキが」
そう言って四人は詩芽に襲い掛かったが全員床に叩きのめされていた。
「ところでお前等は何処の組のもんだ」
こう言う所では大ぴらな代紋はまずいので、バッジは外していた。
しかし鳴海に腕を捻られた一人は簡単に吐いた。寝屋川をしまにしている木戸組だった。
「木戸組か、前に一度叩いたはずだが俺の顔を忘れたのか」
「あっ、そうか、これじゃーわからんな」
そう言って鳴海は「やくざ狩り」のスタイルになった。
「あっ、おまえは、いや、あんたは鳴海さん」
「そうだ、木戸に言っておけ。この件からは手を引けとな。でなかったら俺が挨拶に行くと伝えろ」
「わ、わかりました」
そう言ってみんな走るようにして消えて行った。
「所長って有名なんですね。皆怯えてましたよ。一体何をしたんです」
「別に何も。帰るぞ」
「何もですか。何もねー」
こう言うゴタゴタは後を絶たないが、鳴海が出張ると直ぐに解決した。それだけ鳴海の名前は彼らの業界では鬼門となっていた。
そんな時、ある所で密談が持たれていた。
「あの鳴海、何とかならんのか]
「うちのしのぎもあいつの為につぶされてしもた」
「うちもそうや、せやけど何が出来る言うんや」
「喧嘩してあいつに勝てるんか」
「無理やな」
「そうや、今あいつのとこには一人女の子がバイトで入っとるそうやないか。それを人質にとったらどうや」
「あかん、あかんて。それは奈良の芦沼組がやったそうや。それでどうなったと思う」
「どうなったんや」
「組は壊滅やそうや。組長の芦沼も復帰不能や」
「みんな怒った鳴海にやられたんや」
「ほな、どうしたらええんや」
「何処かに鳴海みたいな強い奴おらんかいの」
「それや、強い奴見つけたらええんや」
「鳴海がおるんなら同格かそれ以上の奴がおってもおかしないやろう」
「そうやな、探そか」
彼らは四方八方手を尽くして三人の男達を見つけて来た。彼らは傭兵だと言う。それにまだ現役だ。ただ時間のある時はこんなアルバイトもするらしい。
銃では失敗してると言う話なので今回は戦闘技術の優れた者を集めた。要するに素手でも簡単に人を殺せる者達だ。
それに彼らの得意の武器を持たせたら鬼に金棒。これなら鳴海が相手と言えども何とかなると考えた。
一人は日本人、一人はブルガリア人、もう一人はアルジェリア人だった。
一応その日本人がリーダーをやっている。彼らはチームを組んで戦闘地域を渡り歩いていると言う事だった。
相当優秀で強いらしい。それは他のメンバーからの評価だった。
やくざ達は鳴海と言う人物について彼らに話した。そして鳴海を消して欲しいと。リーダー格はマサキと言う名前の日本人だが容易い事だと言った。
どんなに喧嘩が強くてもそれは殺し合いの強さではない。俺達は殺し合いしかやっていない。そんな俺達に負ける要素はないと言い放った。
確かにそうだ。鳴海は確かに強いがまだ誰一人として殺してはいない。喧嘩なら強いかもしれないが殺し合いなら彼らに勝算がある。そうやくざ達は理解した。
しかし彼らは知らない。鳴海が『死神』になった時、1,000人単位でどれだけの人間を殺して来たか。
もし知っていれば鳴海をどうこうしようなど、間違っても考える事すらしなかっただろうに。
傭兵ら三人は少し用意したい物があると言って消えた。どんなに日本が平和で、銃規制が徹底してると言っても、何処の世界にも裏道と言うものはある。
こんな日本でも金さえ積めば欲しい武器が手に入る。勿論それは裏社会の人間に限られるが。
彼らはロケットランチャーと手りゅう弾8発、それに自動小銃2丁にライフル1丁。拳銃はシグ・ザウエルP226とグロック21を用意した。
それ以外の物は常備品である。正直これはもうヒットマンと言う様なものではない。兵士の戦闘だ。
それは金曜の夕方だった。鳴海がそろそろ閉めようかと言った時だった。鳴海の意識に危険を知らせる信号が点った。
即座にセンサーを全開して大型火器がこちらを狙ってるのを確認した。
「ロケットランチャーか面白い物を持って来るものだ」
直ぐに詩芽の腕を掴んで部屋隅のトイレの方に移動し、机を倒してバリケードにした。
「どうしたんですか。所長」
「いいから、伏せてろ。動くなよ」
普通ならこんな物で防げるはずはないのだが鳴海は余裕を持っていた。すると閃光と共に物凄い音が周囲を覆った。
部屋の中は爆風で全て吹き飛ばされた。ただし鳴海の作ったバリケードを除いては。いや、そのバリケードの机さえ表面は亀裂が入って壊れかけていた。
ただしそのバリケードの後ろには鳴海の思念バリアーが張り巡らされていた。
だからロケット砲でも破壊する事は出来なかった。しかし部屋は無残な状態になっていた。無事に残っている物は何一つなかった。
「ふん、やってくれる。この代価は高くつくぞ」
「詩芽、出るぞ」
そう言って鳴海は詩芽の手を引いて階段を降りた。一階の出口まで来た所で、鳴海は詩芽に「ここで待ってろ」と言った。そして「絶対に表には出るなよ」とも。
鳴海は歩いて表に出てロケットランチャーから発射された辺りを眺めていた。
それから横に目を向けて、こちらを覗いている双眼鏡の男にVサインを送った。男は「チェッ」と言ってその場から消えた。
「これで一応俺のメッセージは届いたかな」
それから詩芽の待ってる所に戻って、
「さて、それではホテルを探すとするか」
「ホテルってなんです」
「俺達が泊まるホテルだよ」
「え、ええっ、もうですか」
「馬鹿かおまえは。俺達が何するホテルじゃねえ」
「今家に帰ったら危ないだろう。だからしばらくはホテルで暮らすんだよ」
「それって狙われてるのは私達なんですか」
「標的は俺だ」
「誰に狙われてるんですか」
「さーな、相手が多過ぎてわからん」
「でも所長、これってちょと凄過ぎないですか。何だか映画で見たミサイル攻撃みたいでしたよ」
「まぁ、似たようなもんかも知れんな」
「似たようなものって。ちょっと、いいんですかそれって。滅茶苦茶じゃないですか」
「あんまり気にするな」
「ちょっと所長」
襲撃の後、現場は騒然となっていた。単なる事故ではないテロかもしれないと報道陣が騒いでいた。
そんな事が鬱陶しいので、鳴海達は直ぐにそこを離れて、大阪市内でも高級と言われるリッツ・カールトン大阪に行った。
そして二人はここでスィート・ルームに部屋を取った。別々の部屋にすると誌芽を守り切れない。
かと言って同じベッドで寝ると言う訳にもいかないので、二部屋あるスィートにした。これなら同じ部屋で別々に寝る事が出来る。
「所長、このホテルって高くないですか」
「こう言う所の方がセキュリテーがしっかりしてるんだ。今は緊急事態だからな。だから安けりゃいいってもんじゃないんだ」
その頃長谷川は気をもんでいた。場所は間違いなくこの前行った鳴海の事務所のある所だった。
娘の詩芽は大丈夫かと。ただ報道では被害者は誰も出てないと言う事だったので少し安心していた。
詩芽の携帯に電話を掛けてみると、詩芽が出て大丈夫だと言う声を聞いて本当に安堵した。
今は安全の為に鳴海と一緒にホテルにいるとだけ伝えた。ただし巻き添えを食う危険性があるので、しばらくは来ない様にとも付け加えておいた。
傭兵達三人は次の計画を練っていた。
「しかし誤算だったな。これで始末出来なかったとは。よっぽど運の強い奴の様だ」
「ああそうだな」
「しかし、少しおかしくないか。あの状況で生き残れるはずはないんだが」
「まぁ、どんなものにも例外と言うものはあるさ。次は確実に殺そう」
「そうだな」
警察は警察で大騒ぎだった。これはまだ発表してないが、ロケット砲で攻撃されたと言う報告が鑑識からもたらされたからだ。
ロケット砲など何処で手に入れられる。しかもそれを本当にぶっ放す奴がいるとは。ここは戦場じゃねーんだぞと。
これはやくざの出入りなんかとは違う。あまりにも事が大き過ぎる。やはりテロかと、みんなはそう思っていた。
「で、狙われたのは誰だ」と一課長が言った。
その時組対四課の川北が意見を言った。
「あの場所は『北斗トラブルシューテング』と言う事務所で、所長は鳴海と言う男です」
「川北君、その『北斗トラブルシューテング』と言うのはなんだね」
「要するに揉め事処理をする会社です」
「ではテロとは」
「関わりはないと思いますがそれは本人から聞いてみないとわかりません」
「で、その本人はどこにいる」
「現在の所、行方不明です」
「では本人の捜索と事件の背景、及び武器の入手経路を調べてくれ」
「わかりました!!!」
と捜査員達はそれぞれに散らばって行った。
「川北さん、今度は何なんですかね」
「そうや、その今度はと言う事や。また鳴海と言う男の名前が出て来た。これは偶然やろうか」
「そうですね」
「この男には絶対なにかあるで」
鳴海の事を気にしていたのは何も警察だけではなかった。やくざ社会でも同じだった。ただしこっちは是非死んでくれと願っていたが。
そしてここにも鳴海の事を気にしている者達がいた。いや、誰よりも気にしている者達と言った方が良いだろう。
「松前君、どうなっとるんだね。ロケット砲とは。「D」は本当にわが国で戦争でも始めるつもりなのかね」
「いえ、首相。ロケット砲を発射したのは「D」ではありません。むしろ彼は狙われた方です」
「それが問題なんだよ。そんな事をされてあの男が黙っていると思うかね。反撃で町を壊されでもしたらどうするつもりかね」
「それに関してはまだ詳しい情報が入っておりませんので何とも言えませんが、どうやら「D」の敵は雇われた傭兵ではないかと思われます」
「それはどうしてかね」
「我々の方でも武器の入手先を調べてみたのですが、闇ルートでもそう簡単に手に入る物ではないと言う事が判明しております」
「では相手はどうして手に入れたのかね」
「それに関してはもうしばらくお時間をいただきたく」
「ただ今度の相手は現役の傭兵の可能性が高いのではないかと」
「ではどうなるのだね」
「恐らくは傭兵同士「D」との個人的な戦いになるのではないか考えられます」
「つまりは一般市民には被害が出ないと」
「100%とは言えませんが、恐らくその可能性が高いかと」
「そう願いたいものだね」
「それは良いのだが世間の目はどうするつもりだね。このままでは大事になるよ」
「それに関しては至急に手を打ちます」
「わかった、そうしてくれたまえ」
翌日鳴海の携帯電話に仕事の依頼が入って来た。鳴海の携帯番号を知る者は滅多にいない。
しかも客が知る事はまずないと言って良い。と言う事はこれは罠だと言う事になる。
しかし鳴海はその罠に掛かってみる事にした。
『虎穴に入らずんば虎子を得ず』だ。
依頼の内容は、やくざに息子が人質に取られているので是非助けて欲しいと言うものだった。
場所は有馬の山中だとか。例えこれが罠だとしても人質自体は本当かも知れない。彼らもグルか、それともとばっちりで人質にされたか。
そこまで丸わかりの芝居はしないだろうから、人質自体は本当なんだろうと鳴海は理解した。
なら人質の救出と同時にロケット野郎どもを倒してくるかと考えた。
両親は有馬口に住んでると言うのでその住所を聞いて、「わかりました。今からそちらに伺います」と返事した。
ただ今回は移動に鳴海の愛車は使わなかった。どんな細工をされるかわからなかったので公共の交通機関を使った。
「所長、私も」と詩芽が言ったが今回はだめだと言った。
「どうしてですか」
「今度の相手は恐らくプロの傭兵だ。それも現役だろう。いくらお前でも今度ばっかりはちょっと荷が重い。俺が帰るまでここで大人しく待ってろ」
そう言って鳴海は出かけた。
鳴海は、技の技量だけで言うなら、恐らく詩芽は彼らとでも互角に渡り合えるだろうと思っていた。
しかし詩芽にはまだ経験が足りない。特に殺し合いの経験はない。そこが弱点になるだろうと鳴海は思っていた。
有馬口と言うのは兵庫県の有馬温泉の直ぐ近くだ。それに周囲には山も多い。鳴海は人質の両親と言うのに会い事情を聞いた。
今回は土地ころがしが絡んでいる様だ。立ち退かないこの一家を立ち退かそうとして脅しをかけているとか。
しかし普通はここまで露骨にはやらない。これでは犯罪になってしまう。それれをあえてやって鳴海を呼び出していると言う事は完全に罠だろう。
しかし鳴海はこの罠に乗ってやろうと思っていた。人質の場所はわかるのかと聞いたら、大体はわかると言う。
直ぐ北にある高丸山の頂上には山小屋があってそこに監禁されているらしいと言う。
助けたければ土地の権利書を持って来いと言う事だった。鳴海への連絡は仲介に入ってくれた弁護士から聞いたと言っていた。
「ふん。見え見えだな」
「なるほど、おびき寄せる手段もつけていると言う訳か、面白い。どんな罠を準備してくれているのやら楽しみが増えると言うものだ」
と鳴海はほくそ笑んでいた。
そこに辿り着くには三つのルートがあるらしい。一つは正面から、もう一つはサイドの峰から、もう一つは裏山からだがこれは険し過ぎて無理だろうと言う話だった。
「いいだろう。それなら正面から堂々と行ってやろう」
と言っても主道を行くのではない。やはり相手の目を逃れて草薮の中を看破して鳴海は山を登り始めた。
その両親の家を出た時には「やくざ狩り」のスタイルになっていた。いよいよ戦闘開始だ。
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